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ル・マンのハイブリッド対決は究極の消耗戦に。耐久王ポルシェが19回目の優勝を飾る。

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
2017年のル・マン24時間レースのスタート【写真:FIA WEC】

「これぞ24時間耐久レース!」まさにそんな戦いだった。アウディの撤退で、ポルシェとトヨタの一騎打ちとなった2017年のWEC(世界耐久選手権)第3戦「第85回ル・マン24時間レース」は総合優勝争いをするLMP1クラスの全てのマシンにトラブルが発生。ポルシェの2号車(ティモ・ベルンハルド/ブレンドン・ハートレー/アール・バンバー)が367周を走り、19回目のル・マン優勝を成し遂げた。

優勝したポルシェ2号車【写真:FIA WEC】
優勝したポルシェ2号車【写真:FIA WEC】

今回はJ SPORTSの放送で現地からの実況をしながら感じたことを紹介したい。

珍しい晴天続きのル・マンと波乱

雲ひとつないフレンチブルーの青空が毎日続いていた。レースウィークの最高気温が34度を超える日もあり、湿気で蒸し暑い日が続いていた。6月のル・マン24時間レースは曇天と晴天、降雨という変わりやすい天候になることが多く、こういう晴天続きのレースウィークになることは珍しい。スタート前にはいつも波乱のレースを予感させる独特の緊張感が漂うものだ。

絶好のレース観戦日和とも言える晴天は高度なハイブリッド技術で争う最高峰クラス「LMP1」のマシンを想像以上に苦しめた。トヨタ3台、ポルシェ2台の合計5台による総合優勝争いはレース序盤、それぞれにペースをコントロールしながら同一周回で進んで行く。

トヨタ9号車(国本雄資/ホセ・マリア・ロペス/ニコラス・ラピエール)のドアが開いたままになるトラブルが発生。9号車は余分なピットインで遅れを取るが24時間レースの中ではまだ許容範囲。一方でポルシェ2号車はフロントアクスルにトラブルが発生し、修復作業のためピットイン。トヨタ3台vsポルシェ1台の優勝争いになるが、夜間走行に入ったところでトヨタ8号車(中嶋一貴/セバスチャン・ブエミ/アンソニー・デビッドソン)がマシンからの異音を感じ、緊急ピットイン。フロントモーターのトラブルで大掛かりなリペアが必要になった。

今度は深夜0時を回ってもリードを続けていたトヨタ7号車(小林可夢偉/マイク・コンウェイ/ステファン・サラザン)だったが、フォードGTのクラッシュによるセーフティカー導入の後、クラッチトラブルでスローダウン走行に。ピットに戻ろうと試みるもリタイア。さらにその後、トヨタは9号車が他車の追突によるアクシデントの影響でピットまで戻れず、これまたリタイア。これでトヨタは総合優勝の権利を朝が来る前に失ってしまった。

トヨタ3台、ポルシェ1台が優勝争いから脱落し、レースをリードしたのはポルシェ1号車(ニール・ジャニ/ニック・タンディ/アンドレ・ロッテラー)。相手が居なくなったところでポルシェ1号車はペースを落として完走を目指した。しかし、残り4時間というところでポルシェ1号車もスローダウン。ピットまで戻れずリタイアとなってしまう。これで最高峰LMP1クラスは優勝争いから全車が脱落し、レースのリーダーはLMP2クラスのマシンに。前代未聞の展開となった。

サバイバル戦を制したポルシェ

今季から600馬力のギブソンエンジンの共通規定に代わり、レースペースもトップスピードを著しく上昇したLMP2クラス。レース展開次第では表彰台を狙える可能性は充分にあった。とはいえ、今季から新導入のハイパワーマシンということで、各チーム度重なるトラブルを抱え、このクラスもレースリーダーが入れ替わるサバイバル戦に。

その後、38号車・ジャッキーチェンDCレーシングのオレカ・ギブソンがレースリーダーとなってLMP2クラスによる総合優勝の期待が高まった。元々ル・マンでは地元フランスのコンストラクター(車体製造会社)によるプライベーターがマニュファクチャラー(自動車メーカー)と戦い、虎視眈々とル・マン制覇を狙っていた歴史がある。その流れを汲むのがLMP2クラスなのだ。もし、優勝すれば1980年の「ロンドーM379/コスワースDFV」以来、37年ぶりに自動車メーカー以外のマシンによる優勝が期待されていたのだが、フロントアクスルのトラブルで1時間以上もピット作業を強いられたLMP1クラスのポルシェ2号車が残り1時間で38号車のオレカを交わし、総合優勝。なんとか最高峰クラスマシンのメンツを保った。

もう、とにかくサバイバル戦、消耗戦だった。昨年はル・マン史上に残るドラマチックな1戦だったが、今年の荒れ具合は近年では稀に見るものだったと言える。ただ、完走を果たしたのはなんと49台で、リタイアした11台のうち8台がLMP1またはLMP2のプロトタイプマシンだったというのが何とも皮肉だ。

2000年代に入ってからの自動車レースは目覚ましい解析技術の進化で、マシンの信頼性が大幅に向上。チームも人員のマネージメントシステムが確立し、強固な組織と統制が大前提の時代になった。そこからさらにライバルに対してスピードで凌駕しなければ、勝利のための演算は成り立たない。

タラレバが期待できない厳しい時代になっても、ル・マン24時間レースにはいまだにタラレバの可能性が存在する。何が起こるか全く分からない。LMP1、LMP2、GTE-Pro、GTE-Amの各クラスで接戦を生み出すレギュレーションがうまく機能してレースは面白いものになっているが、今回のル・マンは特に究極のハイブリッド車で争うLMP1の自動車メーカーに厳しい課題を突きつけたと言える。

レース前に3度のウイナーで今季からポルシェ1号車に乗るアンドレ・ロッテラーは「ル・マンでは幸運なことよりも、いかに悪運を増やさないかが大事」と語っていた。彼の4度目の勝利は残念なバッドラックにより消滅してしまったが、晴天の中のハイペースのレースは耐久レースの難しさ、面白さ、切なさ、その他いろんなものが凝縮されていた。

敗者のトヨタは来年に向けて

今年の流れはトヨタにある。そんな空気がル・マンのサルトサーキットには漂っていた。開幕からWECで2連勝。好調を維持して迎えた公式予選で7号車に乗る小林可夢偉が3分14秒791という驚異的なスーパーラップを叩き出し、コースレコードタイムを記録。ハイブリッドマシンの驚異的な進化をまざまざと見せつけられた。

トヨタ7号車
トヨタ7号車

スピードではポルシェを凌駕したトヨタ。当然、負けは負けで、日本のメーカーという感情を抜きにしても、王者ポルシェを上回る差を生み出したことは大きいと感じる。トヨタが攻めの姿勢で挑んだことは大いに評価されるべきで、ル・マンのファンはちゃんとそれを見ている。ル・マンで勝利できていない事実に目を向けても何の意味もない。

とはいえ、来年2018年のル・マンはポルシェが4連覇、20回目の優勝を狙う大会となる。トヨタがポルシェの4連覇を阻むことができるかどうか、トヨタにとっては今年以上に高い壁が待っていることは間違いない。だが、トヨタにとっても20回目のル・マン挑戦。来年のル・マンもまた面白いレースになるに違いない。

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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