2016年、改めて「ラグビーにヒーローはいない」を【ラグビー雑記帳】
2015年の日本楕円球界が生んだ名言は、やはりこれだろう。
「ラグビーにヒーローはいない」
10月11日、グロスターはキングスホルムスタジアム。ワールドカップイングランド大会の予選プールB最終戦でアメリカ代表を28-18で下したのち、日本代表の副キャプテンだった五郎丸歩が発したセリフだ。白星を挙げながらも8強入りが叶わなかった悔しさで涙を流し、試合のマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた感想を問われ、「ヒーローはいない」と返答したのだ。
裏を返せば「ラグビーはすべてがヒーローだ」と同義である。1つのトライ、1つのゴールキックの背景には細やかなプレーの堆積がある。それがラグビーの競技特性である。
現実問題、どのチームにも決定的な仕事をする特定の中心選手はいる。ワールドカップ日本代表では、相手に刺さっては起き上がり、前に突っ込んでは次のプレーへの準備をするリーチ マイケルキャプテンがそれにあたった。
しかし、人を驚かせるプレーの背景には、そのプレーと等価の隠れたファインプレーがあった。例えば、サモア代表戦の前半終了間際に山田章仁が決めた「忍者トライ」の場面。右タッチライン際で山田が「スローモーション」の時を過ごす直前、右中間の接点では堀江翔太副キャプテンが相手を右から左へ押し込んでいた。こうした下働きが、次の攻撃のためのスペースを生んだ。
誰が言ったか。「いまのラグビーブームは、ラグビー選手ブーム」。閑古鳥のなくスタンドを見続けた愛好家にとっては、いかなる形であれ競技人気の向上を歓迎していよう。
とはいえ「ブーム」の渦中にある「選手」たちの望んでいるのは、ラグビー文化の醸成である。チケットが完売していながら観客席が埋まらない問題があった折、ジャパンの田中史朗は「協会に頼らず、僕たち選手とファンの皆さんとでラグビーを盛り上げましょう」といった旨のメッセージを発信していた。「ブーム」を文化に昇華するガイドラインを、他者に頼らずに作りあげる。それが2016年の進むべきベクトルかもしれない。
「ラグビーにヒーローはいない」
自らのこの言葉を証明するプレーを、五郎丸は2015年最後のゲームで示している。
12月26日、公式記録で「22843人」が集まった東京・秩父宮ラグビー場。国内最高峰トップリーグの第7節の後半4分、ヤマハがキヤノンを相手に得点チャンスを得る。
敵陣ゴール前右のラインアウトから、フォワード陣が固まる。縦長のモールを組む。相手のフォワードが塊を割ろうとするなか、球を隠し、ぐいぐいと前へ進む。そのなかにいたプロップの山本幸輝は述懐する。
「相手のでかい選手が上から絡んでくるのに対して、僕らはまとまって、まっすぐ、まっすぐ…。少しでも横を向いたら(隙間を)割られるので」
レフリーが手を伸ばす。キヤノンの反則を確認しながら、プレーを続けさせたほうがヤマハに有利だとして「アドバンテージ」の合図を出す。モールの後ろにいたスクラムハーフの矢冨勇毅が左後方へパスを放る。
受け手のスタンドオフの大田尾竜彦は、この時点でどう球を回すかを決めていた。
「うちは今シーズン、マレ・サウの縦とブラインドウイングの後ろ(から駆け込んでくるプレー)をやっていて、それはどのチームも分析してきている。それの、裏です」
そう。相手が警戒していたのは、日本代表センターのマレ・サウだった。大田尾は目の前の相手をひきつけながら、サウら複数の囮の背後にロングパスを通す。
バトンを受け取ったのは、公式身長「170センチ」というセンターの宮澤正利だ。
「大田尾さんのパスで、外のディフェンスは切れていた(引きつけられていた)ので、あとはミスさえなければ」
さらに左へ、ゴールラインと平行なパスを繰り出す。
キヤノン守備網の乱れたエリアへ、フルバックの五郎丸が、駆け込んだ。トライ。
「僕がもらった頃には(自身の正面からみて相手の対面の守備が)半分、ずれていた。そこで行こう、と判断しました」
インゴールへ飛び込んだ背番号15と同時に、まとまってチャンスを作った背番号1ケタ台の面々、好判断でパスをつないだ背番号9、10、13、さらに背番号12ら囮役と、すべての動きがスコアに直結した。
「ラグビーにヒーローはいない」。裏を返せば「ラグビーは全員がヒーロー」。グラウンドにその解がある。