元アイドルが、子どもが触った1330円の全商品を買取で「厳しい世の中」と吐露 賛否両論も違和感のワケ
子どもが触れたサンドイッチ
女性アイドルグループSDN48の元メンバー、光上せあら氏によるブログが物議を醸しています。
「子供達が触ったもの全買取。」(原題ママ)と題された記事で、子どもと病院へ訪れた際に利用した、院内のカフェの出来事について言及。商品を触らないように“かなり怒って注意”したにもかかわらず、注文や会計で目を離している隙に、子どもが店のサンドイッチに触れます。
サンドイッチの形が崩れていることに気付かず、商品を元の位置に戻したところ、店員から指摘されて、全商品1330円分を買い取ることになりました。
賛否両論の反応
その後、光上氏は「子供を産めないな、って思ったけど希望は捨てない」というタイトルの記事で、全商品を買い取らざるを得なかったことについて「今はまだ、子供に厳しい世の中」「子育てへの援助が足りてない」と真情を吐露します。
SNSではたくさんの反響が寄せられており、擁護する声もあれば、批判する意見もあって賛否両論。
当事案について考察していきますが、パン屋ではなくカフェで販売されているサンドイッチなので、総務省統計局の日本標準産業分類における「I 5863 パン小売業(製造小売)」ではなく、「M 7671 喫茶店」に分類される飲食店のカフェという観点から考えます。
飲食店で重要なこと
飲食店は飲食店営業許可をとっており、飲食店営業許可は食品衛生法に基づいています。
飲食店では、おいしく食べられたり、空腹を満たせたり、栄養がとれたりすることが重要です。心地よく過ごせたり、楽しく話せたりすることも大切。これらは大きな価値ですが、飲食店は「調理したものを店内で食べる」業態なので、全ての前提にあるのは食の安心と安全です。
飲食店は、人の口に入るものを提供する施設なので、飲食店は食品衛生を遵守することが必須となります。
商品の選択
客は飲食店で、どのように商品を選んでいるでしょうか。
おいしそうに見えたり、好きな食材が用いられていたり、限定品であったり、その時の天候や気分に左右されたりなど、様々な選択基準があります。
テーブルに着席してメニューから選ぶのではなく、実際に商品が置かれていて、キャッシャーまで持って行って会計する場合には、商品を手に取るので状態もかなり気になるところです。
人が得る情報の割合は、視覚83%、聴覚11%、嗅覚3.5%、触覚1.5%、味覚は1%といわれています。 食べ物の安全性を確認するには、見た目ですぐにわかる視覚、外観からはわからない状態を察知する嗅覚がとても重要。したがって、見た目や香りに違和感があれば、安心性と安全性に疑問がもたれるのは当然のことです。
変形しているサンドイッチは、通常の状態ではないので、もしも何かされていたらと心配になり、購入が控えられることは容易に考えられます。お金を支払ってまで欲しいと思わないのは、消費者にとって蓋然性が高いです。
安心性と安全性が毀損された商品を販売できないのは、飲食店にとって極めて常識的な判断であると思います。
買い取りしない場合の損害
一般的な飲食店の原価率は30%。サンドイッチに限っていえば、「卵だけ」か「ハム&チーズ」か、「ローストビーフ」か「ツナとマヨネーズ」か、「イチゴ」や「マンゴー」もしくは「黄桃」かなど、何を挟むかによってもだいぶ異なりますが、比較的原価率が高い商品です。
サンドイッチをつくるには、材料だけではなく人手も必要となります。
したがって、原価率を35%、人件費率を30%とすると、1330円分のサンドイッチの原価と人件費の合計は約864円。
一般的な飲食店の営業利益率は5%から10%といわれており、経済産業省が発表した「商工業実態基本調査」の古いデータによると、飲食業界の営業利益率は平均8.6%です。
営業利益率を8%とすると、864円は、10,800円を販売した時の利益になります。つまり今事案において、買い取りをしていなければ、カフェは1万円以上を販売した際の利益が全て吹き飛んでしまうことになっていたのです。
1万円以上を売り上げたのに、自身の過失ではないのに利益=給料が全て帳消しとなってしまうのは、一般的な感覚としては理不尽ではないでしょうか。
愉快犯への対策
今事案では、子どもがカフェに損害を与えようとして、故意にサンドイッチを変形させたわけではありません。
ただ、客が毀損した商品を全て引き取るという方針になると、愉快犯など故意に壊した客がいた場合に、飲食店は少なからぬ損害が生じてしまいます。かといって、ケースバイケースにすると、客によって対応が異なるのは不公平だといわれて、クレームの原因となるのは明らかです。
したがって、どちらかに方針を決めなければなりませんが、全て許容するのは経営的にかなり厳しいので、基本的に買い取ってもらう方針になります。
子連れの是非
客が店を選べるのと同じように、店も客を選ぶことができます。
ファインダイニングでは大人の雰囲気を醸成するために、「未就学児は入店禁止」「15歳以上から」と年齢を制限したり、「男性はジャケット着用」「Tシャツや短パン、サンダルは禁止」といったドレスコードを設けたりしています。
今回は病院内のカフェなので、さすがに子連れの入店を禁止しているわけではないでしょう。
ファインダイニングでは、年齢を満たすことに加えて、“お子様的なプレート”ではなく「大人と同じメニュー」のオーダーを課されるのが普通。つまり、大人と同じように振る舞えて、食事できることが要求されているのです。
これと同じように、いくら年齢制限が設けられていないカフェであったとしても、子どもが飲食店に損害を与えないことは期待されています。
子連れOKの飲食店は、あくまでも子どもの入店を許容しているだけであって、商品の損壊まで許容しているわけではありません。
飲食店の体力
経済産業省「平成28年経済センサス活動調査」によれば、外食産業において、総事業所数のうち62%が個人経営であり、資本金の額では1000万円未満が76%を占めるなど、中小企業の事業者が多く、体力が弱いです。
飲食店は、従業員の拘束時間が長く、営業利益率も低いということもあって、廃業率が1年で20%、2年で50%、さらには生存率が5年後20%、10年後5%ともいわれている厳しい業種です。
今事案では、どの病院なのか、どのカフェなのか、明示されていないのでわかりません。ただ、病院の料飲施設はほとんどが委託であり、委託を受けられるくらいであれば、ある程度の規模を誇る企業であるのは確かです。
しかし、どれだけ大きな企業であったとしても、飲食店が容易に利益を上げられるような業種でないことは間違いありません。
食は重要なコンテンツ
少子化によって国力が弱くなっていく日本において、食は日本が世界に誇れる極めて重要なコンテンツです。
2013年12月に和食がユネスコ無形文化遺産に登録され、和食および日本料理、日本の食文化の素晴らしさが、改めて世界から認識されるようになりました。2022年の農林水産物・食品の輸出額は、前年比14.2%増となる過去最高の1兆4140億円を記録。世界から日本の食品が求められていることがわかります。2023年12月5日に発表されたばかりの「ミシュランガイド東京2024」では、東京は引き続き世界で最も多くの星を獲得。三つ星の12軒、二つ星の33軒、一つ星の138軒は、それぞれ世界で最も数が多いです。
子育てがしやすい社会を目指し、構築していくことは必要だと思います。しかし、そうだからといって、日本の未来を担う飲食店の損害を是とするような主張は、将来的に日本人の首を絞めることになるのではないかと危惧せざるを得ません。