断捨離の影響? 全国から金沢工大にアナログ・レコードの寄贈が殺到!
石川県野々市市にある金沢工業大ライブラリーセンター3階のPMC(ポピュラー・ミュージック・コレクション)をご存じだろうか? ロック、ポップス、ジャズなどあらゆるジャンルのアナログ・レコードを中心にLPなど約25万枚を所蔵している。コレクションは日々、増え続けているらしい。なぜなら、全国から寄贈が相次いでいるからだ。なぜか? 同センター業務部PMC運営室課長の深川いずみさん(45)に聞いた。
プロデューサー・立川さんの寄贈がきっかけ
コレクションの創設は1992年である。早くからメディアミックスの手法を取り入れるなど、音楽業界にとどまらず活躍してきたプロデューサーの立川直樹さん(69)から17,000点のレコードの寄贈を受けたのがきっかけ。金沢工業大ではアナログ・レコードのジャケットの芸術性に着目し、学生の「ものづくり」の感性を磨いてくれると考えてPMCを立ち上げた。レコードを収蔵・展示し、ボディ・ソニック(体感音響装置)で鑑賞できるスペースを造ると、全国から「レコードを寄贈したい」と支援が集まるようになった。「断捨離」という言葉の影響もあったとみられる。
所蔵されているレコードの内訳はポピュラー音楽が83%で、クラシックは7%、このほか童謡・民謡・音楽以外の落語などが10%となっている。ポピュラー音楽は洋楽・邦楽を問わず、ロック、ポップス、ジャズなどさまざまだ。
「書籍や雑誌、チャート本、楽譜なども貴重です。版元も保管していないものがあります」と深川さん。ファン垂涎の品も少なくない。なかでも音楽評論家・福田一郎さんが生涯をかけて収集した約55,000点ものレコード・CDや、コンサート・プログラム、雑誌・書籍は貴重である。2003年の死去から3年後に著作権ともども寄贈・移管され、「福田一郎コレクション」として保管されている。深川さんによると、福田さんは生前から何度も金沢工業大へ足を運び、PMCの活動をバックアップしていた。
「ご存命だったときからすでに2,000枚以上のレコードを寄贈してもらっていました。お亡くなりになった後、遺品の整理が課題となったそうですが、ご自宅から金沢工業大宛ての宅配便の伝票がたくさん見つかったことや、湯川れい子さんの助言などもあってPMCがいただくことになりました。その量は10トントラック2台分にもなりました」
サザンオールスターズのメンバーで、ベースを担当する関口和之さんなどのアーティストからも寄贈を受けているらしい。膨大なレコード類は、ジャンルやアーティストなどの情報を元にバーコードをつけて管理され、ウェブ検索できるようになっている。
学生がオーディオ機器を修理
平成生まれの人のために、アナログ・レコードの形状について解説してもらった。複数の曲を収録できてジャケットの意匠も凝っている塩化ビニール製の大きな盤が「LP」、LPよりも収録時間が短くて小さな盤が「EP」、初期に製造された割れやすい素材のものは「SP」、薄くカラフルで雑誌の付録などにもなったのが「ソノシート」である。「20世紀の偉大な発明品」であるアナログ・レコードを、学生はどう受け止めているのか?
「レコードを初めて手に取り、『両面を聴くことができるのか?』『曲の頭出しはどうしたらできるの?』などと聞かれることがあります。でも最近、若いアーティストでアナログ盤を出すのが流行りになってもいる。面白いですね」
アナログ・レコードを鑑賞するためのプレーヤーは、かつてほとんどの家庭にあったが、今は処分してしまったか、壊れてほこりをかぶっているに違いない。金沢工業大ではアンプ、ボディ・ソニックも含め、アナログのオーディオ機器を電気電子工学科や機械工学科の学生らが修理し、使えるようにしてある。故障したジューク・ボックスも学生の手で再生され、活用している。また、コレクションにちなんだ企画展を開催する際には、学生がホームページ作成や会場設営を担っている。PMCは特色ある教材であり、一般の人も来場して音楽を鑑賞できることから、地域貢献にもひと役買っている。
「人生で初めて買ったレコードは?」と昭和生まれの人に質問すると、青春時代に好きだったアーティストやアイドル歌手について、嬉々として語るケースが少なくない。「今でも持っている」「お小遣いを貯めて買った」「亡き両親が誕生日に買ってくれた」など、アナログ・レコードには思い出が詰まっている。しかし、近年の断捨離ブームからか、レコードを寄贈する人が増えているらしい。そこには「捨てられない」「まとめて保管してほしい」という思いがある。
「毎日のように寄贈の問い合わせをいただき、遺品の整理でご家族が持参される場合もあります。持ってきて、ここで聴いてから手放されたり、寄贈された後も足を運んで聴いていかれたり……。レコードには、いろんな思いが詰まっているのでしょうね」
レコードは失われていく文化なのかも
ちなみに筆者が訪ねた折には、60代と思われる男性がボディ・ソニックのシートを倒して鑑賞していた。かつてレコード店や貸しレコード店で時間が経つのを忘れたように、ジャケットの端を指で弾きながら、聴きたい盤を選ぶ作業も楽しい。ここでは昭和の音楽を体感し、触れることができる。ちなみに、メンバーが横断歩道を渡るジャケット写真で知られるビートルズの『アビイ・ロード』は、同じ盤を26枚も所蔵しているそうだ。
「アナログ・レコードは消耗品です。傷んでいくので、寄贈いただけるものはすべてありがたく受け取っています。学生はもちろん、一般の方もここに来れば聴くことができます。レコードは失われていく文化なのかもしれませんが、活用することが大切です」
所蔵するアナログ・レコードの種類は多彩である。俳優・市原悦子さんらの朗読で知られるテレビアニメ『まんが日本昔ばなし』や浪曲、1964年の東京五輪の記録、軍歌、落語など。3代目桂米朝や、3代目古今亭志ん朝などの語りをじっくりと聴いていく中高年も少なくない。落語は学生にも人気が高いという。
11月4日までジャズ・ミュージシャンたちの写真とのコラボ展
このほど、アナログ・レコードのジャケットの魅力を味わう展示がスタートした。コレクションの中から厳選した約1,000枚のジャズのレコードジャケットと、写真家・中平穂積さんが撮影したジャズ・ミュージシャンたちの写真とのコラボ展覧会「Jazz Dream~Journey with Hozumi Nakadaira」が11月4日まで、金沢工業大のライブラリーセンター1階展示室で開催されている。
サックスやトランペットなどの金管楽器を演奏している姿が写ったジャケットを集めたり、ギターをテーマにしたデザインを並べたり、「モダン・ジャズの帝王」マイルス・デイヴィスのコーナーを設けたりと見どころ満載。展覧会の前にはPMC顧問である立川さんが会場入りし、展示プランを考案した建築デザイン学科4年の嶋千菜美さんらに助言を送りながら会場設営にあたった。中平さんの写真とジャズの名盤を見た後で、ライブラリーセンター3階でアナログ・レコードを聴いてみては? 「平成最後の秋」に、昭和の音楽をどうぞ。
※写真/筆者撮影
※「金沢工業大学PMC(ポピュラー・ミュージック・コレクション)」ホームページ
https://kitnet.jp/pmc/about.html
※金沢工業大学電気電子工学科4年の畦畑俊太さんが作成した写真家・中平穂積さんが撮影したジャズ・ミュージシャンたちの写真とのコラボ展覧会「Jazz Dream~Journey with Hozumi Nakadaira」のホームページ