コンゴの性暴力被害が日本と結びつく衝撃作。女性にとって世界で最悪の場所に実際に立って
渋谷のユーロライブで開催中の「TBS ドキュメンタリー映画祭」。在京キー局であるTBSテレビが新たな試みとして始めた本映画祭は、同局で放送されたものに新たな映像を加えて完成した新作ドキュメンタリーを中心に全22作品が上映される。
その中から、注目の1作、ノーベル平和賞を受賞したコンゴのデニ・ムクウェゲ医師に焦点を当てた『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』の立山芽以子監督に訊くインタビューの後編。前編では、主にムクウェゲ医師との出会いから、作品の内容について話をうかがった。
ここからは、コンゴでの現地取材、性暴力被害にあった女性へのインタビューなど、撮影の裏側について訊く。
なんでこんな美しい地で、こんなひどいことが起きてしまっているのか
作品は、コンゴで現実に起きている信じがたい悲惨な現実を伝える。実際に訪れてみて同国にはどんな印象を抱いただろうか?
本作をみるとわかるが、撮影班は、病院内にとどまらず、町や鉱山にも足を延ばし、現地の人々に取材を試みている。
「すごく自然が豊かなところなんです。たぶん、アフリカというと『渇いた大地』といったイメージをしがちですけど、雨も多くて、緑も多く、水も豊か。なんでこんな美しい地で、こんなひどいことが起きてしまっているのかと思ってしまいました。
ただ、作品内でも触れていますけど、ほぼ無政府状態というのはそこかしこで感じる場面がありました。無政府状態といってしまうとなにか混沌としているイメージを抱いてしてしまうかもしれないですけど、たとえば日本の取材クルーが入国するに際し、なにか要求されたり、拒否されたりするようなことはない。
取材を制限されたりすることもない。武装勢力がいるエリアは危険ですけど、そこを除けば町は普通で特に危険なことはない。
では、政府であり行政がほとんど機能していないところをどういうところで感じるかというと、一番はインフラです。インフラの整備がそうとう遅れている。ほぼ道路は舗装されていなくて、鉱山に向かうときなどは悪路でほんとうに大変でした。
あと、社会の秩序が保たれているとは言い難いというか。作品でも、レイプをした加害者男性が賄賂ですぐに刑務所から出てくることに触れましたけど、そういうことが当たり前になっている。 法があってないようなものになってしまっている部分があることは否めない。そういう意味で、無政府状態かなと感じました」
一歩間違えば、自分たちも危険に直面してもおかしくなかったのかも
国際社会にメッセージを発し続けるムクウェゲ医師は、武装勢力のターゲットとなり、国連軍によって24時間完全に警護されている。取材していく中で、なにか身の危険を感じる瞬間はなかったのだろうか?
「危険なエリアはちゃんと現地の人にきいて、足を踏み入れないようにしていました。たとえば、鉱山も取材させてもらったところは政府の管轄なので、一応、安全だとはいわれてるエリアになります。
ただ、取材したコンゴ東部のあのエリアで、先日、イタリアの大使が殺害された。なので、一歩間違えば、自分たちもそういう危険に直面してもおかしくなかったのかもしれません」
改めて、残酷な仕事だなと思いました
作品では、レイプで心にも体にも深い傷を負った女性たちの声に耳を傾ける。辛い時間であったことが映像からも伝わってくる。
「改めて、残酷な仕事だなと思いました。
パンジ病院はケアが行き届いていて、どの女の子がいまどのような状況にいるかを細かくすべて把握しているんですね。それである程度、気持ちが安定してきちんと対話ができる女性を選んでくれてインタビューに臨んでいるんですけど、たいへんな目にあった女性に、どういう状況で起きたの?とか、どういうことをされたの?とか、どんな気持ちだったの?とか、聞かなくてはならない。
ほんとうに嫌な仕事だなと思いました。でも、聞かないと伝わらない。
だから、ちょっと、心を鬼にしてではないですけど、それぐらいの気持ちをもって向き合いました。でも、やはり涙を流す子もいて、わたし自身も心がひどく痛みました。
いまも、思い出したくないことを思い出させてしまったのではないかという、申し訳ない気持ちがあります。
だからこそ、泣いてまでいろいろと話してくれたあの子たちの気持ちは、きちんと伝えないといけないと思いました。この作品で、それはできたのではないかと思っています。
あと、ひとつみなさんに伝えておきたいのは、インタビューのときは、通訳も兼ねて心療内科の先生に立ち会っていただいて、万全を期しています。事前にプライバシーをどうするかも相談して、言えないことは言わなくていいとご本人は伝えました。そういう上でのインタビューであったことを知っていただければと思います」
レイプに加わった元兵士のインタビューをして考えたこと
被害者の女性の声を聞く一方で、加害者の男性たちにも果敢にインタビューに挑み、厳しい質問を投げかけている。これはどうやって成立したのだろうか?
「被害者がいるということは加害者がいるということですから、加害側の取材も避けて通れないと思いました。
作品に登場しているようなレイプに加わった元兵士というのはけっこういて、町でふつうに暮らしているんです。ただ、自分の犯したことを話してくれるかどうかはわからないですけど。
でも、コンゴの専門家の友人たちも、あまり加害者のインタビューは見たことがないといっているので、表立って話す人はほとんどいないのではないかと思います。
彼らの話をきいて思ったのは、もちろん擁護することはできない。でも、彼らも望んでその行為に及んだわけではない。ある日、武装勢力にほぼ拉致されるように連れていかれて、兵士にさせられて、自分の命を守るためには命令に背くわけにはいかなかった。
彼らもある意味被害者で。武装勢力にさえ出会わなければ、ほとんどが普通に暮らしていた人たちなんですよね」
なぜ武装勢力は殺すのではなく、レイプなのか
さまざまな事実を伝える中で、最もショッキングなことのひとつが、武装勢力が性暴力に至る理由にほかならない。その理由は作品を見て確認してほしいが、おそらくわたしたちが考え、イメージする理由とはかけ離れているといっていい。
「いま話したようにわたしは加害者の男性も取材したわけですけど、その話をきいてもなぜそうなるのか、わからなかったです。
実は、伝える上で、その点が一番苦労したところです。日本だと、レイプ被害というのはほとんどのケースにおいて性的行為を目的としたところと結びつくわけですけど、コンゴの武装勢力による性暴力の考え方はまったく違う。ちょっと日本人には想像できないですよね。
理論で説明できる範ちゅうを超えているので、どうすればわかっていただけるのか悩みました。でも、分からないことを分からないと提示することも大切ではないかと。
ムクウェゲ先生も、インタビューで答えていらっしゃいますけど、なぜ彼らが瀕死の状態になるぐらいまでレイプし続けるのか、解明できていない。なんで殺すのではなく、レイプなのか、誰が村を支配するのにこのやり方が最良と思い付いたのか、確かにまだ解明されていないんですよね。
なので、現時点で出ていることのありのままを出して、あとはみなさんに考えていただければと思いました」
不正義や不平等、犠牲の上に、自分たちの生活が成り立っていることに
思いをめぐらすことのできる心を忘れずに
では、このコンゴで起きている現実を目の当たりにしたとき、どんなことを考えただろうか?
「正直、自分は無力だなと思いました。
はっきり言ってしまえば、わたしがこの問題を伝えても、明日から世界がよくなるわけではない。コンゴがいい方向に進むことを願ってますが、現時点ではなにもできない。
でも、伝えないと変わらない。だから、わたしは伝える。それしかできないけど、知ってもらうことで少しでも変わればと思いました。
なんか立派なことを言ってますけど、私も毎日コンゴのことを考えているわけではない。インタビューした女性たちのことばかり思っているわけではない。
ほんとうになにもできない。けど、なにかの瞬間、ふとコンゴのことを思い出して、こうした不正義や不平等、犠牲の上に、自分たちの生活が成り立っていることに思いをめぐらすことのできる心を忘れずにもっていたい。
みなさんにとってこの作品が、そういうことに思いを巡らす作品になってくれたらうれしいです」
このコンゴでの性暴力の本題は、立山監督自身はどこにあると感じたのだろう?
「わたし自身は答えは出せなかったですね。
ムクウェゲ先生がよくおっしゃっていたのは、コンゴの家父長制度の問題。つまり、男の人が上位で、女の人が下位。男尊女卑がまだまだ色濃く残っている。
先生は、『男性優位主義みたいなものを直していかないと駄目なんだ』っていうことは常々言っていましたね。
一見すると、女性がよく働いていて、かかあ天下的にみえるんですけど、実態はまったく違う。女性の地位が低い。だから、朝から晩まで働かされてるのは女の人で、男の人は働かずに朝から晩までビール飲んで遊んでるようなところがある、と現地の人から聞きました。
だから、ムクウェゲ先生は、コンゴの女性の地位の低さを解消しなくてはいけないと思っていて、女性の教育にもっと力を入れないといけないとおっしゃっています」
では、こうした殺伐とした現実がある中、ムクウェゲ医師の女性に寄り添う優しさや誠意はどこで育まれたと感じただろうか?
「お父様が牧師で、実はムクウェゲ先生も牧師の資格をもっておられる。そのことがあるのかなと思います。
先生と話していると、自然とその中に人と人のつながりの大切さであったり、支え合いや分かち合いの精神といったことが入ってくる。
宗教のことはわたしは詳しくはわかりませんけど、キリスト教の影響があるのかなと思います」
映画祭での生のリアルな反応は、期待と不安が半々
最後に、今回のTBSドキュメンタリー映画祭という場で、ドキュメンタリー映画として映画館で上映されることはどう受け止めているのだろう?
「報道の仕事は、突き詰めると、その人の話しをきいて、みなさんに伝えること。なので、わたし個人は、最終的なアウトプットというのは、ニュースでも、ドキュメンタリーでも、映画でも、どういう媒体でも構わないと思っています。カテゴリー分けはあまり気にしていません。
この作品も、『テレビっぽい』とか、『映画じゃないよ』とか言われるかもしれないんですけど、とにかくそういうことを気にせずに、頑張って作りました。
ただ、テレビの仕事というのは、砂漠に水を撒くようなところがあるというか。どういうことかというと、何千万人という人が自分の携わった番組放送をみてくれる。でも、誰が見ているかわからない。蒔いた水で花が咲いているかわからないし、花が咲いていたとしても確認できない。だから、ちょっとむなしくなることや、きちんと届いたという実感がなかなかえられないところがある。
それから、テレビはテレビは花火と似ていて、一回上がったら終わり。1回放送したらおしまいだった。いまは見逃し配信とか、YouTubeとかあってみる方法がありますけど、一昔前までは、そうだった。だからこういう場、自分の手掛けたものを上映できる場ができたことはうれしいです。
ただ、リアルに反応が返ってくるのは期待と不安が半々です。直接、みなさんの反応を受けることには慣れていないもので(苦笑)。『途中で寝ている人がいたらどうしよう』とか、『帰ってしまう人がいたらどうしよう』とか、ちょっとビクビクしています(笑)」
『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』
TBSドキュメンタリー映画祭にて
20日(土・祝)18:00~上映
<TBSドキュメンタリー映画祭>
期間・会場:2021年3月18日(木)~21日(日)ユーロライブにて開催
主催:TBSテレビ
共催:ユーロスペース
公演詳細、映画祭チケット情報は、映画祭公式HPまで