食いちぎられた科学~トランプ政権予算案の衝撃
鋭すぎた牙
予想通りといえば、予想どおりだ。
前回の記事「トランプ政権、科学に牙を剥く」に書いたように、トランプ政権は反科学の姿勢を示してきた。だから、予想はしていた。
しかし、それが現実のものとなると、恐怖を覚える。
トランプ政権が公表した、10月からはじまる2018年度の予算案(予算教書)は衝撃的、いや、壊滅的だ。
むいた牙は鋭く、科学予算はズタズタに食いちぎられたと言っても過言ではない。
科学界は大混乱
アメリカの科学界は今、ショックが大きすぎて唖然としているようだ。以下はウェブの記事だ。
- President's Budget Plan Would Cripple Science and Technology, AAAS Says(大統領の予算計画は、科学技術を脅かすだろう、AAAS談)
- US science agencies face deep cuts in Trump budget(米国の科学機関は、トランプ予算の大幅な削減に直面)
- Trump Budget Would Slash Biomedical and Science Research Dollars(トランプ予算は生物医学と科学研究費を大幅に削減)
- Trump’s Proposed Budget Would Cut Science Funding(トランプが提案した予算は科学予算を削減する)
- Science Advocates Decry Trump’s Proposed Budget(科学擁護派はトランプが提案した予算を非難する)
- Trump's NASA Budget Eliminates Crewed Mission to Asteroid(トランプのNASA予算は小惑星へのクルーミッションを排除)
- Trump Budget Cuts Funds for EPA by 31 Percent(トランプ予算はEPAのための資金を31%削減)
- Trump’s NIH budget may include reducing overhead payments to universities(トランプのNIH予算には、大学への間接費の削減が含まれる)
- Trump would shutter GoreSat delivering a blow to exoplanet research(トランプはGoreSatをシャットダウンし、外惑星研究に打撃を与えた)
見出しだけでも、科学界が受けた衝撃が分かる。
予算100%カットの部局も
A grim budget day for U.S. science: analysis and reaction to Trump's plan(米国科学の悲惨な一日:トランプの計画への分析と反応)から、その衝撃の大きさをみてみよう。
同記事では、各機関、省庁などの削減率が出ているが、悲惨なのがARPA-E(エネルギー高等研究計画局)で、予算100%削減だ。
このARPA-Eとは何か。
ARPA-Eでは、エネルギー貯蔵、バイオエネルギー、エネルギー伝送、化石エネルギーに関するハイリスクの研究に資金を投入している。地球温暖化を否定するトランプ政権では意味がないと思われたのだろう。
NIHの予算20パーセントのカットも大きな影響が出そうだ。
NIHはアメリカ国立衛生研究所などと訳されるが、実態は、医学生物学研究に資金を提供する機関であり、白楽ロックビル氏はこの訳を不適切だと指摘する。
だから、NIHの予算減の影響は大きいのだ。
記事によれば、この予算案では、限られた予算を現在進行中のプロジェクトに回さざるを得ないため、2018年には新しい研究資金がゼロになりかねないという。
予算案では、開発途上国の科学者の訓練を専門とする研究所が一部廃止されるのではないかという懸念が出ているという。「アメリカファースト」には合わないということだろう。
この記事には、研究機関からの様々な反応が紹介されているが、悲鳴のような声が聞こえてくる。
- 「この予算案は、米国の技術革新と経済成長を阻害するだろう」(アメリカ大学協会)
- 「(NIHのための)資金削減の規模はこれまでにないものであり、慢性および感染性疾患に対する科学的発見を遅らせる」(アメリカ微生物学会)
- 「予算が実現すれば、科学的進歩のために後退し、イノベーションのリーダーとしての米国の役割を危険にさらし、米国の公衆に害を与える」(クリスティン・マッケンティー氏;米国地球物理学連合事務局長兼CEO)
- 「残念ながら、行政のFY18予算は、世界のイノベーションリーダーとしてのアメリカの地位を維持するために必要な投資を蝕むだろう」(スチュワート・ヤング氏;アメリカン・イノベーションに関するタスクフォースのエグゼクティブ・ディレクター)
引用はこれくらいしておけば十分だろう。
トランプ政権を心変わりさせる方法はあるか?
公表されたのは予算案であり、まだ、議会で承認されたわけではない。これからの働きかけで、トランプ政権に心変わりをさせることができるだろうか。
正直言って、その可能性は低いと言わざるを得ない。
科学関連の機関や研究所は、トランプ政権にアプローチできる人脈を持っていない。そもそもいまだ科学アドバイザーすら任命していないくらいだ。科学への関心の乏しさはいかんともしがたい。いくら声明など出したところで届かないだろう。
4月22日に日本を含めた全世界で予定されているデモ行進、March for scienceは影響を与えられるだろうか。
これに関しては、科学界内部からも「それだけではだめ」という声が出ている。
Nature誌は2月23日号の社説で、トランプ氏に投票した、科学の進歩から取り残されている人々のニーズや雇用の見通しに対処せよと述べる。
この問いは、日本の科学者への問いでもある。
他人ごとではないトランプショック
思い返せば、民主党政権時代の事業仕分けで科学予算の縮減の判定が出た時、ノーベル賞受賞者らが政権を厳しく批判した。
このとき、果たして「科学の進歩から取り残されている人々のニーズや雇用の見通し」に向き合ったのか。
それから7年。自民党第2次安倍内閣で行政改革担当大臣を務めた河野太郎議員は、以下のように言う。
科学は大事、科学予算は必要…こういうだけではもはやどうにもならない現実にどう向き合うか。
海を挟んだアメリカの科学者が直面する問題は、日本の科学者にとっても大きな問題なのだ。