消費増税再延期の可能性 なぜ安倍晋三首相はブレようとするのか
2014年12月総選挙での誓い
「来年10月の引き上げを18カ月延期し、そして18カ月後、さらに延期するのではないかといった声があります。再び延期することはない。ここで皆さんにはっきりとそう断言いたします。平成29年4月の引き上げについては、景気判断条項を付すことなく確実に実施いたします。3年間、3本の矢をさらに前に進めることにより、必ずやその経済状況をつくり出すことができる。私はそう決意しています。」2014年11月18日 消費増税延期の説明
安倍晋三首相は2014年11月18日、消費税を2015年10月に予定された消費税の税率を10%に引き上げることを2017年4月までに延期することを決定した際、我々国民にこう説明した。そして、この決定についての是非を我々に問うために衆議院を解散し、2014年12月に総選挙を行った。
景気の状態に関わらず、我が国の財政を健全化するために消費税を10%に我々国民に約束したということである。
しかしながら、新聞報道によれば、安倍首相は政権幹部に10%の引き上げを2019年10月まで打診したそうである。政権幹部に消費増税再延期の打診
首相は総選挙で我々国民に対して誓った約束についてどう考えているのであろうか。
リーマンショック前の経済状況?
安倍首相は先週開かれたG7サミット「(リーマンショックは)リスクをしっかり認識をしていかなければ、正しい対応ができなかったということではないかと思います。世界経済は大きなリスクに直面をしているという認識については一致できた」と世界経済はリーマンショック直前の状態にあると説明している。
首相が世界経済についてこのように説明する背景には次のような事情を考えられる。首相はこれまで自らの政策=アベノミクスは成功したと説明してきた。成功したのであれば、消費増税に踏み切ることができるはずである。だが、消費増税について首相は躊躇している。国際経済状況の変化を理由とすれば、首相が掲げてきたアベノミクスがうまくいかなかったために日本経済が上向かず、この結果、消費増税を先送りすることになったという批判を免れると考えているのであろう。
しかしながら、首相の説明は二つの点で大きな問題がある。まず第一にG7サミットで首相の上記のような説明に同意する他国の首脳はあまりいなかったということである。イギリス・サンデータイムズやファイナンシャル・タイムズによれば、イギリスのキャメロン首相やドイツのメルケル首相は世界経済がリーマンショック以前のような危機に直面しているということに異論を唱えたと言う。したがって、首相が述べるような一致があったということは難しい。
次に、首相の説明はこれまで首相や安倍内閣が行ってきた説明との整合性についても疑問の余地が大きい。
例えば、首相は2016年2月19日衆議院予算委員会に対して、安倍内閣の経済的成果を民主党の野田元首相に対してこのように誇示している。
「(安倍内閣の)三年間でどういう結果を出しているかということで申し上げますと、実質GDPは一・九%伸びております。そして名目では五・六%伸びているということでありまして、(中略)名目GDPが実質GDPをしっかりと上回っているのは、デフレではないという状況をつくったからであります。
(中略)。皆さんのときの実質GDPはプラス五・七ではありますが、名目は〇・七なんですね。この差は何かといえば、五%はデフレなんです。(中略)。デフレを肯定するのであれば、これはいい数字ということになるわけでありますが、我々は違います。(中略)デフレから脱却をしているという姿をつくったわけであります。」
野田元首相はGDPの実質成長率を比較すれば民主党政権の時の方が経済成績は良かったと首相を問いただしたのに対して、上記のように反論したのである。このように誇るべき経済成績を収めているのであれば、消費増税をするのに障害はないはずである。
さらにサミット直前の5月23日に発表された月例経済報告では世界経済について「世界の景気は、弱さがみられるものの、全体としては緩やかに回復して いる。 先行きについては、緩やかな回復が続くことが期待される。」 という状況認識が示されている。首相がサミットで示した見解は明らかにこれとは違うものである。
さらに2016年1月から3月期のGDP成長率は年率換算でGDP1.6%であり、厳しい経済状況と言うことは困難である。
以上を踏まえると、首相が2014年11月に言明した消費増税を先送りするほどの状況と言うことは難しい。
首相は過去にも総選挙の結果を尊重しなかったのではないだろうか
首相がもし消費増税を本当に先送りするのであれば、それは2014年12月の総選挙で我々国民と果たした約束を破ることになると言わざるを得ない。
信無くば立たず。首相は総選挙での約束をどのようにお考えなのであろうか。
もっとも、首相は過去にも総選挙の約束を重視しなかったのではないだろうか。
思い出さなくてはいけないのは2005年9月の郵政解散と2006年12月のいわゆる造反議員の復党である。
小泉純一郎首相は郵政民営化法案が2005年8月に参議院で否決されると衆議院解散に踏み切り、衆議院本会議の採決の際に法案に反対した議員を公認しなかった。そして自民党は「改革を止めるな」を掲げて総選挙を闘い、勝利を収めた。自民党はその後、多くの反対派議員に離党勧告を行い、離党させた。2006年9月に第一次安倍晋三内閣が発足すると離党した議員は復党を要望した。自民党内には復党を認めることに反対論が強かった。復党を認めることは総選挙の公約と矛盾することになるからであった。
しかしながら、安倍首相は小泉内閣の官房長官であったにもかかわらず、反対論を押し切り、復党を認めた。この結果、内閣支持率は急落し、政権の求心力が損なわれることになった。
なぜ安倍首相はブレようとするのか。答えは参議院にある。
多くの人に認識してもらいたいことであるが、日本の統治システムの中で参議院は重要な地位を保っている。日銀総裁などの国会同意人事では参議院議員の過半数から支持を得る必要がある。また、内閣が提出する法案も参議院から過半数の賛成がなければ成立させることは難しい。さらに、参議院の総議員の3分の2以上の賛同を得ないと憲法改正を発議することができない。
2006年12月に直前の総選挙で示された民意にもかかわらず、安倍首相が復党を認めたのは翌年に控える参議院議員選挙で勝利を収めるためであった。
安倍首相はこれまで憲法改正に関心を示してきた。今回、2014年12月の総選挙での約束を尊重せずにブレる気配を示しているのはやはり参議院議員選挙のことを心配してのことであろう。増税は一部の有権者に不評であり、選挙に不利に働く可能性がある。安倍首相は憲法改正をにらみ、できるだけ多くの議席を参議院で確保したいと考えているからであろう。
消費増税延期をめぐる政治過程は日本の統治システムにおける参議院の重要性を改めて示している。
信無くば立たず
なお、首相が14年総選挙での約束を違えて、消費増税の再度延期に踏み切るのであれば、本稿で投げかけた疑問に答え、我々国民が納得する説明を行ってもらいたい。この問題は経済、財政論であるとともに、民主主義における説明責任の問題でもないだろうか。少なくとも、総選挙に踏み切り、再度我々国民の信を問うべきである。