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えっ? 雨が降ったら名前が変わる急行列車? いすみ鉄道の観光急行のからくりについて。

鳥塚亮大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長
いすみ鉄度の急行列車「そと房」号(撮影:渡辺新悟氏)

土休日運転のいすみ鉄道の急行列車は、基本的には土曜日が「夷隅」、日曜日が「そと房」、祝日にはヘッドマークを付けないで運転されています。

「夷隅」とはいすみ鉄道の株主になっているいすみ市、大多喜町、御宿町、勝浦市の2市2町が、千葉県夷隅郡というという地域であることから名付けたもの。

「そと房」は現在の外房線が1972年(昭和47年)に電化される前に走っていた当時の急行列車の名前を復活させたものです。

従いまして、土休日運転の急行列車は、土曜日と日曜日で名前が変わりますので、時刻表上では「急行」とだけ記載して、列車の名前の表記をしていません。

いすみ鉄道の土休日時刻表。急行列車には名前が付いていません。(JTB時刻表より)
いすみ鉄道の土休日時刻表。急行列車には名前が付いていません。(JTB時刻表より)
ヘッドマークなしで走る列車。(撮影:渡辺新悟氏)
ヘッドマークなしで走る列車。(撮影:渡辺新悟氏)

また、土日以外の祝日に運転する場合はヘッドマークを取り付けずに運転しています。

これは、国鉄形車両というのは「全国区」でありますから、かつては日本全国で同じ形式が活躍した歴史があります。

今から30年以上前の話ですが、国鉄の時は基本的には全国で同じ形式の車両が走っていましたので、当時を知る年代の皆様方にとってみれば、九州で生まれ育った方も、中国地方の方も、四国の方も、北陸の方も、東北の方も、北海道の方も、いすみ鉄道にいらしていただければ当時を懐かしんでいただけるという仕掛けづくりのために、あえてヘッドマークを取り付けないで走っています。

かつての房総半島の列車を再現

あえて「外房」ではなくて「そと房」と表記しているのにも理由があります。

実は、筆者が子どもの頃、昭和40年代前半までは、房総半島の人たちは「外房」を「がいぼう」、「内房」を「ないぼう」と呼んでいました。

このころの千葉方面へ行く列車は両国駅から発着していましたが、国鉄では東京地下駅開業で、それまでの房総東線を外房線、房総西線を内房線に線名変更する計画がありました。でも、その当時の読み方では「がいぼう線」「ないぼう線」になってしまいます。

そこで国鉄は路線名変更の数年前から列車名を「そと房」「うち房」と表記し、そのヘッドマークを列車に取り付けて走らせていました。

1970年(昭和45年)、両国駅で発車を待つ急行「そと房」と「うち房」(撮影 結解学氏)
1970年(昭和45年)、両国駅で発車を待つ急行「そと房」と「うち房」(撮影 結解学氏)

この写真は昭和45年に撮影された両国駅での急行「そと房」と「うち房」です。

国鉄はあえてこういうヘッドマークを取り付けることによって、「がいぼう」→「そとぼう」、「ないぼう」→「うちぼう」という呼称を徹底させていったのです。

さらに、このヘッドマークは大型と小型の2種類あって、上の写真は小型のもの。これ以前に、昭和44年に館山、千倉方面の内房線が先に電化されるまでは大型のヘッドマークが取り付けられていました。

昭和44年夏。両国駅で並ぶ「そと房」と「うち房」(撮影:結解学氏)
昭和44年夏。両国駅で並ぶ「そと房」と「うち房」(撮影:結解学氏)

こちらの写真は電化される前の「そと房」と「うち房」

揃って大型のヘッドマークを取り付けています。

小さいヘッドマークの「そと房」(1972年 お茶の水 撮影:結解喜幸氏)
小さいヘッドマークの「そと房」(1972年 お茶の水 撮影:結解喜幸氏)

こうしてみると大きさが違うのがわかりますが、どちらのヘッドマークも昭和40年頃~47年7月まで、それぞれ数年間だけ見られたものです。

大きな「そと房」を付けたいすみ鉄道の急行列車。
大きな「そと房」を付けたいすみ鉄道の急行列車。
小さな「そと房」を付けたいすみ鉄道の急行列車。
小さな「そと房」を付けたいすみ鉄道の急行列車。

これで「夷隅」と「そと房」だけで4種類のヘッドマークがあることになります。

では、なぜそのように細かくヘッドマークをそろえているかというと、それはお客様に何度もいらしていただきたいからに他なりません。

つまり、これが筆者が社長時代に国鉄形車両を導入するときに考えた営業作戦なのであります。

日帰り観光地の宿命とは

いすみ鉄道が走る房総半島は日帰り観光地です。

東京から近いことは利点でもありますが、弱点でもあります。

その日帰り観光地の弱点は何かというと、「雨が降ったらお客様が来ない。」ということです。

沖縄や北海道などの遠隔地であれば、台風が来ようが大雪になろうが、飛行機が飛ぶ限りはお客様がいらっしゃいます。

その理由は「予約しているから」であり、お金も払い込んでいますから、とりあえず家を出て飛行場や新幹線の駅に向かいます。

ところが、日帰り観光地は予約していないところがほとんどですから、雨が降ったらお客様の数がガクンと落ち込みます。

雨が降るどころか、「明日は雨です。」と前の晩の天気予報がそう報じただけで、お客様は来ないのが日帰り観光地の弱点であり、宿命でもあります。

そこで筆者が社長時代に考えた戦略は、「雨が降ったら違うヘッドマークを取り付ける。」ということです。

通常、「夷隅」「そと房」で運転されている急行列車が、雨が降ると全く違う列車になります。

そうすると、どういうことが起きるかというと、雨が降ったら沿線に観光客が増えるのです。

もちろん撮り鉄と呼ばれる写真を撮りに来るだけの人たちも多くなりますが、いすみ鉄道は長年地域の支援で成り立ってきた第3セクター鉄道ですから、何も直接運賃収入に結びつかなくても、地域に人が来るということは何らかの形で必ず地域にお金を落としていきますから、ローカル鉄道が走ることによって、地域が潤う仕組みづくりができると考えたのです。

▼お天気が悪い日には色々な列車に変身するいすみ鉄道の急行列車。

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どれも昭和の時代、このキハ28形が千葉県に配置されていた当時走っていた準急や急行列車のヘッドマークです。(撮影:渡辺新悟氏、古谷彰浩氏)

このように、いすみ鉄道の急行列車は雨が降ると「雨の日スペシャル」と言って、その日の乗務員が好きなヘッドマークを取り付けて走って良いという許可を筆者が社長時代に出しました。

社長がそういう許可を出すだけで、「明日はどうやら雨が降りそうだなあ。」という天気予報を聞くと、乗務員は「何を取り付けて走ろうかなあ。」とそわそわしだしますし、朝出勤してきた乗務員が、好きなヘッドドマークを取り付けて、「今日はこれで行きます。」とその写真をSNSで情報発信すると、その乗務員にはたくさんのフォロワーがいて、「よし、今から行くぞ。」と雨の中をやって来てくれる。

日帰り観光地の弱点を強みに変える作戦です。

昨今、会社によっては職員のSNS発信を禁止したり制限を付けたりしている鉄道会社もあると聞いていますが、いすみ鉄道では職員の自主性に任せていましたので、「社長ブログ」だけでなく「社員ブログ」なるものも公開されて情報発信されています。

鉄道会社の社長って、別に自分が列車の運転するわけでもありませんから、スタッフが活き活きと楽しそうに働ける仕組みを作ることだと筆者は社長時代そう考えていました。

幸い、現社長の古竹さんも、民間出身の方ですから筆者の考えを受け継いでくれていますので、いすみ鉄道では今でも雨が降ると「雨の日スペシャル」で、担当乗務員が好きなヘッドマークを取り付けて急行列車が走っているのです。

ヘッドマークでおもてなし

なぜ、こんなヘッドマーク作戦をしたかというと、その理由は「お金がないから」であります。

先述の通り、国鉄形車両というのは全国区ですから、いろいろな形式の車両をそろえなくても、鉄板1枚作れば別の列車になる。

これならお金がない会社でも戦略として行けますからね。

あるとき、地方創生担当大臣を努められた石破茂さんがいすみ鉄道にいらしていただいたことがあるんです。

ところが、いすみ鉄道はお金がないから立派なおもてなしができない。

「困ったなあ。」と思っていたその時、スタッフの一人が、「こういうのどうですか?」と1枚のヘッドマークを作ってきました。

そして、それを取り付けた急行列車にご乗車いただきました。

石破さんにご乗車いただいた時の急行「砂丘」(撮影:渡辺新悟氏)
石破さんにご乗車いただいた時の急行「砂丘」(撮影:渡辺新悟氏)

▲その時の写真がこれです。

石破さんは鳥取の御出身ですので、当時の国鉄時代の急行「砂丘」のヘッドマークを取り付けて走らせました。

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▲列車の中で筆者と石破さん。

「いやあ、なつかしいですねえ。こういうキハの急行に乗って東京に来ましたよ。」

そうおっしゃって、ご満足いただけたご様子でしたが、日本全国いろいろなところで素晴らしいおもてなしを受けていらっしゃるであろう石破さんが、いすみ鉄道へ来たら鉄板1枚だけのおもてなしですからね。

でも、お金がなくてもアイデアで勝負できる。

これがいすみ鉄道流のおもてなしです。

今の時代は鉄道愛さえあれば、お金を掛けなくっても勝負できると筆者は考えています。

ゴールデンウィークのいすみ鉄道は?

さて、そんないすみ鉄道ですが、ゴールデンウィークの情報として「社員ブログ」が更新されていますのでご紹介します。

いすみ鉄道「社員ブログ」(4月20日付)

ヘッドマークイベントは後半戦に集中するようですが、国鉄時代の四国の列車を再現するようです。

御本家のJR四国では既にこの車両を使用した急行列車は走っていませんので、昭和の国鉄の再現となりそうです。

四国はもちろんですが、四国だけじゃなくて、国鉄形は全国区ですから、全国の列車を再現できますね。

まして、その全国で活躍したキハ28形とキハ52形が、今、現役で残っているのはいすみ鉄道だけですから、

「今だけ、ここだけ、あなただけ。」オンリーワンがいすみ鉄道ということになります。

つまり、いすみ鉄道は最強のローカル線なのであります。

ということで、ゴールデンウィークは皆様、ぜひいすみ鉄道へお出かけください。

地域でおいしい御馳走を食べて、たっぷりお金を落としていただければ、「いすみ鉄道があって良かったね。」「いすみ鉄道は地域に必要だ。」と沿線住民の皆様にも思っていただけます。

貢献できますからね。

そうすれば廃止議論が再燃することはないでしょう。

もちろん、大原駅のいすみ鉄道売店でおみやげ品を買うのを忘れないようにお願いしますよ。

今週末の28日には国吉駅で応援団の皆様方による「春の鉄道まつり」が開催されます。

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▲毎年たくさんの昭和の自動車がやってくる応援団主催の国吉駅のお祭りです。

今年は何がやって来るかな。

今から楽しみですね。

スタッフの皆様、応援団の皆様、頑張ってください。

古竹社長さん、どうぞよろしくお願いします。

※注

ヘッドマークはその日の状況によって変更になる場合があります。

業務に支障をきたしますので、いすみ鉄道へのお問い合わせはおやめください。

「何が来るか、お楽しみ。」という趣旨をご理解の上お楽しみくださいますようお願いいたします。

大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長、2024年6月、大井川鐵道社長。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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