テクノロジーとゲームデザインで変わる運動会~第20回遊学塾学習会in松本レポート
産学官連携で運動会のあり方を考える
2020年小学校プログラミング教育必修化に向けて、民間のプログラミング塾から教員向けの研修会まで、さまざまな取り組みが日本全国で行われている。IoT器機やビデオゲームの活用は好例で、簡単なプログラムでロボットを制御したり、ゲームを作ったりという試みは、ワークショップの定番だ。これには遊びのもつ自発性や、わかりやすさが背景にあると考えられる。
それでは一気に時計の針を進めて、テクノロジーやゲームデザインに慣れ親しんだ子供たちが大人になり、学校教育の現場で活躍し始めたとき、何が起きるだろうか。これを予感させる勉強会「第20回遊学塾学習会in松本」が2019年8月3日、松本大学で開催された。午後のワークショップでは小学校から大学まで約40名の体育教員や学生が参加し、4種類の種目が発明された。
本勉強会のポイントとして、産学官連携による座組が上げられる。主催は体育授業のあり方や実践方法について、教員が主体となって考える学習会「遊学塾」と、運動会の意味や社会での役割を捉え直し、共創を進める「一般社団法人運動会協会」だ。これからの体育の在り方を考え、提言していく「未来の体育を構想するプロジェクト」も共催に名を連ねている。
また、午後のワークショップはスポーツ庁の2019年度「スポーツ人口拡大に向けた官民連携プロジェクト・新たなアプローチ展開」事業の一環として開催された。背景にあるのが、スポーツ庁で2017年度より始まった「スポーツ共創」だ。自分たちのスポーツを自分たちで作るという取り組みで、そのためには人材育成が欠かせない。そこで注目されたのが、体育教師向けの本勉強会というわけだ。
ボール遊びとボールゲームの境界線
午前中に開催された遊学塾による勉強会では、「体育授業におけるボールゲームの意味」について議論が行われた。体育授業ではドッジボール、バスケットボール、サッカーなど、さまざまなボールゲームが当たり前のように行われている。この時、ボールゲームは陸上や水泳などと異なり、「目的と手段がより明確である」「多くが集団競技である」などの特徴がある。
一方でこうした特性が「できる子」と「できない子」の違いを生みだし、集団競技という社会性も相まって、一部の児童・生徒の苦手意識に繋がるという指摘もある。「ボール遊びは好きだけど、体育のボールゲームは苦手」といった具合だ。そのためには教員による適切な声がけや配慮に加えて、児童・生徒の発達段階に応じたゲーム内容の改善・修正といった試みが考えられる。
勉強会ではこうした問題意識にもとづき、さまざまな実践提案や報告が行われた。シンポジウムでは小・中・高・大学の体育教員が登壇し、学校間連携や教科横断型連携など、学校・組織を越えたタテヨコ連携の重要性や、指導型授業からファシリテーター型授業への転換などが議論された。一方で学習指導要綱との兼ね合いや、評価の難しさなどを懸念する声も聞かれた。
午後からは会場を体育館に移して、「新しい運動会の種目を作る」というミッションのもと、グループに分かれてワークショップが始まった。ボール・マット・トランポリンなどの道具に加えて、運動会協会側から3種類のIoT器機も投入された。機材の紹介にあわせて参加者全員によるミニゲームも行われ、早くも盛りあがった。
ワークショップで投入されたIoT器機
1:YCAMボール
山口情報芸術センター[YCAM]が開発した、スマートフォンを埋め込んだビーチボール型ツール。専用アプリと組み合わせることで、ボールの振動回数をカウントし、無線で接続されたPC上で表示させられる。
2:4画面分割HMD(ヘッドマウントディスプレイ)
スマートフォン内蔵型のHMDで、4台まで互いに同期する。各々の画面は4つに分割され、互いの視界が共有される仕組みだ。
3:座布団型圧力センサー
発泡スチロールと断熱材などで構成された座布団型ツールで、加速度センサーが内蔵されており、重心の位置を検出できる。データはPCに無線で転送され、専用アプリで活用できる。
準備体操が終わると4チームに分かれて企画会議とテストプレイが始まった。ここで注意点としてあげられたのが、安全性に対する配慮だ。実際にマットを積み上げて山を作り、その上でバランスを取り合う競技を考案したところ、安全性に問題があるとしてストップがかけられたチームもあった。遊びに夢中になって怪我をする子供と同じで、大人といえども安全性に気が回らなくなる、というわけだ。
ひととおり種目が完成すると、運動会形式で4つの種目が順番にプレイされ、グループ間で点数が競われた。なお、種目の中には「○○をしながら××をする」といった具合に、既存の種目のマッシュアップで作られたものもあった。どの種目も非常に盛り上がり、中には力が入りすぎて用具(玉入れの玉など)が破損する例がみられたほどだ。
その後、体験を通して得た気づきを「問い」の形で紙に書き、参加者全員で共有してワークショップは終了した。問いには「大人の楽しいと子供の楽しいは違う?」「体育か?学活か?」「スポーツ共創で子供の『何』を育める?」「学校体育で使える?」「『つくる』ことを教育といえるか?」など、現場の教員ならではの発想や記述が印象的だった。
完成した競技一覧
二人一組でペアになり、バドミントンのラケットでゴムボールを交互にはじきながら進む障害物競争。リレー形式で行われ、最終ペアがゴムボールをコーンに入れるとゴールになる。
YCAMボールを使用し、一定時間内で自チームのボールに玉入れの玉を何回ぶつけられるかを競う。ぶつけられた回数はスマートフォンの加速度センサーを通してPCに集計される仕組みだ。
トランポリンの上に乗ったゴールポスト役が掲げる竹刀に向かって、一定時間でできるだけ多く輪投げを投げ入れる。他のチームはディフェンス役を一人ずつ選び、妨害できる。
はじめにキャットウォークからマットに向けて玉入れの玉を投げ入れる。次に自チームの玉を集め、座布団型圧力センサーにたたきつける。たたきつけた総圧力によって順位が決まる。
「未来の運動会」を世界に向けて発信
ワークショップで講師を務めたのは運動会協会で理事を務め、ゲームデザイナーとして豊富な経験をもつ犬飼博士と、フリーランスエンジニアの泉田隆介だ。両名は「今後、学校教育に参加していくであろう外部専門家(ゲームデザイナーとエンジニア)」という位置づけで、各々のチームを周りながら精力的にアドバイスをしたり、種目内容に応じてその場でプログラムを書き替えたりして、サポートを行っていた。
ポイントは両者の知見が加わることで、「遊び/スポーツ/ゲーム」における境界線が曖昧になり、そこからさまざまな可能性が広がったことだ。犬飼は「なぜ人は『目的と手段』が設定されるだけで楽しめるのか。そこには遊びやゲームの根源的な要素が含まれている」と語る。本勉強会は座学とワークショップを通して、それぞれの関係性を問い直そうとする試みのようにも感じられた。
また、本勉強会では既存のゲーム(開発者)教育についても問題提起がなされた。大学でeSportsやゲームデザインの講師もつとめる犬飼は、「プログラミングができなくても、肉体を使うことでゲームは作れる」と指摘。実際に本ワークショップではテストプレイを繰り返しながら、わずか数時間で4本のゲームのプロトタイプが完成したことになる。フィジカルな世界ならではの強みだ。
学校教育におけるeSportsのあり方についても同様だ。午前中のシンポジウムではeSportsを学校体育でどのように位置づけるか、という議論もあった。一方、午後のワークショップで共創されたのは、「IoT器機を活用したフィジカルゲーム/スポーツ/遊び」だと読み解ける。では、これらはeSportsなのだろうか? こうした議論も今後、必要になっていくだろう。
個人的な見解では、ゲームデザインはモチベーションコントロールのための技術であり、すべての教員が習得すべき教養だと考える。プログラミング教育が進むにつれて、なおさらこうした視点は重要になっていくだろう。こうした中、ゲームデザインの視点から新しい授業づくりが進められる体育教員は、学校内でますます重要性が高まっていくように感じられた。
「運動会は日本をはじめとした東アジアの文化。2020年東京オリンピックにあわせて『未来の運動会』を開催し、プラットフォームとして世界中に発信していきたい」と犬飼は語る。そのため、今後もさまざまな取り組みが行われる予定だ。近いところでは9月14日(土)~16日(祝)に東京・お茶の水で「スポーツ共創人材育成ワークショップ合宿2019」が予定されている。今後の展開に期待したい。