トランプ政権、科学に牙を剥く
懸念は現実に
予想通り、いや予想以上かも知れない。
アメリカの科学者たちは、大統領選のころから嫌な予感はしていた。西川伸一さんの記事にある通り、トランプ氏を支持していなかった。
私自身も、トランプ氏が大統領選に当選確実となった直後に書いた記事、トランプ大統領誕生で科学技術はどうなる?で、移民政策で留学などに制限が出るかもとは書いた。
しかし、事態は予想を上回っていた。科学に厳しい意見を持つ閣僚が指名されているうちは、それでもまだ「説得できる」と希望があった。
しかし、1月20日の大統領就任直後に起こったことは、もはや「説得」などという生易しいことでは到底対抗できない事態だ。
また、特定の7カ国出身者の入国禁止という大統領令は、科学者にも影響が及んでいる。
事実を無視する「ポスト真実」、あるいは「オルタナファクト(別の事実)」は、根拠と客観性を重視する科学とは相容れないものだが、まさにこれらが科学者に襲いかかっているといえるだろう。
科学者の抵抗始まる
こうした事態に科学者も黙ってはおらず、立ち上がり始めた。
そして、科学者たちはデモ「March for Science」を企画している。
- Are scientists going to march on Washington?
- 研究者らのトランプ抗議デモScientists' March準備中。「科学無視の政府は世界を危険にする」と主張
- Science march planners, here’s some unsolicited advice
抵抗はこれだけではない。遺伝学者のMichael Eisen博士は、オープンアクセス(誰でも読むことができる)ジャーナルPLoSの創設者の一人として知られているが、2018年の上院議員選挙に立候補することを決意した。
- Geneticist launches bid for US Senate
- Q&A: Michael Eisen bids to be first fly biologist in the U.S. Senate
全米科学振興協会(AAAS)は連日のように文章を発表している。
- AAAS CEO Responds to Trump Immigration and Visa Order
- AAAS Responds to Moves to Halt EPA and USDA Public Communications
- Scientists Urged to Leverage Evidence to Support Facts and Advance Policy
科学者で作るNPO、憂慮する科学者同盟も、トランプ政権に厳しい目をむけ、科学者よ起ち上がれ、と呼びかけている。
移民制限に反対する署名運動も起こっている。
抵抗はトランプ大統領に届くか
混乱はしばらく続きそうだ。私はこうした科学者の動きに賛同する。
しかし、ここで、「無知なトランプと支持者たち」みたいな論の立て方をしても、あまり成功しないのではないか。
「ポスト真実」や「オルタナファクト」は、科学者を含めた知識人への反発から出ている面もあるように思う。科学者や知識人は小難しいこと言って大衆を馬鹿にするばかりで、科学研究に予算が投じられていても、自分たちの生活に何ら変わりなかった、それどころかむしろ悪化した、科学者、知識人は貧困や格差の問題など、本来取り組むべき課題に見向きもせず、自らの利益のために動いただけだった、という反発もあるのではないか。
トランプ政権とは、こうしたものへの異議申し立てという意味もある。だから、抵抗運動は、「無視されてきた」と思っている人々をも巻き込むものでなければならない。
日本はどうするべきか
こうした事態に、遠く離れている日本の私達はどう向き合えばよいだろうか。
科学者ならば、アメリカの科学者たちの動きに連帯を示すべきだろう。
ただ、それはそれとして、現実を見極めるシビアな目も必要だ。
「科学には国境はないが、科学者には祖国がある」というのは、ルイ・パスツールが発したとされる有名な言葉だ。
科学に国の競争を持ち込みたくはない気もするが、現実では世界各国が人材獲得競争を繰り広げている。
日本としては、こうしたアメリカの混乱をある種の機会として、優れた科学者に日本に来て研究してもらうなどの戦略を立てることができたら、日本の、そして何より世界の科学への貢献となるように思う。トランプ政権では見込めない科学者への自由、潤沢な予算、サポート体制、フェアな競争などが実現できれば、ノーベル賞級の優れた人材が日本に来る可能性が高まるのではないか。
ただ、残念ながら実現は厳しいかもしれない。国内の研究者が厳しい予算、ポスト獲得競争に苦しんでおり、さらに、そもそも日本は移民に開放的ではない。
このままでは、カナダ、シンガポール、中国、中東の各国が、高額でスター研究者を引き抜く動きなどが出ても、手をこまねいてみるしかないだろう。
現在日本では、科学者や技術者を含めた「高度外国人材」を呼び込もうとしている。
トランプ政権の動向は、日本の今後を左右する。動向を把握し、スピーディに対処していくことが求められていると言えよう。