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今度の「透明人間」が「DV夫」になったワケ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
左からリー・ワネル、エリザベス・モス、ジェイソン・ブラム(写真:REX/アフロ)

 アメリカ公開から4ヶ月半を経て、「透明人間」が、10日(金)、いよいよ日本でも公開になる。首位デビューを果たしてすぐコロナパニックがアメリカを襲い、劇場公開期間がかぎられてしまったにもかかわらず、700万ドルで作られた今作は、北米だけで6,500万ドルを売り上げ、立派な収益を上げた。批評家受けも良く、Rottentomatoes.comによると、91%から褒められている。

 成功の最も大きな理由は、透明人間をDV夫にした斬新さだ。タイトルこそ「透明人間」だが、今作の主人公は、彼ではなく、透明になった彼に追いかけられる妻なのである。

 モンスターももちろん怖いけれども、人間ほど怖いものはないというのは、我々がよく知っている事実。監督で脚本家のリー・ワネルからその切り口を売り込まれた時、プロデューサーのジェイソン・ブラムは、すぐにそのアイデアをユニバーサルに伝え、ゴーサインを得た。脚本を読む前は「今さらなぜまた『透明人間』を作るの?」と疑問をもっていた主演のエリザベス・モスも、読んですぐ「これはすばらしい。思いついたのが自分だったら良かったのにとまで思った」と振り返っている。

 ワネルが最初に考えたのは、「どうすれば透明人間をまた怖くできるか」ということ。コロナ脅威が本格化する前のウエストハリウッドのホテルで、彼は、その経緯を筆者にこう語ってくれている。

「今の観客は、1933年にオリジナル映画を見に行った観客とは違う。いろんな作品を見てきている彼らを怖がらせるのは、とても大変。僕はまず、透明人間を謎に満ちた男にするべきだと考えた。謎を深めるためには、犠牲者の立場から見るのが良い。男性に悩まされている女性という設定は、そこから出てきたんだよ」。

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「#MeToo」「#TimesUp」の今、女性が立ち上がるという話は、非常にタイムリーでもある。時代に合わせたのは、彼が透明になる手段についても同じ。このDV男は北カリフォルニアに住むテクノロジー業界の成功者で、彼がその最新技術を開発したのだ。

「今の時代、何かの薬を飲んで透明になるというのは、説得力がないと思うんだよね。だが、テクノロジーならば共感できる。僕らは毎日テクノロジーを使っているし、将来、人を透明にするテクノロジーが出てきてもおかしくはないと、人は感じるのではないか。僕のひとつ前の映画『アップグレード』もテクノロジーについての話だったが、今作はその延長とも言えるね」。

 ワネルのバージョンが生まれる前、ユニバーサルは、ジョニー・デップを主演に据えた大作映画として「透明人間」をリメイクしようと考えていた。しかし、古典モンスターを集める“ダーク・ユニバース”計画が、第1弾の「ザ・マミー/呪われた砂漠の王女」の失敗であっさりと挫折し、デップの「透明人間」も消滅。低予算でやるとはいえ、「ザ・マミー〜」に続いて自分もリメイク版をコケさせることになったらとの不安はあったかと聞くと、「それはなかった」という。

「僕にとってのプレッシャーは、この話が本当におもしろいか、うまくいくかということだった。映画を監督するには長い時間がかかる。その間、毎朝起きて、張り切って現場に行くためには、自分自身が心底おもしろいと思える話でないといけない。僕は、『そこに誰もいない』というコンセプトに魅了された。カメラが映しているところに誰もいないという状況。最近、誰かに、これは『ジョーズ』みたいだと言われたんだよ。あの映画で、サメは段ボールだ。この映画の場合は、『何もない空間』。実際には怖くないもので観客を怖がらせるというところは共通していると僕も思う」。

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 あたり前と言えばそうだが、たしかにこの映画で透明人間はほとんどずっと透明である。デップのような大スターに高額なギャラを払うとあれば、もったいなくてそんなことはできなかっただろう。その透明な相手、すなわち何もない空間を「怖い」と感じさせるのが、主演のモスだ。エミー賞の常連で、演技派として知られる彼女を、ワネルは「メリル・ストリープ並みの才能」と称える。脚本家としてのキャリアは長いが、監督はまだ3本目であるワネルが今作で得た教訓は、「本当に上手い役者としか組むべきではない」ということ。

「今作のキャストはみんな才能豊か。彼らは、僕が書いた脚本を、それ以上のものにしてくれた。演技が上手い人を雇うべきと理屈ではわかっていても、ハリウッドでは、ルックスや話題性など、それ以外の要素が重視されることがある。『この人が今ホットだから使って』『この人が出ていれば君の映画はもっと注目されるよ』と言われることがあるんだ。でも、僕は、もはやそんなプレッシャーには屈しない。今回のキャストは、こんな可能性があったのかと知らしめてくれた。もう後戻りはできないよ」。

 そんなホラー映画を、観客も望んでいる。

場面写真:2020 Universal Pictures

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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