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新型コロナウイルス:「パニック買い」が国境を越えて感染する

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
2月初めにはすでに香港でもトイレットペーパーなどの「パニック買い」は起きていた(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的な感染拡大に伴って、国境を越えて広がっている別の動きがある。トイレットペーパーや消毒薬などの「パニック買い」だ。

日本でも発生したトイレットペーパーなどの「パニック買い」は、新型コロナウイルスの発生地である中国に始まり、香港、台湾、シンガポール、さらにイタリア、オーストラリア、米国などに飛び火。

感染者数の増加と社会の不安に引きずられるように、「パニック買い」も国境を越えて拡散しているようだ。

ソーシャルメディアが本格的に普及する中で、初めてといえる国際的な感染症の大流行。

そこでは、新型コロナウイルスと同様に、デマや混乱も地球規模、リアルタイムに感染する新たな現実が広がっている。

●米国でも「パニック買い」

3月4日現在で感染者数80人、死者9人となっている米国でも、「パニック買い」の動きは始まっている。

米国では西部ワシントン州キング郡で、2月29日に最初の死者、翌3月1日には2人目の死者が相次いで発表。感染への不安感が高まっている。

米ワシントン・ポストUSAトゥデイなどによると、「ターゲット」や「コストコ」、「ホームデポ」といった大手量販店では、マスクや消毒剤、トイレットぺーパー、さらには水、パスタ、冷凍野菜、豆などの保存食の「パニック買い」が各地で始まっている、という。

また、その動きも、マンハッタンからサンフランシスコ・ベイエリア、ハワイまで広範囲にわたっているようだ。

その背景には、米国政府の呼びかけもあるという。

米国土安全保障省(DHS)は、今回の新型コロナウイルスの感染拡大以前から、感染症のパンデミック(世界的大流行)への備えとして、「2週間分の水と食料の備蓄」「医薬品の備蓄」を推奨している。

この呼びかけがフェイスブックなどで共有されている。

さらに、米国よりも感染が拡大している各国での「パニック買い」の行列と空になった陳列棚の写真が、ソーシャルメディアを通じて拡散し、米国内の消費者の不安をさらに煽っているようだ。

●オーストラリア、欧州でも

「パニック買い」の動きは、感染が急速に広がる世界各地で同時多発的に起きている。

オーストラリアでは、感染者数が40人を超えているものの、その大半が横浜に停泊していた豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」からの帰国者だ。

ロイターによれば、しかし米国と同様に、トイレットペーパーや消毒剤、さらに米、卵などが品薄状態となり、そんな陳列棚の写真がソーシャルメディアを通じて拡散されている、という。

欧州でも、同じような状況が起きている。

ドイチェヴェレによれば、感染者数が150人を超すドイツでは、大手スーパー「レーヴェ」「リドル」などで、保存食、缶詰、パスタ、トイレットペーパー、消毒剤などの備蓄買いが顕著になってきている、という。

またCNNによれば、感染者数が2,000人を超え、欧州最大となっているイタリアでは、2月下旬ごろから、北部のミラノなどで、マスクに加えて保存食や缶詰、パスタなどの「パニック買い」の動きが見られた。

●「パニック買い」の感染

日本でも、1月にはマスクの「パニック買い」と品切れが表面化。

さらに2月下旬にはトイレットペーパーやティッシュ、生理用品など、他の品目にも、「パニック買い」の動きが広がった。

これらの動きは、新型コロナウイルスの感染源である中国での、マスクなどの「パニック買い」に端を発する。

そして、トイレットペーパーなどの「パニック買い」と品切れは、日本に先立ち、香港などですでに発生していた。

サウスチャイナ・モーニング・ポストなどによれば、香港では2月17日、繁華街・旺角のスーパー「ウェルカム」から覆面の武装強盗がトイレットペーパー50パック、600ロールを強奪したとして、逮捕されている。

台湾でも、やはり「パニック買い」の動きが起きていた。

台湾の英字紙、タイペイ・タイムズの2月12日の記事は、「マスク不足でトイレットペーパーも品切れに」というデマを流し、「パニック買い」を煽ったとして家庭用品の販売を手がける女性3人を、社会秩序維持法違反の疑いで当局が捜査中、と報じている。

ストレーツ・タイムズによれば、シンガポールでも、2月半ばには、トイレットペーパー、米、即席ヌードルなどのパニック買いが広がっていた、という。

●ソーシャルメディア時代の感染流行

「パニック買い」は“予言の自己成就”だ。物不足になるとみんなが思えば、人々は商品を買いに走り、実際に物不足になってしまう。

コーネル大学教授のカラン・ジロトラ氏は、USAトゥデイのインタビューに、そう述べている。

その引き金となるのはソーシャルメディアを流れるデマ。さらには、海外や国内の他の地域での、品切れになり、がらんとした陳列棚の画像もそれを後押しする。

背景には、今回のような感染症の世界的な流行が、本格的なソーシャルメディア時代になってから、初めての出来事だという点もある。

2002年のSARSはソーシャルメディアブームの到来前だった。2009年の新型インフルエンザ(A/H1N1)の時はまだ、ソーシャルメディアの勃興期だ。

フェイスブックの世界の月間ユーザーは、2019年末で約25億人だ。

だが2004年創業の同社は、新型インフルエンザ(A/H1N1)流行の前年、2008年8月にようやく1億人を突破したばかりだった。

このほかにも2006年創業のツイッターや、2009年創業のワッツアップなど、今回の新型コロナウイルスをめぐっては、様々なソーシャルメディアが情報の拡散に使われている。

それらを通じて流れるデマや“品切れ画像”の拡散力は、新型コロナウイルスにも匹敵する。

今回の新型コロナウイルスの患者一人当たりの2次感染者数(基本再生産数、R0)は、当初の推計値で1.4~2.5。フェイスブックが2018年に調査したバイラルコンテンツのR0は1.8とほぼ同じだった。

※参照:新型コロナウイルス:デマの氾濫は感染拡大を悪化させてしまう(02/15/2020 新聞紙学的

本格的なソーシャルメディア時代に広がる新型コロナウイルスは、デマや不安の広がりについても、その影響が見通せない状況を突き付けている。

(※2020年3月4日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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