81年春以来の「赤門旋風」が巻き起こるか?来年の東大野球部がいまから楽しみな理由
東大は21年以降、毎年必ず勝っている
東京大学野球部は勝つとニュースになる。それは259勝1748敗63分 勝率.129という東京六大学リーグの通算成績が物語る。2021年春のリーグ戦で連敗を「64」で阻止した時も大きく取り上げられた。だが以降は、東大が勝っても、さほどニュースにはなっていない。
ここ3年は必ず、年間で1勝以上はしており、東大が勝つのは珍しくないからだ。22年と23年は秋に1勝、今秋は17年秋以来となるシーズン2勝をマークしている。
もはや、東大に対する関心は“いつ勝つか?”ではなく、“いつ勝ち点を挙げるか?”に変わっている(勝ち点は同一カードで先に2勝したチームに与えられる)。
こうしたなか、勝ち点奪取とともに、1997年秋から「定席」になっている最下位からの脱出が期待されるのが、来年25年のチームだ。勝ち点2をマークし、優勝争いも演じた81年春の「赤門旋風」を再び巻き起こしそうな予感すらある(このシーズン、東大は6勝7敗1分で4位に。当時4年生だった大久保裕監督は主将で、3番・遊撃手を務めていた)。
なぜか?来年の東大は、リーグ戦経験も豊富な主力クラスが多く残り、戦力が整っている。
今秋にエース格となった渡辺向輝(3年、海城)と杉浦海大(3年、湘南)のバッテリーをはじめ、野手ではプロ注目の酒井捷(3年、仙台二)、今春ベストナインの大原海輝(3年、県浦和)、今秋ベストナインの中山太陽(3年、宇都宮)と、来年も中心になりそうな選手の名がすらすらと出てくる。
酒井は2年秋にベストナインを受賞。東大は23年秋の酒井から、大原、中山の順に、3季連続でベストナイン選手を出している。3人は受賞時、いずれも3割以上の高打率を記録したが、当然ながら、投手力が他校より落ちる東大との試合で率を稼ぐことはできない。それだけにこの3人の受賞は価値がある。
高・低も使える制球力が持ち味のサブマリン
渡辺は東大入学時より、同じ下手投げで元千葉ロッテマリーンズ投手の俊介氏(現・日本製鉄かずさマジック監督)を父に持つことから、「渡辺ジュニア」として注目されていた。
海城高校でもエースだった渡辺が、リーグ戦で頭角を現したのは今春だ。全て救援で8試合に登板すると、計11イニングを投げて失点3と、安定した投球を見せた。
秋からは先発を任され、明治大学1回戦では8回を無失点に。法政大学2回戦では151球を投げ、リーグ戦初勝利を2失点完投で挙げた。そして、秋の最終登板になった立教大学1回戦は、9回に逆転サヨナラ2ランを浴びたものの、8回までは1失点。先発した4試合中3試合で好投を見せた。
渡辺の持ち味の1つが制球力だ。下手投げ特有の低いリリースから、内・外のコーナーだけでなく、高・低の投げ分けもする。今秋は左打者に対して、バットが届きにくいアウトハイへシンカーも投げていた。
もう1つは「150キロ」が大学野球でも珍しくないなか、遅いボールを有効に使えることだ。ストレートはあえて110キロ台で投げ、スライダーやシンカーといった変化球も同じ腕の振りから緩く投じる。ただし、スピードは抑えつつも、そのなかで球速差をつけている。
90キロ台のカーブの精度が高まれば、さらには速いストレートが使えるようになれば、投球の幅も、緩急の幅も広がって来るだろう。
父からの助言の1つが「ギアを上げるな」。渡辺はボールの力で牛耳るタイプではない。出力を高めようとすると、フォームにぶれが生じてしまうからだ。再現性高く、マシンのようにいつも同じフォームで投げる。それは先発として長い回を投げ、勝利を呼び込むことにもつながっていく。
来年の主将兼捕手は観察眼が鋭く視野が広い
渡辺の良さを引き出しているのが、来年の主将に任命された捕手の杉浦だ。守備力を買われて今春の途中から正捕手になった。インサイドワークには定評があり、杉浦の配球に全幅の信頼を置いている渡辺が、杉浦のサインに首を振ったシーンは記憶にない。それは渡辺のテンポの良い投球も演出している。
杉浦の3学年先輩には、現在は明治安田生命でプレーしている松岡泰希がいる。主将も務めた松岡は東大時代から強肩強打の好捕手と知られていた。杉浦は松岡ほどの肩の強さはないものの、捕ってから送球がベースに到達するまでのスピードが速く、コントロールも安定している。玄人筋からは観察眼や視野の広さも評価されており、ある社会人チームの監督は「ウチに来てほしいキャッチャー」と言う。
1カードで2勝して勝ち点を取るには、渡辺に次ぐ先発2番手の確立も求められる。候補の1人が松本慎之介(1年、國學院久我山)だ。東大のなかでは高校時代の実績はピカイチ。國學院久我山高校3年春は背番号「10」の控え左腕で甲子園に出場。選抜大会では4試合に登板し、ベスト4進出に貢献した。
1年目の今年は春、秋通しての投球回が5回に満たず、一浪明けの影響も感じさせた。大学の水にも慣れた来年は違う姿を見せてくれるだろう。
酒井、大原、中山の3人はベストナイン受賞の実績も武器に
2年秋が終了した時点でリーグ通算22安打を積み上げた酒井は、打球スピードが他大学の中軸打者ともそん色がない。脚力もあり、これを活かした走塁や守備もレベルが高い。今年はさらなる進化が期待されていた。しかし、春のキャンプで大きなケガをしてしまい、今春のリーグ戦は全試合欠場。秋のリーグ戦もケガの影響もあってか、本領発揮とはいかなかった。
酒井にとって今年は無念の1年になったが、それを糧にできる選手でもある。東大はこれまで6人のプロ野球選手を輩出しているが、6人とも投手としての入団。意識が高い選手が多い東大のなかでも、取り組む姿勢が別格と言われる酒井は、東大初の野手としてのプロ入りを目指している。
今春ベストナインになった大原は秋、他校から厳しくマークされた。春のようには打たせてもらえなかったが、立大との最終カードではバットから快音が。1回戦の9回、一時勝ち越しとなる適時二塁打を飛ばした。ミート力がある大原は大柄ではないも、下半身がどっしりしており、長打も飛ばす。春はホームランもはなった。
大原に限らずだが、2シーズン連続で結果を出すのは容易くはない。今秋はそのことを痛感したに違いない。それでも、大原には研究されたシーズンの経験を活かす1年が残されている。どこが弱点だと見られているのか。攻められ方がつかめたのは大きい。
188センチ87キロと、堂々たる体躯からも大きな可能性を感じさせるのが中山だ。今秋は14安打を積み上げ、リーグ8位のアベレージを残した。
中山は秋の慶応義塾大学1回戦でライトスタンドに3ランを叩き込んだように長打力がある。体型からもパワーヒッターの印象を与えるが、巧さも持ち合わせ、左打席からたびたび反対方向へ低いライナーのヒットを飛ばす。中山によるとこの打撃ができるようになったのは今秋のリーグ戦から。反対方向に打つ技術の習得が高打率につながったようだ。
81年春の「赤門旋風」は開幕戦で、当時、圧倒的な戦力を有した名門・法大に土をつけたことから始まったという。この時、法大には西田真二(元広島)、木戸克彦(元阪神)、小早川毅彦(元広島)といった、甲子園でもスターで、後にプロ入りした選手が目白押しだった。
来年、「赤門旋風」は再び吹き荒れるか?81年春同様に、投打で選手が揃っている。