ノート(26) “塀の中”の衛生や医療の実態、手詰まり感のある検事の取調べ
~逡巡編(11)
勾留3日目
十人十色
9月21日の夜に逮捕され、大阪拘置所に収容されて以来、この日は朝から初めて風呂に入ることができた。入浴日は夏場の7、8月こそ平日週3日だが、それ以外の時期は週2日だ。初夏の6月や残暑の9月には決まった時間に濡れタオルで身体を拭くことが許されているものの、それでも不衛生であることは確かだ。
大阪拘置所(当時)の5舎3階には、僕が収容されていた40室の左隣に1人用の小さな浴場が2つ並んで設けられていた。このフロアには40名ほどが暮らしており、1つの浴場を20名ほどで使い回すわけだが、古株の者や裁判所に出向く予定がある者、取調べが予定されている者などから先に入る慣例となっていた。
各自の順番は「正担(せいたん)」と呼ばれる職員が決めており、1人ずつ房まで呼びに来る。自分の順番が来たら、洗面器や石けん、タオル、着替えなどを持ち、パンツ1枚で廊下を歩き、浴場に向かうわけだ。
物品の購入や差入れでシャンプー、リンスを手にしていれば、これらを使うこともできるし、職員からT字式の髭剃りを借り、髭を剃ることも可能だ。
浴場との行き来の際、皆が僕の居室の前を通った。腰まで髪を伸ばし、髭ぼうぼうの者、龍や虎、鯉などの鮮やかな入れ墨を入れている者、肩で風を切って歩く者、何かブツブツとつぶやいている者など、様々だった。
どのような罪で拘置所に収容されているのか、想像するほかなかったが、5舎に放り込まれている以上、死刑囚など著名事件の重罪犯や所内のルールを守らない者、障害のある者、自殺のおそれが高い者など、拘置所が「処遇困難」と見ている者であることは確かだった。
注ぎ足し
コンクリート打ちっぱなしの浴場は縦長で、入り口部分と洗い場、浴槽を合わせて1.5畳くらいであり、奥に換気用の小窓があった。浴槽は1人が入ると一杯で、縄文時代の「屈葬」のように手足を折り曲げなければ肩まで浸かることができないほど狭かった。
驚かされたのが、お湯の「注ぎ足し」というシステムだった。洗い場と浴槽に蛇口が1つずつ設置されていたが、水しか出ず、シャワーもない。まず浴槽一杯に水を張り、浴場に取り付けられたボイラー装置のハンドルを回し、浴槽内の水を循環させると、熱湯になって出てくる仕組みだった。
かけ湯や洗い湯はこれを洗面器に汲んで行うが、トータルで10杯までとされていた。ただ、お湯は毎回入れ替えるわけではなく、使った分だけ蛇口から水を注ぎ足し、浴槽一杯に張った上で、再びボイラー装置を循環させ、加熱していた。
微妙な温度調整ができないので、異常に熱くなったり、逆にぬるすぎるなど、当たり外れも激しかった。問題は、ボイラー装置に「ろ過」の機能がついておらず、入浴も週2~3回、1つの浴場を多くの者で使い回し、中には身体を洗わずに浴槽に入る者もいるという点だ。
何名かが入った後の浴槽内は、アカや髪の毛などが大量に浮遊し、うんざりするほど不潔だった。有罪判決が確定した受刑者であればまだしも、無罪推定が働く被疑者や被告人に対する処遇としては、あまりにも前近代的なものに思えた。
確かにこうした劣悪な環境であれば、誰でも「早くここから出たい」と思うだろうし、取調べ官に迎合し、意に反する供述調書にもサインするはずだった。
丸刈り
入浴時間は15分で、終了5分前になると、扉の外で監視している警備隊職員が声をかけてくれていた。
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