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警察の顔認識システムは8割が「無実」 英大学が報告書

木村正人在英国際ジャーナリスト
インターポール・ワールド 2019で顔認識システムを展示するファーウェイ(写真:ロイター/アフロ)

顔認識システムの運用中止求める

[ロンドン発]監視カメラのデジタル画像から人を自動的に識別するロンドン警視庁のライブ顔認識システムは81%が「無実」――こんな結果が英エセックス大学の報告書で分かりました。

同大学のピーター・フッセ教授とダラ・マリー博士は、ロンドン警視庁が昨年6月から今年2月にかけて起訴した6事件へのアクセスを特別に許され、顔認識システムで浮上した42人について調査しました。

このうち16人については捜査員が「ウォッチリストに載っている人物と一致しているとは思えない」と判断。4人は群衆の中に紛れ込んで確認できず、残り22人について職務質問でアイデンティティー・チェックを行いました。

その結果、14人はウォッチリストの該当者ではなく、8人(19%)についてはピッタリ一致しました。81%が不正確、つまり「無実」だったわけです。

フッセ教授は人権上の懸念が解消されるまでライブ顔認識システムの運用を中止するよう求めています。

「ロンドン警視庁がこの調査をサポートしたことは評価できる。報告書はロンドン警視庁の意思決定プロセスに人権上の考慮を加える必要性を強調している。国家レベルでの指導力が求められている」

マリー博士は「人権侵害の特定やライブ顔認識システムの必要性を確立する上で効果的な努力がなされたようには見えない」と指摘しました。

顔認識システムで誤認逮捕されたとアップルを訴え

今年4月、米ニューヨークの18歳の学生がアップルの顔認識システムで誤認逮捕されたと同社を相手取り10億ドル(約1078億円)の損害賠償請求訴訟を起しました。

この学生は昨年11月、連続して複数のアップルストアから商品を盗み出したとして逮捕、起訴されました。しかし起訴された1件について犯行現場とは別の場所にいたとアリバイを主張しています。

学生はアップルストアのIDを盗まれており、このIDがアップルの顔認識システムの中でアップルストアの防犯カメラがとらえた真犯人と結び付けられたと訴えています。

過ちを犯すのは機械だけではありません。警察の捜査には誤認やデッチ上げが付き物です。公開の裁判や推定無罪の原則があるのはそのためです。

ロンドン警視庁のライブ顔認識システムは人違いが81%。しかし19%の確率で事件の関係者を探り当てることができるとしたら、実用化はもうそこまで迫ってきていると言えるでしょう。

人権上の配慮なし

報告書の主なポイントは次の通りです。

(1)裁判所で異議を申し立てられた場合、警察のライブ顔認識システム技術は違法とされる可能性が非常に高い。国内法で明確な法的根拠がない

(2)運用前の計画と概念化が不十分で、ロンドン警視庁はテクノロジー面に焦点を当て過ぎ

(3)ロンドン警視庁は、人権法による民主的社会に必要な試験に効果的に関わっているようには見えなかった。従来の防犯カメラと同様に扱われ、ライブ顔認識システムの侵入的性質、生体認証の使用を考慮していない

(4)裁判と運用を一緒くたにしたため、同意、公的な正当性、信頼に関して多くの問題が生じている

(5)ライブ顔認識システムでの一致と、想定される介入、ロンドン警視庁の個人への関わり方、関係する個人の同意の明確化と取り付けについて数多くの運用上の落ち度があった

(6)ウォッチリストに含める基準が明確ではない

(7)ウォッチリストの情報が新しくなく、正確性に問題がある

顔認識システムは指紋やDNAと同じ?

ライブ顔認識システムを指紋やDNAと同じ生体認証とみるなら防犯カメラと同じレベルで扱うわけにはいきません。指紋やDNAの採取と同じように法的な根拠や本人の同意が必要になってきます。

法科学鑑定研究所(東京)のHPによると、指紋の隆線特徴点が8個一致すると1億分の1、12個一致すると1兆分の1の確率だそうです。DNA鑑定による個人識別能力は4兆7000億分の1まで高まっています。

指紋やDNAに比べると顔認識システムによる生体認証はまだ19%の確率なので、公判維持ではなく捜査の手掛かり程度にしか使えません。人権侵害が発生するとしても、大きな手掛かりになります。

日雇い労働の求人業者と求職者が集まるあいりん地区のある大阪では「見当たり捜査」と呼ばれる捜査手法が確立されています。何百人もの指名手配容疑者の顔を脳裏に焼き付け、あいりん地区を練り歩いて逮捕する刑事の職人芸です。

ロンドン警視庁のウォッチリストとは異なり、日本の「見当たり捜査」は逮捕状が出ている容疑者なので法的根拠がはっきりしています。疲れを知らないライブ顔認識システムを導入すれば捜査効率は格段にアップするでしょう。

国際都市ロンドンには50万個もの防犯カメラが設置されていると言われています。これに人工知能(AI)技術を活用したライブ顔認識システムを組み合わせると、英作家ジョージ・オーウェルが『1984年』で描いた監視社会が出現してしまいます。

顔認識システムで世界の先端を走っているのはプライバシーのない中国の公安でしょう。フッセ教授とマリー博士が指摘しているように西側諸国では実用化する前に人権に配慮したパブリック・ディベートを徹底的に行う必要があります。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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