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あきれるほど将棋の強いYouTuberのアゲアゲさん、史上最速タイトル挑戦の若手を破って編入試験合格

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月25日。東京・将棋会館において棋士編入試験五番勝負第4局▲折田翔吾アマ(30歳)-△本田奎五段(22歳)戦がおこなわれました。10時に始まった対局は18時12分に終局。結果は161手で折田さんの勝ちとなりました。

 折田さんはこれで五番勝負を3勝1敗とし、規定により四段昇段(フリークラス入り)を決めました。

 将棋界で棋士編入試験に合格したのは花村元司九段(1944年)、瀬川晶司六段(2005年)、今泉健司四段(2014年)に続いて、史上4人目となります。

アゲアゲさん、満願のプロ試験合格

 折田さんの人生がかかった大一番は、折田さん先手で、戦型は相掛かりとなりました。

 両者は互いに駒組を進めた後、角交換から自陣角を打ち合います。

 63手目、本田五段が桂を跳ねたのを見て、折田さんはその頭をねらい、積極的に動きます。本田五段はその動きに応じる形で、銀を捨てて飛車を成り込む順を実現させました。もちろん折田さんも、成算があってその順を選んだわけでしょう。互いの損得は微妙なところで、均衡は保たれています。

 折田さんが得した銀を自陣に打ちつけたのを見て、本田五段は龍を自陣に引きつけます。中段で互いの大駒が対峙する緊張感みなぎる局面。折田さんは一歩もひかずに応じ、進んで、駒割は飛と角銀の交換になりました。

 本田五段が歩を垂らして、手数はかかるものの確実な攻めを見せたところで、折田さんがスパートをかけます。角を中段に飛び出して本田玉の本陣を射抜き、角を打ち込んで一気に寄せの態勢を築きました。

 折田さんの寄せの手順が最善かどうかは、時間をかけて調べてみないとわからないでしょう。

 折田さんは編入試験を受験するにあたり、受験料をクラウドファンディングで募りました。そして最終的に560人のパトロンから、予定額をはるかに超える519万5898円が集まっています。

 折田さんは盤外で多くの人からの大声援を受けて戦いに臨みました。しかし盤の前に座ればもう、誰の力を借りることもできません。

 大ギャラリーの歓声と悲鳴から遠く離れた対局室で、折田さんは一人、時間の制約がある中で、人生をかけ、自身の読みを信じて本田玉を寄せていきます。

 本田五段も地力を発揮して、きわどいところでしのぎ続けました。そして一瞬の間隙をぬって攻防の角を放ちます。

 四段デビュー以来、史上最速の参加1期目でタイトル(棋王)挑戦を決めた若手が弱いはずもありません。折田さんも強いけれど、本田五段もやっぱり強い。強者を相手にすると、将棋は簡単には勝てない。本局はそんな典型的な例かもしれません。

 本田五段の攻防の角が王手で銀を取るに至っては、局面は逆転模様です。厳密に調べてみれば、形勢は二転三転していたと思われます。折田さんの人生がかかった一局は、記録係の秒読みの声にうながされるまま、劇的な進行をたどっていきます。

 本田五段は龍で折田陣の金を取ります。折田玉には上下はさみうちの形で詰めろがかかりました。

 対して折田さんは3時間の持ち時間を使い切って、ついに一分将棋に。そこで本田陣の桂をはずしました。これが攻防の最善手で、再び折田さんが優勢になったようです。

 本田五段は下から折田玉を追い上げます。しかし折田玉の上部は手厚く、つかまらない。

 秒読みの中、折田さんは指し続けます。形勢をスコアで示すソフトの評価値は、折田よしながら、少しずつ揺れ動き続け、差はそれほど開きません。人間は常に最善手を指し続けることはできない。本局の折田さんの指し手も、100点の連続というわけではなかったでしょう。それでも折田さんは、自分を信じて指し続けました。

 本田五段は最後の最後まで、折田さんを楽にさせませんでした。王手馬取りがかかって、ようやくゴールが見えたかと思われたところで、飛と銀の利き、ただで取られるところに中合を打ちつける鬼手を放ちました。世界中の折田ファンから悲鳴が聞こえてきそうな手です。

 難敵中の難敵を相手に、折田さんは間違えずにゴールに向かいます。

 161手目。自玉が受けなしに追い込まれた本田五段は「負けました」と投了を告げました。

 本局はおそらく、令和の将棋史を語る上で、必ず振り返られることになる名局でしょう。

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 折田さんはこれで3勝1敗。棋士編入試験五番勝負で合格を果たしました。特に最終第4局、二十代前半の若手棋士代表格に勝っての合格です。誰も文句のつけようがないでしょう。

 終局後、折田さんにはすぐにインタビューがおこなわれました。感想を求められた折田さんは、

「そうですね・・・」

 と言って、そこで少し言葉が詰まりました。

「2、3年前の状況からしたら、信じられないこと・・・。そうですね、信じられないことです」

 アゲアゲさんは、万感の思いを込めてそう語りました。奨励会退会の挫折を経て、アゲアゲさんは棋士となる夢をかなえました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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