立山黒部アルペンルート「3密」を避ける夏の見どころは?
立山黒部アルペンルートが営業を再開した。4月15日に全線開通したが、緊急事態宣言を受けて新型コロナウイルス感染拡大防止のために4月18日から5月10日まで営業を休止、緊急事態宣言が延びたことを受けて5月末まで営業休止を延長、さらに6月18日まで営業休止を再延長していた。
同ルートは富山県側の立山町「立山駅」から長野県側の大町市「扇沢駅」までを、さまざまな乗り物で移動し、北アルプスの風景を堪能することができる。総延長37.2キロメートル、最大高低差は1,975メートルで、ほぼ全区間が中部山岳国立公園内にある。今、初夏の観光シーズンを迎え、残雪と緑のコントラストが美しい。同ルート主要運輸会社「立山黒部貫光」の社員で日本山岳ガイド協会認定ガイドの河合佐紀さん(28)に、立山黒部アルペンルートの魅力について聞いた。
――初夏の立山黒部アルペンルート。河合さんの「お勧めスポット」を教えてください。
まずは「みくりが池のハート」です。池に波が立っていない無風の時。浄土山(2,831メートル)が水面に映ってハートのくぼみの部分に見えます。どうですか。池に青いハートが浮かんで見えませんか? ガイドでお客様をご案内する際は、天気が悪くて美しい景色が見えないこともあります。そこで見どころとなる写真を持ち歩き、見られなかった景色を写真で楽しんでいただけるようにしています。
二つ目に、ぜひ体験していただきたいのが、雄山(標高3,003メートル)登山です。初心者でも登りやすい夏の人気ルートで、山頂からの景色はまさに雲上の別天地。富山県内では例年、地元の小学生が「立山登山」として雄山山頂を目指します。ちなみに「立山」という山があるのではなく、立山連峰の主峰が雄山なのです。江戸時代から「立山登山」と言って雄山や雄山とその周辺の山に登る風習があり、「ここに登ったら一人前」という子どもの成長を確認する行事でした。
雄山は小学生でも登ることができる
バスの発着点である室堂ターミナルから雄山までの標高差は500メートルほどで、小学生の足でも十分、登ることができます。室堂(標高2,450メートル)から一ノ越(同2,700メートル)までは、ゆるやかで整備された登山道を約1時間歩きます。一ノ越からは勾配がきつくなり、足下は石ころが多い山道です。1時間ほど登ると、雄山神社峰本社がある山頂に到着します。下りは登りよりも危険なので、注意深く下山するよう心掛けてください。
今年は夏休みが短く、「3密」を回避することも難しいので、立山登山を学校行事として実施できない小学校も多いようです。ですから今年は家族で雄山に登ってはどうでしょう。ぜひ雄山からの景色を見て、達成感を味わってもらいたいです。
三つ目は雷鳥沢キャンプ場です。「立山で泊まりたいけど『3密』は避けたい」という方には特にお勧めです。室堂ターミナルから徒歩40~50分、3,000メートル級の山々に囲まれたキャンプ場でマスクを外して大自然のおいしい空気をお腹いっぱい吸ってほしいのです。
手が届きそうな天の川
さらに立山には、宿泊しないと見ることができない贅沢な風景がたくさんあります。夕日や星空、ご来光などありますが、なかでも星空の美しさを実感していただきたいです。私は星空観察や星座にまつわる神話が好きで、以前の担当部署である「ホテル立山」では星空観察会の案内も担当していました。街中からは明るい星しか見えませんが、立山ならば星に手が届きそうなほど近く、多くの星が見えます。くっきり見える天の川の美しさ、格別です。
四つ目に、「外せない」と思うのが黒部ダム。高さ日本一を誇るダムとしての絶景はもちろんですが、黒部ダム完成に至るまでの歴史に目を向けるとその偉大さをより実感します。戦後の電力需要を支えるため、いくつもの難関を乗り越えて工事を進め、あれだけの巨大な人工物を1956年から7年間かけて完成させました。立山黒部アルペンルートは、黒部ダムの建設資材を運ぶため峻険な山岳地帯に設けられたルートを活用し、立山駅から黒部湖までの新たに交通路として設けたルートも加えて一大山岳観光地のために整備したものです。景色と合わせて、その背景にあるものを感じてもらいたいです。
黒部ダムの歴史を知って
黒部ダムに初めて行く方だけでなく、何度も行っている方でも、今度はガイドと歩いてみてはいかがでしょうか。歴史やエピソードを知ることで黒部ダムの見方が、大きく変わると思います。私がガイドした海外のお客様も、黒部ダムに興味を持つ方が多かったので、分かりやすく説明できるよう毎回、前日に伝え方を考え、準備しています。
10月中・下旬ごろ、黒部ダム周辺では「三段紅葉」といって雪と紅葉と緑を一緒に見ることができます。これは、標高差があるからこそ現れる景色です。夏・秋・冬の自然の変化が並んだ山々、壮観です。
最後に観光の目玉である「雪の大谷」について、お話しします。今年の雪の大谷の高さは6月9日時点で11.3メートルでした。例年、全線開通となる4月中旬ごろ、雪が多い年ならば20メートル近くあります。ここは立山黒部アルペンルートの観光ポスターに、最も多く使われる場所です。県外の友人から「ここが富山県だとは知らなかった」と言われたこともあります。「知名度をもっと高めたい」と思いながら仕事をしています。
雪の壁の間をバスが通ったり、実際に歩いたりするユニークな体験ができる雪の大谷は、立山の気候を象徴する場所でもあります。世界中に豪雪地帯は多いけれど、どこも年中、雪と氷に閉ざされています。しかし、ここ立山は冬に十数メートルの雪が降るにもかかわらず、夏になると全て解けてしまいます。そういった場所は、なかなかありません。劇的な季節の変化が特徴なのです。
――立山黒部貫光の社員として立山黒部アルペンルートのPRを本業としつつ、主に海外客を案内するガイドもされています。山が好きで仕事と趣味が重なり合っている河合さん、これまでどんな道を歩んでこられたのでしょうか。
「山で働くのは面白いかも」
2015年4月に入社し、現在は6年目です。3年間はホテル立山のフロント業務を担当、2018年から広報の仕事をしています。出身は富山市です。関西の大学に進学しましたがUターン就職を希望し、マスコミ志望だったので地元のテレビ局などを受けました。ふと、「山で働くのは面白いかも」と思い、会社訪問。立山黒部アルペンルートの大観峰から紅葉を見て「地元の富山県にこんなに素晴らしい景色があったんだ」と感激し、入社試験を受けました。「仕事を通して人を笑顔にすること」が目標だったので、広報とガイドの仕事は、夢が実現できていると思っています。
――2019年に富山県地域通訳案内士(英語)、2020年には日本山岳ガイド協会の登山ガイドステージ2を取得していますね。資格は案内業務に生かされていますか?
例年アルペンルートは海外からのお客様が多いので、地域通訳案内士の資格取得は自信につながりました。資格を取るためにTOEICの勉強は一生懸命しましたが、ガイドする際は英語力よりお客様とのコミュニケーションを大切にしています。
昨年はインドやフィリピン、ニュージーランド、シンガポールなどからの観光客を案内しました。インドからの家族連れは、子どもが雪に大はしゃぎ。フィリピンからの観光客も、初めて見る雪に大喜びでした。一緒に帯同していろんな場所で写真や動画を撮影し、それを1分間ほどの動画にまとめて送ると喜ばれました。母国に帰っても写真や動画を見返し、立山を思い出していただければいいなと思っています。
今年は5月にスイスからの観光客のガイドをする予定でした。日本山岳ガイド協会の資格を取り、ガイドできる範囲が広がったので「さあ、これから」と思っていたところで、新型コロナウイルスの感染拡大による営業休止となりました。
VRを特別公開中
――今シーズンはやっと始まったばかりです。どんな思いで観光客を迎えていますか?
海外や遠方からの観光客の数が元に戻るのは、しばらく時間がかかると思っています。ですので、今はとにかく地元の人に来てほしい。そして県外の人に口コミで立山黒部アルペンルートの魅力を伝えていただけたらと願っています。また、VR(バーチャルリアリティ/仮想現実)サイト「PANORAMA VR TOUR」が特別公開中です。四季の風景や、乗り物の運転席からの映像を楽しむことができます。「行きたいけれど、新幹線や飛行機などの遠距離移動が不安なので行けない」という方は、ひとまずVRでどうぞ。
営業を再開しましたが、ルートを走る乗り物の中はマスク着用で、当面の間は乗車定員を減らして運行し、窓を開けるなど「三密」にならないよう対策を取っています。細心の注意を払いつつ、立山の雄大な自然に触れ、「自粛疲れ」を癒やしてほしいと願っています。
※写真はすべて立山黒部貫光と河合さん提供
※立山黒部アルペンルートのホームページ。VRサイトもこちらから見ることができる。