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「台湾有事は日本有事」「コロナで火事場泥棒のようなことをやる中国」香田元自衛艦隊司令官が警鐘

木村正人在英国際ジャーナリスト
南シナ海の領有権を巡るフィリピンの反中デモ(2019年4月)(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]新型コロナウイルス・パンデミックに便乗して南シナ海で活動を活発化させる中国について、香田洋二・元海上自衛隊自衛艦隊司令官に引き続き、おうかがいしました。

「コロナの間に火事場泥棒のようなことをやっている中国」

木村:南シナ海での中国の動きが活発になっていますね。新型コロナウイルスが流行しだしてから、さらに動きが激しくなっているのでしょうか。

香田氏:直接コロナとは限りませんが、中国はインドネシア、マレーシア、ベトナムの排他的経済水域(EEZ)に、政治色が薄く(中国の強引な姿勢が薄く)見える海洋・海底地質観測船を侵入させています。

中国は、これらの領有権争いのある海域を「俺の海だ」と言って、一方的に入域させているのですが、インドネシア、マレーシア、ベトナムからすれば「これは俺の海だ」と言うことで結構、というか激しくもめています。

インドネシアとかベトナムの漁船に中国海警局の船が意図的に衝突して沈める事案も目立つようになっています。そのような、一見地味ではあるものの深刻な事案の拡大を見たアメリカは急遽、軍艦を現場海域に派遣しました。

世界の目がコロナにいっている間に中国が火事場泥棒のようなことをやっているのは事実です。

「中国の立場を完全に否定した米国」

木村:最近、マイク・ポンペオ米国務長官が、中国が南シナ海の大部分で海洋資源を求めているのは「完全に違法だ」と断言しました。アメリカはこれまで他国の領有権問題には首を突っ込んできませんでした。

香田氏:ここ数年、中国がどんどん自分の主張を拡大しています。これはあまりにもひどすぎます。実は、中国のほぼ全ての海洋活動が国際海洋法や海洋慣習、そして規範に違反していることに関して、アメリカは公式には言及していませんでした。

非公式の、もちろん政府間協議ですが、いろいろな海洋セミナーなどで強く中国に警告してきたのみでした。しかし中国は、非公式ということもあり、アメリカの警告に対し聞く耳を持たなかったというか、それをいいことに警告を無視してやりたい放題をやってきたのが現実でした。

これで増長したのが、現在の中国の、関係国に対する、観測船などを使った一見引き気味にみせるものの、その実は強圧的な活動です。

これまでのハイテクを含む米中経済戦争やコロナそして香港などの中国との対立を通じてアメリカの堪忍袋の緒が切れた証が、先日の国務省およびポンペオ長官の、中国の立場を完全に否定した声明と言えます。

今までも、米中海軍同士の会議でもアメリカは強く指摘してきたのですが、ずっと中国が聞き入れないことから今回、アメリカは政府の言葉として明確に言ったわけです。

中国のやっていることは国際法に何一つ合致しないし、合法的でも一切ないということを言い切ったのです。中国は少し怖気づいたと思います。

「東沙諸島やスカボロー礁での中国の活動に制約」

木村:これは実際にどんな効果があるのでしょうか。

香田氏:次に中国がどう出るかということが評価尺度であると思います。例えば西沙(パラセル)諸島とか南沙(スプラトリー)諸島では、オバマ政権までの沈黙もあり中国が国際法上、非合法な埋め立てと軍事基地をつくってしまったから仕方ありません。

しかし、中国に残された戦略要衝である東沙(プラタス)諸島や中沙諸島のスカボロー礁に対する中国の活動に大きな制約がかかることは確実です。

東沙諸島は台湾が支配していますし、フィリピンから強奪したスカボロー礁は、米国の強い監視により、軍事基地建設の前提となる、測量や埋め立ての着手さえできていません。アメリカはこれについては一切やらせないぞということです。

あまりにも一方的な行動をしたらアメリカは軍艦を派遣し、中止させるということだと思います。

木村:中国としては少し身構えているということですか。

香田氏:アメリカの軍艦が来たら、やはり中国も好きなことはできません。バラク・オバマ米大統領の時代は、口だけで実際に動かなかった(軍事活動を伴わなかった)ものですから中国は、南シナ海、特に南沙諸島で好き勝手にできました。しかしドナルド・トランプ大統領はやると思います。

「中国ののさばりを許したオバマ前大統領の8年間」

木村:アメリカの大統領選が11月に迫ってきました。民主党大統領候補のジョー・バイデン前副大統領が勝つと、またオバマ前大統領のような時代に逆戻りして、中国のやりたい放題になる恐れもあるのでしょうか。

香田氏:もし、そうなったらアメリカは、少なくとも中国の現在の動きを不快に思っているアジアの国々の信頼を一気になくしてしまいます。物理的にはミャンマー、ラオス、カンボジアを除く全周辺諸国です。

結局、今の中国の「のさばり」というのはオバマ大統領の8年間の負の産物です。言うだけで何もしなかったわけですから。その副大統領がバイデン氏でした。

今、アメリカ人は6割、7割が中国に対して明らかに怒っています。大統領選で誰に投票するかは別ですが、バイデン氏が仮に当選したとして中国政策を大きく変えるとなれば、まず米議会が許さないでしょう。

国際的にも、そんなことをするとアメリカは、今のトランプ大統領とは逆の意味で孤立、特に同盟国から孤立すると思います。

日本、台湾、シンガポール、ベトナムあたりが対米関係をどうするかという問題が顕在化します。オバマ前大統領が弱体化させ、トランプ大統領が不安定化させた同盟や友好関係を、本当に壊すことになりかねないのです。

「台湾有事は日本有事」

木村:香港国家安全維持法を強行した中国は建国100年の2049年までに台湾を統一すると言われています。そうなると台湾有事になる可能性は高いように思うのですが。

香田氏:今の日本は、台湾問題について考えるのを拒否しています。中国にとって2049年まで29年しかないわけです。その間にアメリカが、中国の台湾併合を無策で見過ごすまで落ちぶれるかというとそれはありません。

中国共産党が今一番困っているのは、現在の状況が続けば台湾を取れない公算が高いという「事実」です。アメリカが健全であれば、という前提です。

今回のコロナのような異常事態があればアメリカがガタついて取るチャンスが出てきます。今回は、アメリカはコロナ対策では難儀していますが、米軍は中国に隙を見せる前に体勢を立て直しました。結果として、中国の冒険主義は抑えられたのです。

今後も、アメリカの対応力が大きく低下するような突発的な事象発生の可能性はゼロではありませんが、ほとんどの場合アメリカはまだまだ中国に対して、しっかりと対応できると考えられます。

このような冷厳とした情勢見積もりを前にした中国が、今後台湾に対してどうするかということになります。日本はまず日米同盟をしっかり固めておく必要があります。

軍事の常識ですが、台湾有事というのは日本有事です。そこを日本政府は、国民と同盟・友好国に明確に言っていません。台湾有事というのは少なくとも沖縄本島から西というのは中国の軍事影響下に入ります。

南西諸島、宮古、石垣、与那国といった島を中国は当然、取りに来ます。アメリカの反撃を防止するためにです。中国が台湾を取るために台湾だけを攻撃すると思ったら、これは能天気の極みです。というのは「でん」と米軍が日本に控えているからです。

中国が台湾に対して軍事行動を取るということは日本も明らかに中国の攻撃対象になるということで、台湾有事の際に日本は日本有事として備えなければならないということです。

木村:そういうことも日本のシンクタンクや大学で議論していく時期に来ているということですか。

香田氏:もう遅いぐらいです。私は提起しているのですが、最近、台湾に関する話題が、国内ですが少しずつ出てきたのは良いことです。まだ政府がきちんと計画するというところまでは行っていません。

「米国との激しい対立は習近平氏の失政かもしれない」

木村:中国の人民解放軍というのは中国共産党の軍ですよね。習近平国家主席の時代になって軍を完全に掌握したとみてもいいのでしょうか。

香田氏:ここは難しいところです。持ちつ持たれつでしょう。やはり人民解放軍は習主席のもとで優遇されています。ですから、あまり不満も出ていません。

しかし、人民解放軍も習主席の対米戦略に100%同意かというと当然、反対派もいます。しかし、一般的な意味では掌握できていると思います。

ただ、事実として習主席は人民解放軍を締め付けています。例えば昔のスタイルでそれぞれの地域軍が自分たちで企業を運営して利益を上げていたのを全部、締め上げています。特に陸軍の場合はメリットがなくなっています。軍が関与するビジネスのあがりが入らなくなりました。

全体としては2015年9月2日の対日戦勝記念日に人民解放軍を30万人削減すると宣言して実行しました。30万人と言えば日本のオール自衛隊より多い、大規模人員整理です。

軍としても100%ウェルカムではないのですが、その後の流れとして、習主席の大きな統治のスタイルとしては機能していることから、軍を掌握したと言えます。

しかしこの先、習主席が国家政策を含めいろいろ失敗をすると、人民解放軍と共産党が一枚岩ではなくなって来る公算は否定できません。その意味では、現在の米国との厳しい対立は、このトリガーとなる習主席の失政かもしれません。

木村:中国の人民解放軍は基本的に対米強硬派と考えておいて良いのでしょうか。

香田氏:軍人というのは任務を考えますから、共産党の軍隊として人民解放軍はアメリカとの競争、究極的には対米戦争に勝つためにどう機能するか、これが第一です。

国土を保全してアメリカをどのようにしてこの地域から遠ざけるかが人民解放軍の最大の使命になります。その中で台湾を取り、日本とアメリカを分断するということが、大きな任務となります。

「現実問題としてまだ中国はアメリカに比べ弱い」

木村:最近、中国映画『ウルフ・オブ・ウォー ネイビー・シールズ傭兵部隊 vs PLA特殊部隊』の『戦狼(せんろう)』シリーズが話題になっています。人民解放軍の愛国ムービーのように感じますが。

香田氏:現実問題としてまだまだ中国はアメリカに比べ弱いことは明白です。特に軍事的には圧倒的と言って良いほど弱いことは共産党や人民解放軍が最も正確に理解しています。

例えば、空母を見れば、運用を開始してまだ日が浅い空母が2隻です。地理的にも日本列島から沖縄、台湾、フィリピンに囲まれていて自由に外に出られません。

経済が強いと言っても、まだアメリカに追いついていません。技術的にファーウェイが進んでいるなどと言っても、総合的な技術力で言うとアメリカに大きく水を開けられています。

また、経済面で見過ごしてはならないことがあります。中国の経済を支えるアフリカとか南米とかオーストラリアからの資源、特に原材料の輸入は全部、インド洋と太平洋を通らなければならず、その経路は日米とインドに押さえられています。

このように強そうに見える中国も、実は悩みのタネが多いのです。

そうした中で、2049年までにアメリカに比肩できる最強国家を目指す中国共産党と政府が国民に対し「中国国民よ、俺たちはアメリカと肩を並べて、あるいは凌駕することができる国である」ということを示そうとした映画といえます。

「悪夢のアヘン戦争による中国のトラウマ」

木村:中国が南シナ海を押さえたいというのは、やはりマラッカ海峡がチョークポイントになるということを恐れているのでしょうか。

香田氏:そのように映りますが、少し奥が深いといえます。南シナ海に対しては、ある意味、中国の領土的野心と国家的トラウマの両方があります。トラウマについていえば、イギリスとのアヘン戦争に敗れた1840年以降150年間、中国が列強の権門に下ってしまったというのは結局、南シナ海を守れなかったという中国の深い心の傷と言えます。

南シナ海はマレー半島、シンガポール、インドネシア、フィリピン、台湾で囲まれ、もう一つの東シナ海も日本列島で囲まれています。逆説的になりますが、ということは、中国は南シナ海を制覇しても、周辺国は別としても包囲列島線の外側の国々には影響できません。

しかし、中国が南シナ海をコントロールできないと、外敵の侵入を許し、自由にされることは歴史の教訓です。まさに、これが悪夢のアヘン戦争による中国のトラウマなのです。

マラッカ海峡の水深は22メートルなので大型タンカーは通ることができません。南シナ海から外に出る水深の深い海峡は3つしかありません。台湾とフィリピンの間のバシー海峡、フィリピン・ミンダナオ島の南部海域、インドネシアのロンボク海峡です。台湾、フィリピン、インドネシアは全部、外国です。

グーグルマイマップで筆者作成
グーグルマイマップで筆者作成

この意味で中国、特に海軍は南シナ海の中に閉じ込められています。外に出る時には、いま述べた海峡を自由に通れるようにフィリピンとかインドネシアに自分の息がかかるようにしておく必要があります。

マラッカ海峡は平時の航行には非常に重要ですが、有事には西側の出口をインド海軍に塞がれます。マラッカ海峡は水深も浅く、狭いので、海峡の真ん中では敵の攻撃から逃げられません。

マラッカ海峡で空母を通すとなるとマレーシア、シンガポール、インドネシア、タイが全部、中国になびかないとできない芸当です。

中国が南シナ海をコントロールしたいというのは、

(1)歴史的には中国は南シナ海からの侵入者に国家が分割され、占領された反省と、

(2)現代の安全保障戦略としてベトナムからカンボジア、マレーシア、シンガポール、タイ、フィリピンを全部、自分のコントロール下に置かないと先程のバシー海峡、ミンダナオ島南部海域、ロンボク海峡は自由に使えない、

という二つの理由からです。

空母が4隻あろうと10隻あろうと外に出ない限り役に立ちません。究極的に中国は周辺国全てを管理下に置きたいことは明白ですが、それには大変な時間と労力がかかります。

「中国は南シナ海を自分の庭に保っておきたい」

木村:すると中国の戦狼外交は逆効果ですね。

香田氏:そういえますし、現実の政策でも、コロナ禍に関する強硬な対外政策や香港の国家安全維持法についての独善的な態度は全て、周辺国を中国から離れさせているように見えます。

木村:アヘン戦争の舞台が南シナ海だったわけですか。

香田氏:もちろん、列強の一部は太平洋経由でもやってきましたが、イギリス、フランスなどの欧州列強が来た主経路はインド洋回りです。また、その時点でオランダは東インド会社によりインドネシアを経営していました。

列強はその勢いで南シナ海を通り、中国南部の広州沿岸から上海まで侵入できたのです。

その時、日本は鎖国をしていましたから、中国にとって東の脅威はアメリカだけでしたが、アメリカは門戸開放を掲げ、植民地主義とは一線を画していました。

つまり、中国にとって屈辱的な欧州列強支配はアヘン戦争を契機に欧州列強が南シナ海を通って入ってきたことに端を発するのです。この苦い経験から、中国としては、いかなるコストを払っても少なくとも南シナ海は自分の庭として保っておきたいということでしょう。

しかし、この心情、あるいは中国の史観が、中国の独善的かつ強圧的な南シナ海政策を正当化するものでないことは明白です。

香田洋二(こうだ・ようじ)氏

筆者撮影
筆者撮影

元海上自衛隊自衛艦隊司令官(海将)。1972年防衛大学校卒業、海上自衛隊入隊。統合幕僚会議事務局長、佐世保地方総監、自衛艦隊司令官などを歴任し、2008年退官。09年から11年まで米ハーバード大学アジアセンター上席研究員。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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