女性の選択肢として注目の「卵子凍結」 誰でもできるの? デメリットなど解説
近頃、SNSや雑誌などで「卵子凍結」というワードを目にする機会が増えていませんか?
女性の選択肢として注目されつつある卵子凍結ですが、日本ではまだ一般的なものではありません。メリット・デメリットなど、知っておきたい卵子凍結の知識について解説します。
卵子凍結ってなに?
「卵子凍結」とは、正確には「未受精卵子および卵巣組織の凍結」と表現されます。(文献1)
一般的な不妊治療(体外受精)では、卵子と精子を受精させた受精卵を凍結して使用しますが、技術の進歩により、受精していない状態での卵子や卵巣自体を凍結保存することができるようになりました。
受精卵の方が未受精卵よりも妊娠率が高いため、受精卵凍結が広く行われていますが、何らかの理由で受精させられない場合に卵子凍結を選択するのです。
誰でもできるの?
卵子凍結の対象となるのは「医学的な理由」と「個人的な理由・都合」(社会的適応)があります。
医学的に卵子凍結の対象となるのは、主にがん患者さん(白血病、乳がんなど)です。抗がん剤や放射線治療の種類や量によっては、卵巣に大きなダメージを与え、不妊となってしまうことがあります。
がんの治療を滞りなく進めることが最優先ですが、無事にがんの治療を乗り越えた後に将来子どもを持つ可能性を残すため、がんの治療開始前に卵子を採取して凍結保存する場合があります(月経が始まる前の年齢の女児では卵巣組織を凍結保存します)。
一方、個人的な理由でしばらくの間妊娠・出産が難しいと考えている女性も卵子凍結を行うことができます。仕事や介護などが忙しい、将来を共に考えられるパートナーがいないなどの理由で今すぐには妊娠したくないけれど、加齢による卵巣機能の低下に備えて若い時の卵子を凍結保存しておこうというものです。なお、日本生殖医学会のガイドライン(文献1)では、採卵時点での年齢は36歳未満が望ましいとされています。
卵子凍結の方法は?
通常の不妊治療における採卵・保存と方法は大きく変わりません。一度により多くの卵子を採取するため、自己注射などで排卵誘発を行います。卵胞が十分に成熟したタイミングで、麻酔下に腟壁から卵巣に針を刺して卵胞を採取します。
不妊治療では精子と受精させて数日してから凍結しますが、未受精卵子はそのまま急速凍結して保存します。
メリットは?
卵子凍結のメリットは、若い時の卵子を保存しておくことで、凍結卵子を使用して将来妊娠・出産できる可能性を持てる点です。
妊孕性を理由にライフプランを制限することなく、キャリアを積んだり、パートナーを探したりできることを魅力に感じる方もいるでしょう。卵子凍結が自分のライフプランを改めて考えるきっかけとなるとともに、心理的安定につながり、より自分らしい人生を歩む助けとなるかもしれません。
また、卵子凍結を希望して婦人科を受診することで、自分の子宮・卵巣の病気や卵巣予備能などを知れることもメリットと言えるでしょう。
デメリットは?
デメリットとしては、まず身体への負担が挙げられます。排卵誘発による頭痛やおなかの張り、重篤な場合は血栓症や呼吸障害などの合併症のリスクがあります。自己注射や腟剤の使用など治療の負担は軽くなく、採卵時には痛みや麻酔のリスクなども伴います。頻回の受診を要するため、仕事などのスケジュール調整も必要です。
また、全額自己負担で行うため、金銭的な負担も大きいです(がん患者さんの卵子凍結に対しては全ての都道府県で助成がある、もしくは今後実施される見込みです)。(文献2)
金額は医療機関によって異なるものの、スクリーニング検査、カウンセリング、排卵誘発、採卵、1年ごとの凍結保存更新、妊娠希望時の顕微受精・胚移植などを全て合わせると、百万円単位で費用がかかる可能性があります。
そして、凍結卵子を使用して高齢妊娠をした場合のデメリットも考慮する必要があります。加齢や体外受精での妊娠による合併症の増加、育児を先延ばしにすることによる負担なども知っておく必要があるでしょう。
卵子凍結しておいたら安心?
卵子凍結をしていても、100%子どもを持てる保証はありません。卵子を凍結する年齢も使用する年齢も若い方が出産率は高いと考えられています。一方、年齢が若い時の方がより多くの卵子を凍結保存できる可能性が高いものの、保存個数が多く、使用までの期間も長くなるため、保存に関わる費用がかさむというデメリットもあります。
2022年10月の研究報告(イスラエル)では、平均37.9歳で卵子凍結し、平均43.3歳で凍結卵子を使用したところ、融解卵子の生存率は66%、生児出産に至ったのは26%でした。40歳以上で卵子凍結を実施して生児出産に至ったのは11人中1人でした。(文献3)
また、費用対効果に関する米国の報告によると、43歳での出産などいくつかの条件を想定した場合、43歳で体外受精+着床前遺伝検査を行うよりも、33歳で卵子凍結+43歳で凍結卵子を使用する方がトータルでの費用は安く、出産率は高いという推測もあります。(文献4)
今後も技術の進歩によって卵子凍結による出産率の向上が期待されますが、年齢や経済力などを総合的に判断して卵子凍結を行うか決めることが大切でしょう。
実際には、卵子凍結をしたもののパートナーが見つからないなどの理由で凍結卵子が使われないことも多くあります。2021年の米国の報告によると、2005〜2009年に卵子凍結を行った女性(平均38.2歳)のうち38.1%しか2020年時点で凍結卵子を使用していませんでした。その中で、62.5%はパートナーの精子を用いて受精させ、37.5%はドナー精子を使用しました。最終的に凍結卵子を使用した場合の生児出産率は33.8%でした。(文献5)
ドナー精子が使えず、卵子凍結を行う人数も少ない日本ではもっと低い利用率が推測されます。卵子凍結したら安心、ではなく、出産のタイミングについても引き続き考える必要があるのです。
卵子凍結の今後は?
2014年にFacebook(現Meta)が福利厚生として卵子凍結への支援を初めて導入しました。より優秀な人材を確保するため、Apple、Google、Netflixなど多くの米国大企業がこれに続き、日本でもメルカリやポーラなどの企業が卵子凍結への支援を始めています。
社会的卵子凍結の件数は年々増加していますが、米国では特に新型コロナウイルス感染症流行前後で39%増加したとの報告があります(文献6)。その傾向は特に35歳未満で顕著であり、パンデミックによって人生観や経済状況、職場の柔軟性などが変化したためではないかと推測されています。日本でも同じように将来の妊娠への関心が高まり、社員のニーズに応える企業も増えることで、卵子凍結の件数がさらに増加すると考えられます。
しかし、女性の健康を考える上では、妊娠・出産を先延ばしにする卵子凍結だけでなく、今妊娠・出産しやすい職場や社会を作ることも同時に求められるでしょう。
また、卵子凍結の広がりとともに家族の形にとらわれない考え方が広まっていくことで、未婚での体外受精やドナー精子利用の合法化などに関する議論が必要になるかもしれません。
今回は、卵子凍結のメリット・デメリットや注意点などについて解説しました。
女性がより自分らしい生き方をするための選択肢となる卵子凍結ですが、メリットとデメリットをきちんと把握した上で決めていただければ幸いです。
また、自治体等による公費を用いた助成については、他の妊娠・出産・育児への支援と比較した上で、しっかりとした検討がされるべきでしょう。
参考文献:
1. 日本生殖医学会. 倫理委員会報告「未受精卵子および卵巣組織の凍結・保存に関する指針」(2018年)
2. 厚生労働省. 第3回小児・AYA世代のがん患者等に対する妊孕性温存療法に関する検討会(資料)
3. Tsafrir A, et al. J Assist Reprod Genet. 2022 Oct 20.
4. Bakkensen JB, et al. Fertil Steril. 2022 Nov;118(5):875-884.
5. Blakemore JK, et al. Fertil Steril. 2021 Jun;115(6):1511-1520.
6. Anne E. Martini, et al. Fertil Steril. 2021 Sep;116(3):e220.