初日1館から公開劇場100館超え!集団不正入試を描く『バッド・ジーニアス』、緊急来日の監督に聞く。
「日本でのヒットはもちろん嬉しいですが、予想外の反響でした。カンニングが公然の秘密のように行われているタイの観客のように、日本の観客に状況やキャラクターのことを理解してもらえるのだろうかと思っていたのですが、すごくフィードバックが良かった。作品に描かれていることは、すごく普遍的で人種や国を超えたんだと感じました」
天才的な頭脳を持つ女子高生リン(チュティモン・ジョンジャルーンスックジン)が、転入先の国内有数の進学校で集団カンニングビジネスに手を染めてしまうタイ映画『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(原題:Chalard Games Goeng)。
中国で実際に起きた集団不正入試事件をモチーフにした本作は、出身大学によってその後の人生が決まるとされるほどの学歴社会タイはもちろんのこと、アジア各国で大ヒットを記録。9月22日に公開された日本でもヒットを続け、根強い人気を見せている。もともと全国順次公開が予定されていたとはいえ、公開初日には新宿武蔵野館のみでの上映で、SNSには鑑賞後の観客から「1館だけなんてもったいない」という声も上がっていたほどの面白さで、人気はじわじわと広がり、公開劇場数は100館超え。人気を受けて11月上旬には、ナタウット・プーンピリヤ監督が主演女優チュティモン・ジョンジャルーンスックジンとともに緊急来日し、大ヒット御礼の舞台挨拶も行なった。
集団カンニングという題材から若者向けのコメディ映画を連想する向きも多いだろうが、実は社会派要素もたっぷりなクライムエンターテインメントだ。
「アクションであろうとホラーであろうとサスペンスであろうと、どんなジャンルの映画でも一番大切にしているのは、キャラクター作り。観客が感情移入できて、応援できるようなキャラクターを作ることを心がけています」
そう話すプーンピリヤが、タニーダ・ハンタウィーワッタナー、ワスドーン・ピヤロンナとのチームで書きあげた物語は、主人公リンと彼女をカンニングビジネスに引きこむ金持ちの息子パットや女優志望の友人グレース、苦学生バンクの選択を対比させることで、青春の風景のみならず、社会システムへの憤りや反発を浮かびあがらせる。さらに、頭脳明晰な娘と、実直な父親の物語としても深い余韻を残す。
その陰影豊かなドラマを洗練された映像スタイルで楽しませるプーンピリヤのセンスは、オープニングから冴えている。
STIC(アメリカの大学に留学するために世界各国で行われる大学統一入試)でのアジア各国での不正を報じるニュースの音声に続いて、とある場所にいるリンが映し出されるのだが、そのシーンの最後にリンが見せる表情は、一瞬にして観客に彼女の才気を理解させる。そして、タイトルを挟んで、リンの優秀さに舌を巻かせる転入面接シーンへと時間を遡る。キレのいい展開で、たちまち作品世界に引き込んでしまうのだ。
「この構成は、脚本を書き始めた時から決めていました。長編映画に限らず、短編でもCMでも最初の5分間で観客の注意を引かなくてはいけない。物語の展開も、[1→2→3→4→5]と時間軸どおりの順番にするのではなく、観客が疑問を抱いたり、その先を観たいと思う雰囲気を作ることが大事になる。編集段階でいろんなバージョンを試したのかとよく質問されるのですが、すべては脚本で決めていたとおりです」
脚本も手がけるプーンピリヤ。脚本・撮影・編集という映画を作るという作業のなかでもっとも好きなのは何かと尋ねたら、面白い答えが返ってきた。
「脚本を書く段階は、一番退屈(笑)。撮影は最高に楽しい。編集はすごくドキドキします。編集というのは、もう1回映画を監督するような作業じゃないですか。いいフッテージがないと映画はひどいものになってしまうけれど、いいフッテージに良い編集を加えれば、映画はグレードアップできる。そんな感じで、編集には関わってます。
楽しみながらもストレスが溜まった撮影は、校内での集団カンニングのシーンですね。脚本では3〜4ページだったのに、絵コンテを描いたら200ショットになっちゃって。しかもこのシーンの撮影ができるのは、1日とちょっとだけだったんです。役者やスタッフの情熱を借りて、どうコントロールするか。ちゃんと間に合うのかなとハラハラしながらも、最高にエキサイティングでした」
クライマックスのSTICでのカンニングシーンもさることながら、この校内集団カンニングシーンはまさに緊迫感に溢れている。
しかし、前述したとおり、この作品の魅力はサスペンスだけにあるのではなく、人間ドラマとしての豊かさにもある。
「映画になった時に、脚本よりもずっと素晴らしかったのが父と娘のシーンです。感情表現がすごくリアルで、おたがいの化学反応がとてもよかった。父と娘のやりとりも格別なものになっていて、紙の上に書いた文字よりもずっとずっといいシーンになりました。それはやはり役者の演技力の賜物です。
カンニングシーンはこちらが頭脳を使ってプラニングできるものですけれど、父と娘のシーンはハートから生まれるエモーショナルなものなので、こちらではプランニングできないんですね。そこは役者の力とスタッフの力によって生まれたシーンだと思ってます」
リン役のジョンジャルーンスックジンは、モデル出身。演技未経験ながら、映画初出演にして主演をつとめ、9頭身体型のスレンダーさと、クールな容貌が、天才女子高生にハマって、2017年アジアン・フィルム・アワードで最優秀新人賞を受賞するなど、脚光を浴びている。
「1番の魅力は彼女らしさだと思うんですよね。口数は少なくても、確実に何かを語れる人というのがいるけれど、彼女はまさにそう。彼女がこの映画のカメラのフレームに入るだけですごく存在感があるし、立派なチームリーダーになれる素質があると感じました。それはもしかしたらモデルの素養として、ボディランゲージを使ったり、目で表現できることが、演技にいきていたからかもしれません」
父親役はタネート・ワラークンヌクロ。主演をつとめた中年男とゾウのロードムービー『ポップ・アイ』がこの8月に日本公開されている。
「エーク(ワラークンヌクロのニックネーム)さんは、以前、映画に出たことはあるんですが、本業は歌手なんですよ。30年ぶりくらいに演技の世界に戻っていらっしゃった。最初はリンの父親にはもっと年配の役者さんを想定していたんですが、ある日、たまたま雑誌のインタビュー記事を見たんです。エークさんが音楽活動について語っていたんですけど、そのときに載っていた写真の1枚を見て、まったく理由はないんですけど、エークさんの顔つきと目元が「ああ、リンのお父さんだ」と感じられて。すぐオーディションに来ていただいて、演技を見せていただいて。すごくリアルな人物像を描けると思って、出演していただきました」
優秀な娘を誇らしく思い、よりよい教育の機会を与えたいと願う父親。そんな父親と、価値観の違いで対立する娘。紆余曲折を経た父と娘の物語は、エンターテインメントとしても一級の本作を、ドラマとしても格別味わい深いものにしている。
「ラスト近く、リンと父親が話しているシーンがありますね。もともと、あのシーンはリンにフォーカスしてたんですけれども、父親と娘のケミストリーが非常に良いので、父親のほうも撮影したんです。ガラス越しに父親が娘と見つめ合っているんですが、あれは脚本にはなかったシーンなんです。なぜ、そのアイディアが生まれたかというと、撮影中に、撮影監督とエークさんの目が合うのを見て、これはシーンに取り入れるべきだと思った。ところが、ロケ地の時間の制約で、そこでは撮れなかったんです。で、別の場所で、そのシーンを撮影したんです」
ナタウット・プーンピリヤ監督は1981年生まれ。短編映画を撮りながらワコールやブラザーといった有名企業のTVCM監督としてタイで活動。その後、米国留学から帰国後の2012年に撮った長編第1作『Countdown』がアカデミー賞外国語映画賞のタイ代表に選出されている俊英だが、天才少女が集団不正入試を仕組む本作を観たら、彼のことも天才と呼びたくなる。次回作も楽しみだ。
「もう、次のプロジェクトは進んでいて。脚本を書いてる途中なんですけれども…ほんと、脚本を書く作業にうんざりしてます(笑)」
『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』全国順次公開中
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配給:ザジフィルムズ/マクザム