新型コロナウイルス:「パニック買い」が国境を越えて感染する
新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的な感染拡大に伴って、国境を越えて広がっている別の動きがある。トイレットペーパーや消毒薬などの「パニック買い」だ。
日本でも発生したトイレットペーパーなどの「パニック買い」は、新型コロナウイルスの発生地である中国に始まり、香港、台湾、シンガポール、さらにイタリア、オーストラリア、米国などに飛び火。
感染者数の増加と社会の不安に引きずられるように、「パニック買い」も国境を越えて拡散しているようだ。
ソーシャルメディアが本格的に普及する中で、初めてといえる国際的な感染症の大流行。
そこでは、新型コロナウイルスと同様に、デマや混乱も地球規模、リアルタイムに感染する新たな現実が広がっている。
●米国でも「パニック買い」
3月4日現在で感染者数80人、死者9人となっている米国でも、「パニック買い」の動きは始まっている。
米国では西部ワシントン州キング郡で、2月29日に最初の死者、翌3月1日には2人目の死者が相次いで発表。感染への不安感が高まっている。
米ワシントン・ポストやUSAトゥデイなどによると、「ターゲット」や「コストコ」、「ホームデポ」といった大手量販店では、マスクや消毒剤、トイレットぺーパー、さらには水、パスタ、冷凍野菜、豆などの保存食の「パニック買い」が各地で始まっている、という。
また、その動きも、マンハッタンからサンフランシスコ・ベイエリア、ハワイまで広範囲にわたっているようだ。
その背景には、米国政府の呼びかけもあるという。
米国土安全保障省(DHS)は、今回の新型コロナウイルスの感染拡大以前から、感染症のパンデミック(世界的大流行)への備えとして、「2週間分の水と食料の備蓄」「医薬品の備蓄」を推奨している。
この呼びかけがフェイスブックなどで共有されている。
さらに、米国よりも感染が拡大している各国での「パニック買い」の行列と空になった陳列棚の写真が、ソーシャルメディアを通じて拡散し、米国内の消費者の不安をさらに煽っているようだ。
●オーストラリア、欧州でも
「パニック買い」の動きは、感染が急速に広がる世界各地で同時多発的に起きている。
オーストラリアでは、感染者数が40人を超えているものの、その大半が横浜に停泊していた豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」からの帰国者だ。
ロイターによれば、しかし米国と同様に、トイレットペーパーや消毒剤、さらに米、卵などが品薄状態となり、そんな陳列棚の写真がソーシャルメディアを通じて拡散されている、という。
欧州でも、同じような状況が起きている。
ドイチェヴェレによれば、感染者数が150人を超すドイツでは、大手スーパー「レーヴェ」「リドル」などで、保存食、缶詰、パスタ、トイレットペーパー、消毒剤などの備蓄買いが顕著になってきている、という。
またCNNによれば、感染者数が2,000人を超え、欧州最大となっているイタリアでは、2月下旬ごろから、北部のミラノなどで、マスクに加えて保存食や缶詰、パスタなどの「パニック買い」の動きが見られた。
●「パニック買い」の感染
日本でも、1月にはマスクの「パニック買い」と品切れが表面化。
さらに2月下旬にはトイレットペーパーやティッシュ、生理用品など、他の品目にも、「パニック買い」の動きが広がった。
これらの動きは、新型コロナウイルスの感染源である中国での、マスクなどの「パニック買い」に端を発する。
そして、トイレットペーパーなどの「パニック買い」と品切れは、日本に先立ち、香港などですでに発生していた。
サウスチャイナ・モーニング・ポストなどによれば、香港では2月17日、繁華街・旺角のスーパー「ウェルカム」から覆面の武装強盗がトイレットペーパー50パック、600ロールを強奪したとして、逮捕されている。
台湾でも、やはり「パニック買い」の動きが起きていた。
台湾の英字紙、タイペイ・タイムズの2月12日の記事は、「マスク不足でトイレットペーパーも品切れに」というデマを流し、「パニック買い」を煽ったとして家庭用品の販売を手がける女性3人を、社会秩序維持法違反の疑いで当局が捜査中、と報じている。
ストレーツ・タイムズによれば、シンガポールでも、2月半ばには、トイレットペーパー、米、即席ヌードルなどのパニック買いが広がっていた、という。
●ソーシャルメディア時代の感染流行
「パニック買い」は“予言の自己成就”だ。物不足になるとみんなが思えば、人々は商品を買いに走り、実際に物不足になってしまう。
コーネル大学教授のカラン・ジロトラ氏は、USAトゥデイのインタビューに、そう述べている。
その引き金となるのはソーシャルメディアを流れるデマ。さらには、海外や国内の他の地域での、品切れになり、がらんとした陳列棚の画像もそれを後押しする。
背景には、今回のような感染症の世界的な流行が、本格的なソーシャルメディア時代になってから、初めての出来事だという点もある。
2002年のSARSはソーシャルメディアブームの到来前だった。2009年の新型インフルエンザ(A/H1N1)の時はまだ、ソーシャルメディアの勃興期だ。
フェイスブックの世界の月間ユーザーは、2019年末で約25億人だ。
だが2004年創業の同社は、新型インフルエンザ(A/H1N1)流行の前年、2008年8月にようやく1億人を突破したばかりだった。
このほかにも2006年創業のツイッターや、2009年創業のワッツアップなど、今回の新型コロナウイルスをめぐっては、様々なソーシャルメディアが情報の拡散に使われている。
それらを通じて流れるデマや“品切れ画像”の拡散力は、新型コロナウイルスにも匹敵する。
今回の新型コロナウイルスの患者一人当たりの2次感染者数(基本再生産数、R0)は、当初の推計値で1.4~2.5。フェイスブックが2018年に調査したバイラルコンテンツのR0は1.8とほぼ同じだった。
※参照:新型コロナウイルス:デマの氾濫は感染拡大を悪化させてしまう(02/15/2020 新聞紙学的)
本格的なソーシャルメディア時代に広がる新型コロナウイルスは、デマや不安の広がりについても、その影響が見通せない状況を突き付けている。
(※2020年3月4日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)