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トランプ政権、科学に牙を剥く

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
トランプ政権の「反科学」が露わになってきた(写真:ロイター/アフロ)

懸念は現実に

予想通り、いや予想以上かも知れない。

アメリカの科学者たちは、大統領選のころから嫌な予感はしていた。西川伸一さんの記事にある通り、トランプ氏を支持していなかった。

私自身も、トランプ氏が大統領選に当選確実となった直後に書いた記事、トランプ大統領誕生で科学技術はどうなる?で、移民政策で留学などに制限が出るかもとは書いた。

しかし、事態は予想を上回っていた。科学に厳しい意見を持つ閣僚が指名されているうちは、それでもまだ「説得できる」と希望があった。

しかし、1月20日の大統領就任直後に起こったことは、もはや「説得」などという生易しいことでは到底対抗できない事態だ。

この短期間でホワイトハウスは、環境保護庁(EPA)と農務省(USDA)に対して外部への箝口令を敷き、大統領就任式が閑散としてたっていう「事実」をRTした国立公園局のTwitterも停止させました。

(中略)

米国疾病予防管理センター(CDC)も、長らく準備してきた気候変動に関するイベントを突然中止してしまいました。

出典:科学者も反トランプで行進! Women's Marchの次は「March for Science」!

また、特定の7カ国出身者の入国禁止という大統領令は、科学者にも影響が及んでいる。

事実を無視する「ポスト真実」、あるいは「オルタナファクト(別の事実)」は、根拠と客観性を重視する科学とは相容れないものだが、まさにこれらが科学者に襲いかかっているといえるだろう。

科学者の抵抗始まる

こうした事態に科学者も黙ってはおらず、立ち上がり始めた。

一方で、「本当のEPAデータ」を名乗る「ActualEPAFacts」が登場し、「あの男は私たちの公式ツイッターを奪うことはできても、私たちの自由は決して奪わせない。EPAから非公式に抵抗中」とプロフィール欄に書いている。

ほかにも、森林局、食品医薬品局、NASA、保健福祉省などの「非公式の抵抗勢力」を名乗るアカウントが次々と登場している。

出典:トランプ米政権vs米国立公園 ツイッターで抵抗

そして、科学者たちはデモ「March for Science」を企画している。

抵抗はこれだけではない。遺伝学者のMichael Eisen博士は、オープンアクセス(誰でも読むことができる)ジャーナルPLoSの創設者の一人として知られているが、2018年の上院議員選挙に立候補することを決意した。

全米科学振興協会(AAAS)は連日のように文章を発表している。

科学者で作るNPO、憂慮する科学者同盟も、トランプ政権に厳しい目をむけ、科学者よ起ち上がれ、と呼びかけている

移民制限に反対する署名運動も起こっている。

抵抗はトランプ大統領に届くか

混乱はしばらく続きそうだ。私はこうした科学者の動きに賛同する。

しかし、ここで、「無知なトランプと支持者たち」みたいな論の立て方をしても、あまり成功しないのではないか。

「ポスト真実」や「オルタナファクト」は、科学者を含めた知識人への反発から出ている面もあるように思う。科学者や知識人は小難しいこと言って大衆を馬鹿にするばかりで、科学研究に予算が投じられていても、自分たちの生活に何ら変わりなかった、それどころかむしろ悪化した、科学者、知識人は貧困や格差の問題など、本来取り組むべき課題に見向きもせず、自らの利益のために動いただけだった、という反発もあるのではないか。

トランプ政権とは、こうしたものへの異議申し立てという意味もある。だから、抵抗運動は、「無視されてきた」と思っている人々をも巻き込むものでなければならない。

日本はどうするべきか

こうした事態に、遠く離れている日本の私達はどう向き合えばよいだろうか。

科学者ならば、アメリカの科学者たちの動きに連帯を示すべきだろう。

ただ、それはそれとして、現実を見極めるシビアな目も必要だ。

「科学には国境はないが、科学者には祖国がある」というのは、ルイ・パスツールが発したとされる有名な言葉だ。

科学に国の競争を持ち込みたくはない気もするが、現実では世界各国が人材獲得競争を繰り広げている。

日本としては、こうしたアメリカの混乱をある種の機会として、優れた科学者に日本に来て研究してもらうなどの戦略を立てることができたら、日本の、そして何より世界の科学への貢献となるように思う。トランプ政権では見込めない科学者への自由、潤沢な予算、サポート体制、フェアな競争などが実現できれば、ノーベル賞級の優れた人材が日本に来る可能性が高まるのではないか。

ただ、残念ながら実現は厳しいかもしれない。国内の研究者が厳しい予算、ポスト獲得競争に苦しんでおり、さらに、そもそも日本は移民に開放的ではない。

このままでは、カナダ、シンガポール、中国、中東の各国が、高額でスター研究者を引き抜く動きなどが出ても、手をこまねいてみるしかないだろう。

現在日本では、科学者や技術者を含めた「高度外国人材」を呼び込もうとしている。

研究者や企業経営者など高い専門性を持つ外国人が最短1年で永住権を取得できる「日本版高度外国人材グリーンカード」が3月から始まる。現在は5年間日本で暮らせば永住許可を申請できるが、学歴や年収などを点数化し、条件を満たした場合は取得に必要な在留期間を短縮する。1年での永住権取得は国際的にも最短クラスで、獲得競争が激しくなっている外国人の人材を呼び込む狙いだ。

出典:外国人の永住権、最短1年で付与へ 高度人材の確保狙う

トランプ政権の動向は、日本の今後を左右する。動向を把握し、スピーディに対処していくことが求められていると言えよう。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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