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「提供しているのは『命』です」という地鶏専門店

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
厨房に立つとり泉松山店大将の兵頭俊樹さん(撮影:株式会社office 3.11)

動画配信サービスで食のドキュメンタリーを見ていて、胸に突き刺さった言葉がある。イタリアで250年以上つづく老舗精肉店の店主が、師匠から言われた「お前が扱っているのは命だ」という言葉。食べ物を扱う人が「命」を語ることはまれだ。だから余計印象に残った。

その後、知人が「松山に行くならこの店がおすすめ」と教えてくれた店の公式サイトを見て驚いた。

私たちの提供しているのは「命」です。

食べるとは「命をいただく」ということ。

それが、愛媛県松山市の地鶏専門店「焼鳥 とり泉(せん)」との出会いだ。

安全でおいしい地鶏を1羽まるごと余すところなく使い切る。そして店員に、命を扱う飼育現場を身体の感覚として知ってもらい、接客に立たせる。そういう店である。

「地鶏」とは何か。農林水産省のサイトによると、日本の在来種の血を半分以上受け継いでいるニワトリで、出生証明のできるもののうち、以下の三つの飼育条件すべてをクリアしたものを指す。

▷75日以上の飼育期間を経ているもの

▷28日齢以降は平飼いしたもの

▷28日齢以降は1平方メートルあたり10羽以下の飼育密度で飼育されたもの

国産鶏肉流通量に占める地鶏の割合はわずか1%に過ぎず、安いイメージのある鶏肉の中でも異質な存在となっている。

「とり泉」は決して安くはない。扱っているのは松風地鶏(コーチン)と宮崎地頭鶏(じとっこ)。一般的な焼き鳥店と比べて割高なのは、地鶏の仕入れ値が、外国鶏種の「ブロイラー」に比べて7〜9倍、最安の若鶏と比べると13倍も高いためだ。これほど仕入れ価格が高くなる理由は主に三つある。

1.肥育期間40日程度の若鶏や2カ月程度のブロイラーに比べ、地鶏は5〜8カ月と長い。とり泉の「松風地どり」の場合、オスは6カ月、メスは9カ月とさらに長い期間かけて育てる。地鶏が最もおいしくなる期間は、地鶏の種類や雄雌によって異なるため、飼育期間は、それぞれの鶏舎で決められる。松風地どりの場合、雄で6カ月前後、雌で8カ月前後が、肉のうまみや脂の乗り、コクなどが最良になる飼育期間とされている。

2.ブロイラーは1平方メートルあたり15〜18羽の飼育密度だが、地鶏は10羽以下にする農水省の規定があり、飼育できる数が限られる。

3.ブロイラーには安価な輸入穀物が与えられるが、「とり泉」が仕入れている地鶏は高価な国産穀物のえさで育てられる。地鶏は日本で定義された日本の鶏なので、同じ風土で育ったもの、安心できるもの、安全性が担保できるものを食べてもらうことを、鶏舎では第一に考えている。その方がフードマイレージ(食品の重さと輸送距離を掛け算したもの)の値を低くすることができ、環境負荷も最小限に抑えることが可能だ。

ブロイラーは、ポストハーベスト(収穫後)の防腐剤が使われた輸入穀物のえさで育ち、肥育を早めるため、成長ホルモンや抗生物質も使われることが多い。一方、「とり泉」の地鶏は、防腐剤や成長ホルモン、抗生物質とは無縁のえさを食べ、広々とした鶏舎でたっぷり運動して育つので味もよくなる。健康的で骨も太く丈夫だ。丹精込めて育てられた、安全でおいしい地鶏がブロイラーより値段が高くなるのは当然なのだ。

地鶏専門店は、普通の焼き鳥屋と比べて原価が高く利益率は低くなりがちなため、「もうかればいい」という考えの人は経営しようと思わないだろうし、「とり泉」では「日本に伝わる地鶏文化を後世に残す」という使命感が店をつづけていく大きな原動力になっている。

もちろん、店を持続していけるだけの利益を得ることは必要だが、過剰なほどの利益を得る必要はない。流通量の1%しかない地鶏の素晴らしさを伝えていくことを第一に考え、「とり泉」では、地鶏と日本酒、焼酎という、日本文化を伝えるという使命感を持って日々の経営にあたっている。神様に捧げることから始まった酒造文化は、先人のたゆまぬ努力で今につながってきた。従業員は、経営に何が必要かと問われると、全員が「使命感」と答える。

無駄を出さぬ「おまかせ」のみに

信頼する生産者が大切に育てた地鶏だからこそ、「とり泉」では、せせり、ぼんがわ、そで、ずりなどの希少部位を含め、まるごと1羽使い切れるように、コース料理は基本的に「おまかせ」となっている。すべての部位を使い切るには店側でバランスをとる必要があるからだ。そして、お客さんに地鶏を食べ尽くしてもらうには、普通なら料理には使わない部位をおいしく食べてもらう工夫が必要となり、料理人の腕が試される。

たとえば、首の筋肉である「せせり」は筋が多く、そのままではかみきれないので、まわりに包丁を入れて食べやすくする。

せせり(撮影:株式会社office3.11)
せせり(撮影:株式会社office3.11)

脂がのった皮の部分はあぶって、きゅうりとしらたきと合わせて酢であえて、「うざく」ならぬ「皮酢」にする。

皮酢(撮影:株式会社office 3.11)
皮酢(撮影:株式会社office 3.11)

地鶏の種類によって塩を替え、肉の部位によって、肉を寝かせる時間や火の通し方を変えるなど、工夫に終わりはない。

備長炭で串を焼く(撮影:株式会社office 3.11)
備長炭で串を焼く(撮影:株式会社office 3.11)

どうしても残ってしまう部位や、骨についた肉もきれいにこそげ落として「ぎょうざ」の具に使い、骨すらだしに使う。

「食は命の移し替え」大大将の思い

「とり泉」は28年前に創業した。従業員から大大将(おおだいしょう)と慕われる社長の大上真仁(おおうえ・まひと)さんが、学生時代に鶏を扱う飲食店で働いた経験が地鶏を扱うきっかけとなった。大上さんは、学生時代、地鶏や日本酒の文化を伝えたいという思いを抱き、地元松山で開業し、29年となる。日本人の「もったいない」の心があれば、地鶏をおいしくいただくために技術を研鑽(けんさん)し、「食は命の移し替え」であることを、仕事を通して知っていただく。その仕事をする「在り方」こそ私たちの学びである、と、大上さんは、従業員に常々語っている。

厨房(ちゅうぼう)に立つ大将の兵頭俊樹さんと給仕をする堀京子さんは、どちらも最初は客だった。堀さんは客として2回来店し、3回目には履歴書を携えていたそうだ。客をとりこにする魅力について、兵頭さんも堀さんも「大大将が熱く語るから」と口をそろえる。現在、その大大将は大阪・北新地の新店で後継者を指導中のため、松山店ではスタッフ全員が地鶏のおいしさを熱く語って訪れる客を魅了している。

堀京子さん(撮影:株式会社office 3.11)
堀京子さん(撮影:株式会社office 3.11)

堀さんは給仕しながら、「このささみは寝かせてあるからパサパサしてなくて、和菓子の求肥(ぎゅうひ)みたいに、もちっとしているんです」と楽しそうに説明してくれる。堀さんによれば、毎日働いていても新たな発見があって、仕事が本当に楽しくて仕方ないそうだ。

接客する堀京子さん(撮影:株式会社 office 3.11)
接客する堀京子さん(撮影:株式会社 office 3.11)

大大将の実家は農家だ。店で提供するご飯のお米は、なんと従業員全員で育てたもの。

「とり泉」は従業員教育に力を入れている。それも単なるマニュアルの伝達ではない。たとえば、地鶏生産者の鶏舎をみんなで訪問し、自分たちの扱っている地鶏がどう育てられているのかを現地で見学する。従業員総出で朝から晩まで泥だらけになって田植えや稲刈りをするのも同じ。バイトの学生たちにも、自分たちの食べているもの、自分たちが扱っているものがどんなものなのか、身体の感覚として身につけてほしいという思いからだ。

食品ロスなんて出す余裕すらない

地鶏生産者との良好な信頼関係、従業員を大切にする社風の「とり泉」にも悩みはある。地鶏の認知度の低さである。庶民的で安くて早い焼き鳥に比べて価格は高いし、じっくり焼くので時間もかかる。お客さんが自分で食べたい部位を選ぶこともできない。地鶏を使っていることを大々的に宣伝したくても、ほとんどの人は「地鶏」という言葉を知っていても、真の地鶏がどんなものかすら知らない。

そこで店では、来店したお客さんに、地鶏の説明からはじまり、どんな風に育てられ、自分たちがどんなふうに料理しているかを丁寧に伝えるようにしている。そして、飲食店としてはタブーとも思える「命」のことまでお客さんに話す。

安価なブロイラーとの価格差をそのまま料理の値段に反映させることはできないので、徹底的に無駄を省き、仕入れた地鶏を1羽まるごと余すところなく使い切る必要がある。つまり、真正直に、安全で本当においしいものを適正価格でお客さんに食べてもらおうと考えたら、食品ロスなんて出す余裕すらないのだ。

大量生産・大量消費とは一線を画し、信頼できる生産者にきちんと育てられたものや自分たちの手で育てたものを、自信を持ってお客さんに提供することが、開店当初から変わらない哲学である。

赤いのれんをくぐって「とり泉」に入ると、入り口で松風地鶏の鶏舎の映像が流されている。映像の最後に、こんなテロップが流れる。

「人は生命をいただいて生きています」

「食は生命をつなぐこと」

「食べ物が人を育てるから

 素材に手を抜かない

 料理に手を抜かない」

取材を終えて

愛媛県松山市の「とり泉」での取材は、2022年9月2日・9月3日に行いました。

2022年10月、「ミシュランガイド京都・大阪2022」が発表され、大阪のとり泉が一つ星を獲得しました。兵頭さんは、「自分たちからはそれを発信することはなく、変わらず、粛々と仕事に励む」とのこと。

この記事は、朝日新聞SDGsACTION!掲載『「提供しているのは『命』です」という地鶏専門店』を編集の上、転載しました。

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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