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金正恩が演出した「処刑場の妊婦」の残酷ショー

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮で公開批判を受ける女性たち(デイリーNK)

 韓国統一省は3月31日、脱北者500人余りの証言に基づき作成した2023年版の北朝鮮人権報告書を公開した。

 韓国政府は2016年に施行された北朝鮮人権法に基づき、聞き取り調査が開始され、翌年から報告書を毎年まとめていた。これまでは脱北者の個人情報漏えいの恐れや北朝鮮の反発を考慮して非公開とされていたが、北朝鮮の人権問題に積極的な尹錫悦政権が公開に踏み切った。

妊娠を知った金正恩は…

 報告書には、殺人などの凶悪犯罪だけでなく、薬物取引や韓流コンテンツの視聴・流布、宗教や占いなどの迷信行為など、様々な理由で人々が処刑されてきたとの情報が盛り込まれている。たとえば2017年には、当時妊娠6カ月だった女性が自宅で踊る動画が出回り、その中で故金日成主席の肖像画を指差すしぐさが問題視され、公開処刑されたという。

 妊婦と公開処刑に関わるエピソードはほかにもある。2014年10月のある日の出来事である。

 その日、平壌市南部にある力浦(リョクポ)区域の河川敷には、多数の住民が集まっていた。軍需物資を横領して逮捕された将校と、その妻である30代女性の公開処刑が予告されていたためだ。

 2人は猿ぐつわを噛まされ、黒い布で目隠しされた状態で、杭に縛り付けられていた。軍の検察官と裁判官が判決を読み上げたのに続き、射手を務める兵士たちが位置に着いた。銃声が鳴り響き、死刑が執行された。

 ところが妻はしばらく後、病院のベッドの上で意識を取り戻した。軍当局者が妻に説明したところでは、夫は予定通り処刑されたものの、現場に伝えられた緊急指令により、妻の処刑は撤回されたのだという。

 妻は当時、妊娠4カ月だった。それを知った金正恩氏が「母親の罪を新たに生まれる生命にまで問うのはわが党の人徳政治に反する」として、死刑の執行中止を命じたのだという。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

 金正恩氏が、死刑執行の直前で中止命令を出したとされるエピソードは、ほかにもいくつかある。公開処刑が、恐怖政治における究極の「残酷ショー」であることを知り抜いたうえで、それを自らの慈悲深さを演出するために利用しているのだ。

 実際、金正恩氏が期待した通り、北朝鮮はこの話で国中が持ちきりになったという。

 ちなみに、妻は犯した罪を完全に許されたわけではなかった。翌年に出産を終えるや、当局に再逮捕され、無期懲役を言い渡された。

 北朝鮮における人権侵害の数々は、そのひとつひとつが金正恩氏の権力維持と結びついていると言って過言ではない。人権侵害の事例を研究し、権力と結びつく構図を理解することは、北朝鮮の動向を分析する上で必要なことと言える。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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