岡本知高「生まれてすぐ消えてなくなるのが、音の美しさであり儚さ。だからコンサートにこだわりたい」
心を震わせる魂の歌で、多くの人の心を潤す
唯一無二の歌声を持つソプラニスタ・岡本知高。フィギュアスケートファンには、フジテレビフィギュアスケート中継テーマ曲「ボレロ」の圧巻の歌声でおなじみで、2021年には『東京2020オリンピック閉会式』でオリンピック賛歌独唱を披露したり、今年は『東京ヤクルトスワローズ開幕戦』で国歌独唱と、心を震わせる魂の歌で、多くの人の心を潤している。
そんな岡本は「そこで生まれてそこで消えるという儚さみたいなものが、音の美しさだと思っている」と、様々な活動の中でも特にコンサートを大切にしている。12月からは全国ツアー『岡本知高ソプラニスタコンサート2022-2023 ~響きの狂宴(うたげ)~』(東京・神奈川・埼玉・愛知・静岡)がスタートする。“響きの狂宴(うたげ)”という興味深いタイトルが付けられたこのコンサートにかける思い、そして改めてコンサートというものへの向き合い方を聞かせてもらった。
『岡本知高ソプラニスタコンサート2022-2023 ~響きの狂宴(うたげ)~』は、オペラ×ロック、ポップスを融合させた「マイクを使う、本領発揮できるコンサート」
『岡本知高ソプラニスタコンサート2022-2023 ~響きの狂宴(うたげ)~』は、岡本が目指していたオペラとロックやポップスを融合させた世界観を、余すことなく表現する。
「ソプラノ歌手として、クラシック寄りの活動が多いのですが、元々歌手を志した時から一番やりたかったのはマイクを握って、例えばオーケストラでもバンドでも生音にこだわらず、豊かなサウンドの、迫力のあるコンサートをお届けしたかったんです。もちろんこれまでもマイクを使ったコンサートやイベントはありました。でもオペラとロックやポップスを掛け合わせ、ピアノ、キーボード、パーカッションという編成のバンドをバックに『ボレロ』や『World in union」が歌えたり、囁く声が使えたり、やっと本領発揮できるコンサートを全国で行なえるので、ワクワクしています。マイクを持つといっても、もちろん繊細に歌いたいという思いは強いし、大事なところはマイクを持っても持たなくても変わりません。お客様に伝わるサウンドの重厚感も、比較するものではないと思いますが、ピアノをバックに生音でお届けするコンサートとは、明らかに違う内容になっています」。
「『ボレロ』を歌えるのは大きな喜び」
今や岡本の代名詞となった「ボレロ」も思い入れが強い一曲で、もちろん今回のコンサートでも披露する。それは岡本の喜びでもある。
「『ボレロ』を歌う人はそれまでいなかったと思います。フジテレビさんからお話をいただいた時も、最初はあり得ないと思いました。でも挑戦したい!と思って、歌い続けています。今はフジテレビさんからのギフトだと思っています。この曲は何度かアレンジのリニューアルを重ね、今ロックテイストの激しい感じになっています。クラシカルコンサートでは絶対歌えない曲なので、歌いたくて堪らなかったし、お客様にも握手会の時に『「ボレロ」は歌わないんですか』ってよく言われていましたが『マイクがないと歌えないんです』と言っていました。だからこの曲を完全な形でお届けできるというのは大きな喜びです」。
今回のコンサートでは「ボレロ」の他にも「今回初めて母からのリクエストに応えました。とても素敵な歌詞です」と語る「この街で」(新井満)や、「『そして今は』というジルベール・ベコーが歌ったシャンソンの名曲がありますが、以前から岩谷時子さんの歌詞で歌いたっかったのですが、今回それが実現しました。東京公演(12月4日日本青年館)では、クリスマスも近いのでジョン・レノン&オノ・ヨーコ『Happy Xmas (War Is Over)』も歌わせていただきます。他にも美空ひばりさんの『愛燦燦』なども歌う予定です」と、多彩な楽曲を披露する。
「マイクを使ったおかげで、マイクを使わなくても、囁くような声を客席にお届けできる自信のようなものもついてきました」
岡本もコロナ禍で、他のアーティストのそうだったように相次ぐ公演キャンセルなどで、精神的にも大きな痛手を負ったという。そして日常を取り戻しつつある状況の中で、ステージの上に立つことがこの上ない貴重なものとして、その向き合い方も変わってきたと同時に、歌を歌っている時の気持ちも変わった。
「一度アーティストとしては仕事が全部なくなって、谷底にドーンって落とされたみたいな衝撃があったけど、淋しさや孤独感を感じた時、頭の中に歌っている自分が浮かんできました。そこには職業として歌っているのではなく、好きで歌っている自分がいました。同時にコンサートに徐々にお客様が戻ってきてくださる様子を見て、やっぱり届けたいという思いがあることも、改めて自覚しました。これはコロナを経験してできた財産だと思う。今歌っている時、エネルギーが爆発しているマインドの中、ゼロの自分がいるんです。それは納得した練習ができた時に出てきて、少しでも不安を抱えている時は存在しません。それが僕がいつも言っている緊張していない状態です。コンサートの前って、みなさんバンドと円陣を組んでオーって気合を入れると思いますが、僕はバンド編成のコンサートの時は、逆に気合を抜くんです。全身の力を抜いて気張りを落として、それが僕の円陣です。ふーってみんなで空っぽの体に、とっても美味しいほんのり塩味のお粥を、タプタプ指先から入れていくイメージ。これは昔合唱の先生から教わったことです」。
「それから、僕にとって大きいのはマイクを使うか使わないかということ。理想的にはマイクを使ってる時の感覚で、クラシカルなコンサートができたらたらいいなと思っています。力を抜いて歌いたい。やっぱりマイクがないと囁き方は変わるし、ピアニッシモ、美しさみたいなものは、マイクを使わない方が人間が作り上げている感じが伝わると思います。でも囁く声も、マイクを使ったおかげで、マイクを使わなくても客席にお届けできる自信のようなものもついてきました」。
「消えてなくなるのが音の美しさであり儚さ。だからコンサートにこだわりたい」
岡本は今年音楽番組の特番に相次いで出演したり、バラエティ番組にも引っ張りだこで、聖飢魔II・デーモン閣下とのコンサート『悪魔の森の音楽会』など、表現の場を広げている。理想的な活動になってきたと改めて語ってくれた。
「これまでは点でしか見えてなかったものが、広いフィールドとして捉えられつつあるというか、クラシックにこだわって勉強していた頃から、そこを大きくジャンプして飛んで、広い世界に身を置けたことが、本当にラッキーでした。芸術からエンタテイメントへの並行移動というか…。お客様の頭の中の壁をもう少し広げたいんです。それと、僕の母校・国立音楽大学が“くにたち”なのに“こくりつ”って言われることが多くて、そこをきちんとアピールしていきたいです(笑)。僕がずっとコンサートにこだわっているのは、多分消えてなくなるのが音の美しさ、ここで生まれてここで消えるという儚さみたいなものが美しいと思っているからです。だから最初はCDを出すのも否定的で、それは「残す」ということが、当時の僕の美学に一番反していたからです。僕は板の上の人間であるというプライドです」。