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ラグビー日本代表に恩返しだ、ワールドカップ前に自衛隊が「軍人ラグビー」で露払い

平野貴也スポーツライター
第3回国際防衛ラグビー競技会に向けて調整する自衛隊選抜【筆者撮影】

 何度見ても、鳥肌が立つ。あれほど人を奮い立たせる姿があるだろうか。4年前のラグビーワールドカップ初戦、2度の優勝経験を持つ南アフリカを相手に、ワールドカップ未勝利の日本代表が真っ向勝負を挑んで打ち崩した。スクラムを組み、小さな体で巨躯の男を押し込み、スピード感のあるパス交換から相手の守備網を切り抜けてトライを決めた。世界を驚かせた一戦だ。あのラグビーワールドカップが間もなく、日本で行われる(9月20日~11月2日)。ところで、ラグビー日本代表は「ブレイブ・ブロッサムズ(勇敢な桜)」と呼ばれているわけだが、一足早く「ディフェンス・ブロッサムズ」をチームの愛称に掲げている自衛隊選抜が挑む「第3回国際防衛ラグビー競技会」(国際防衛ラグビー競技会 公式サイト)をご存じだろうか。各国の軍隊チーム(※日本は「軍」ではないが自衛隊が参加)が参加する大会で、ワールドカップに合わせて同時期、同国で開催されている。

自衛隊選抜を指導する松尾ヘッドコーチ(中央)と東FWコーチ(左から2人目)【筆者撮影】
自衛隊選抜を指導する松尾ヘッドコーチ(中央)と東FWコーチ(左から2人目)【筆者撮影】

 自衛隊選抜の指揮を執るのは、元日本代表の松尾勝博ヘッドコーチ。また、自衛官として習志野駐屯地でラグビーを始め、後にNECグリーンロケッツでプレーした東考三がFWコーチを務めている。34人の選手の多くは、チャレンジイースト2部に属する船岡、習志野の両駐屯地チームの所属選手だ。中には、東FWコーチと同じように自衛官になってラグビーを始めた選手もいるが、全国大会出場経験を持つ強豪校出身選手もいる。大会は、10カ国によるトーナメント戦(敗退チームは、親善試合)。日本は、15日の2回戦が初戦で、11日に試合をするパプアニューギニア独立国軍とフランス軍の勝者と対戦する。

「自衛隊もやるぞというところを見せたい」

主将を務める堀口は、日本IBMなど他のクラブチームでもプレーしている【筆者撮影】
主将を務める堀口は、日本IBMなど他のクラブチームでもプレーしている【筆者撮影】

 主将を務める堀口裕二(海上自衛隊下総基地所属)は「ワールドカップを戦う日本代表よりも先に試合をするので、良いニュースをみんなに届けたいですし、まずは、9月15日、勝ちたいなと思っています。4年前の前回は、個人的には選ばれず悔しい思いをしましたが、その悔しさを忘れるくらいに、ワールドカップでの日本代表の躍進は、嬉しかった。日本のラグビーの歴史を作ってくれた。(勇気を)与えられるばかりでなく、自衛隊もやるぞというところを見せたい」とワールドカップに臨む日本代表の露払い役を担う覚悟を示した。

 初戦から前回3位の強豪フランスと対戦する可能性が高く、勝ち上がりの道は険しいが、勇敢な桜の戦士から受けた勇気を持って、金星奪取に挑む。松尾ヘッドコーチは「私たちは、ディフェンスが生命線。失点を30点前後に押さえられれば、勝機は生まれる。自衛隊の隊員だけあって、規律に関しては、どのチームよりも素晴らしい。ラグビーに生かせれば、反則をせずに済む。『守る』ということに関しては、皆が人並み外れた意識を持っている。期待をしていただき、自衛隊らしいなと納得してもらえる試合は、必ず見せられる。日本代表に良い報告をしたい」と日本のラガーマンの誇りであるブレイブ・ブロッサムズ同様、ファウル数を抑えて接戦を制する青写真を描いている。

鍵を握るのは、クリーンな守備

自衛隊選抜の生命線は、規律あるクリーンな守備だ【筆者撮影】
自衛隊選抜の生命線は、規律あるクリーンな守備だ【筆者撮影】

 相手が1試合行った後の2試合目で、日本は初戦。体力面で優位に立てる可能性はあるが、それでもフランスを相手に勝つのは、容易ではない。松尾ヘッドコーチは「直線距離を走るスピードを高めるのは難しい。それなら、寝転がってから起きるまでの動作を0.5秒短くしよう。5回続けば2秒、10回あれば5秒も変わる」とスピード不足をプレーの連動性でカバーするように要求してきた。フランスが相手なら4トライを奪われることは覚悟しなければならないという。同等の数のトライを奪い、ペナルティーゴールの差で勝つためには、クリーンで粘り強い守備が欠かせない。「相手は、大きいけど、動けるし、走れるし、バテない。やっぱり、軍隊のチームはちょっと違う。重くて荒々しいフランスを相手に、ゴール前でどれだけ粘れるかが大事。相手にペナルティーキックを与えないで戦えれば」(松尾ヘッドコーチ)というイメージをどこまで実現できるかが鍵となる。

4年前のワールドカップの躍進を目の当たりに

 この大会をワールドカップと比べることは、できない。しかし、日本を代表するチームとしてラグビーで強国に挑む以上、目指すのはブレイブ・ブロッサムズが起こした奇跡の再現となる。選手にとっては、滅多に経験できない貴重な機会だ。前回大会を経験した津留崎幸彦(天理大出身、船岡駐屯地所属)は、4年前の出来事を次のように振り返った。

前回大会にも出場した津留崎幸彦【筆者撮影】
前回大会にも出場した津留崎幸彦【筆者撮影】

「前回大会の初戦、ニュージーランド戦は、忘れられない思い出です。まさか自分が大人になって、特殊なカテゴリーとはいえ、日の丸を背負って、目の前でハカ(相手に力を誇示し、士気を高めるマオリの人々の伝統的民族舞踊)を受けるなんて思っていませんでした。目の前で見たらビビってしまうのではないかと思っていたのですが、そうではなくて、こちらも(武者震いで)奮い立つような感じになって、こういうものなのか!と思ったことは、今でもよく覚えています」

 そして、前回大会で味わったのは、ラガーマンとして国際大会に立てる喜びばかりではない。英国で同時開催だったため、ワールドカップのプール戦第4戦の米国戦は、現地で応援することができた。堂々と勝利を収めた日本代表の中には、天理高、天理大の1学年後輩である立川理道(クボタ)の姿もあった。津留崎は「自分たちの持ち味のディフェンスを前面に出して、少ないチャンスを物にできればと考えています。フランスには、日本のどのカテゴリーも勝ったことがないから、勝ちたいなと思って……、いや勝つんです。僕らの試合で少しでも日本代表を勢い付けられるようにアシストしたいと考えています」と日本代表に勇気をもらったラガーマンの一人としての恩返しを誓った。

トップチームの胸も借りて強化した成果を

国際防衛ラグビー競技会で躍進を目指す自衛隊選抜【筆者撮影】
国際防衛ラグビー競技会で躍進を目指す自衛隊選抜【筆者撮影】

 チームとしても、今大会に向けては元日本代表の五郎丸歩らを擁するヤマハ発動機や、NTTコミュニケーションズといった日本のトップリーグチームの胸を借りて強化試合や練習を重ねてきたこともあり、主将の堀口は「いろいろなつながりがあって、我々がいる。感謝しています。試合は、楽しみ。強いチームとやるときは、ビビっていても仕方がない。結果が出て楽しかったと言うだけでなく、その過程を楽しみたい。そのために、きついことを乗り越えて挑むことが醍醐味だと思います」と4年前のワールドカップを戦った日本代表同様、思い切って強豪に挑み勝つ意気込みを語った。9月20日(金)に東京スタジアムで行われるラグビーワールドカップ開幕戦の前に、自衛隊選抜が勇気の恩返しに臨む。

スポーツライター

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。サッカーを中心にバドミントン、バスケットボールなどスポーツ全般を取材。育成年代やマイナー大会の取材も多い。

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