高度100キロメートルに到達しなくてもスペースシップ2が「宇宙に行った」と言える理由
2018年12月13日、スペースシップ2 ユニティ飛行試験の様子。
2018年12月13日、米企業ヴァージン・ギャラクティック社は宇宙船SpaceShipTwo VSS Unity(スペースシップ2 ユニティ)による試験飛行を行い、高度約83キロメートルの宇宙空間へ到達したと発表した。英実業家リチャード・ブランソン氏の設立による同社の宇宙旅行サービス企業は、商業運航に向けた大きな目標をクリアしたことになる。
ヴァージン・ギャラクティック社による宇宙船の開発は、1996年に始まった宇宙船開発コンテスト「Xプライズ」に始まる。高度100キロメートルまでの宇宙への飛行を成し遂げたチームに賞金1000万ドルを支払うものだ。コンテストに参加したスケールド・コンポジッツ社は、マイクロソフト共同創業者のポール・アレン氏らから開発資金を得て、スペースシップ2の前身にあたる宇宙船スペースシップ1と空中発射母機ホワイトナイトを開発。2004年に100キロメートルを超える飛行を達成した。
その後、スケールド・コンポジッツ社とポール・アレン氏からのライセンス供与を受け、リチャード・ブランソン氏が商業弾道宇宙旅行を行うヴァージン・ギャラクティック社を設立。スペースシップ1の後継機であるスペースシップ2の開発を開始した。ニューメキシコ州には専用宇宙港スペースポート・アメリカが建設され、世界50カ国以上、600名以上の予約客が商業運航の開始を待ちわびている。
スペースシップ2初号機は2014年の飛行中の死亡事故により開発が中断していたが、2016年に試験飛行を再開した。2号機ユニティは試験飛行を進め、12月に入ってヴァージン・ギャラクティック社は4回目の試験飛行で「パイロット及び宇宙船が宇宙へ初めて達するだけの時間、ロケットモーターに点火する計画」だと発表した。現地時間12月13日朝、ニューメキシコ州のモハベにある宇宙港から母機ホワイトナイト2が離陸。高度およそ1万3000メートルでユニティ号を切り離し、ユニティはロケットモーターに点火しておよそ60秒間飛行した。到達高度は82.7キロメートルだった。
アメリカで商業宇宙旅行を含む打ち上げを監督するFAA(連邦航空局)は、スペースシップ2の飛行成功後に副長官の名前でスペースシップ2の飛行試験成功を祝うメッセージを発表した。ユニティのパイロット、マーク・スタッキー氏とフレドリック・スターカウ氏は宇宙飛行士であることを示す「コマーシャル・アストロノート・ウイングス」バッジに値すると表明し、その飛行は「2004年の初飛行に次いで宇宙から帰還した」と意義を強調した。
ここで疑問が残るのは、スペースシップ2の到達高度が82.7キロメートルであるにもかかわらず、なぜ「宇宙への飛行に成功」と言えるのかという点だ。スペースシップ2開発の基礎となったXプライズでは高度100キロメートルを宇宙への到達条件としており、80キロメートルでは条件を満たさないともいえる。ヴァージン・ギャラクティック社が提供しているのは商業宇宙旅行サービスであり、宇宙へ到達したという条件を満たさないのであれば、乗客に対して契約違反になってしまうのではないだろうか?
「宇宙空間」はどこから始まる?
この疑問に対し、高度100キロメートル以上を一般的に「宇宙」とする定義ではなく、米空軍とNASAが高度80キロメートル以上を宇宙とする定義を採用しているから、という説明がなされることもある。そのNASAは今回のスペースシップ2の飛行に際して、微小重力実験を行う機器の搭載を依頼し、機体は「サブオービタル・スペース」に到達したと表明している。
それでは、FAAやNASAが80キロメートルは宇宙だと認めているからヴァージン・ギャラクティックはそちらの定義を採用したのだろうか? 実は、大元の「宇宙空間」の定義が変わるかもしれないのである。
「宇宙空間が高度何キロメートルから始まるのか」については法的な定義は定まっていない。国連を始めとする組織で議論が続いているが、人工衛星などの活動に適した、大気がほとんどなくなる高度100キロメートルより上を宇宙、と一般的に呼んでいる状態だ。高度100キロメートルは、米国初の人工衛星エクスプローラー1号を打ち上げたNASA ジェット推進研究所の初代所長で、航空宇宙工学者のセオドア・フォン・カルマンの名前を取って「カルマン・ライン」と呼ばれている。
現在、カルマン・ライン=高度100キロメートル以上が宇宙である、と定義しているのは国際航空連盟(FAI)という民間組織だ。スカイスポーツや航空文化の啓蒙を行う組織で、宇宙旅行という文化的活動にあたってFAIの定義を採用するという決定は自然だといえる。そして、このFAIが宇宙の定義を100キロメートルから引き下げる議論が行われているのだ。
議論の根拠となる提案を行ったのは、ハーバード・スミソニアン天体物理学センターのジョナサン・マクダウェル博士だ。2018年夏、博士は『The Edge of Space: Revisiting the Karman Line』という論文を世界最大の宇宙学術団体である国際宇宙航行連盟の学術誌に発表し、宇宙空間の定義について、宇宙開発の歴史的、技術的考察を元に再考を促した。
論文によれば、フォン・カルマンは宇宙空間の定義について「軌道力が空気力を上回るところをその境界とすべき」と提案したが、具体的な高度を示したわけではなかった。そしてFAIはカルマン・ラインの高度を定義するにあたって、1960年代にアメリカで開発されたロケットエンジンを持つ高高度極超音速実験機「X-15」の飛行記録を元にした。1963年にX-15は高度108キロメートルに達しており、そのときパイロットが空力学的な機体のコントロールはできなかった、と証言していることから機体が「宇宙航行」を行ったとみなされたというものだ。
しかし実際には、X-15が高度80キロメートルに達した時点で米空軍は宇宙航行を行ったと認定しており、100キロメートルに到達していないフライトでもパイロットは「アストロノート・ウイングス」バッジを授与されている。これが米空軍が80キロメートル以上を宇宙と定義する根拠でもある。同じ航空機の記録を元にしながら、FAIと空軍とでカルマン・ラインの解釈がずれてしまっているのである。
そして宇宙を航行する物体といえば、人工衛星がある。FAIの説明では、人工衛星の高度が100キロメートルを下回ると軌道を維持できず、すぐに大気圏に再突入してしまうという。しかし、マクダウェル博士は4万3000の物体(人工衛星だけでなくロケットの残骸などを含む)の軌道情報のデータを解析し、衛星が楕円軌道を描いている場合、最も地球に近づく近地点の高度が100キロメートル以下でも周回できた例が多数あることを突き止めた。軌道に乗れなくなる限界高度は、ほぼ80キロメートルだという。
こうした分析から、マクダウェル博士は、宇宙の境界線として80キロメートルがより適切である、としている。FAIはカルマン・ラインの再定義について具体的な声明を発したわけではないが、ヴァージン・ギャラクティック社のジョージ・ホワイトサイズCEOはスペースシップ2の到達高度についてこの議論に言及し、商業運航の開始時には高度80キロメートルを目標にすると述べている。
メートル法を使っている国であれば、高度100キロメートルという数字は切りの良い、手放し難い境界線ではある。だが、ヤード・ポンド法の国であれば高度80キロメートルは50マイルというこれまた切りの良い数字だ。根拠のない数字ともいえず、宇宙の境界線が宇宙旅行をきっかけに実質的に80キロメートルに書き換わる可能性はありそうだ。