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「水とラグビーに生きる」。3位で終えた東京SGの下川甲嗣の収穫と課題とは。

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
ひたむきに走り続けたサンゴリアスのフランカー下川甲嗣(秩父宮)(写真:つのだよしお/アフロ)

  『水と生きる』(サントリーのキャッチコピー)のか、いや『ラグビーと生きる』のか。生き様を問えば、シーズンを終えたばかりの東京サントリーサンゴリアス(東京SG=旧サントリー)の下川甲嗣は愉快そうにこう、漏らした。「僕は水とラグビーに生きています。その感覚で」と。

 今季最終戦は、5月25日のリーグワンのプレーオフ3位決定戦だった。東京・秩父宮ラグビー場。東京SGが、横浜キャノンイーグルス(横浜=旧キャノン)に一時は19点差をつけられたが、後半に猛反撃に転じ、持ち前の“アタッキング・ラグビー”で4連続トライを挙げて、40-33と逆転勝ちした。

 ◆サンゴリアス・プライドを懸けて。下川「勝ってよかったです」

 劇的な幕切れだった。東京SGは同点の終了間際、交代出場のウイング江見翔太が横浜のこぼしたボールを拾うとインゴールまで約60メートルを走り切った。直後、ノーサイドを告げるホーンが鳴った。

 東京SGの歓喜の輪ができる。下川も、ダッシュで江見に跳びついた。25歳のフランカーは「勝ってよかったです」と声を弾ませた。

 「やっぱり、勝たないといけないチームだなと思いました。負けて学ぶのではなく、勝って学んで、前に進んでいくチームですから。勝って、シーズンを終われたのは、ほんとよかったです」

 試合テーマが『プライドを取り戻す』だった。下川はプライドに懸けて走り続けた。からだを張った。若武者は言った。「勝ってこそ、サンゴリアスだと思う。ぼくらのプライドは、勝ちにこだわるところ。やっぱ、最後、勝ち切るところが大事なんです」

 東京SGとしては、4月13日の三重ホンダヒート戦以来、5試合ぶりの勝利だった。  

 「久しぶりの勝ちだったので、うれしかったです」との言葉に満足感がにじむ。

 スタンドの母親ら黄色のTシャツを着たファンに向かって、下川は手を目いっぱいに振った。泣かせるセリフをつづける。

 「自分たちもシーズン最後の方は苦しかったですけれど、応援してくださるファンのみなさんも僕らが勝てなくて苦しかったと思います。ほんと、最後まで応援していただき、ありがとうございます」

◆「タフなシーズンだった」

 東京SG3年目の下川にとっては、成長のシーズンだった。昨秋のラグビーワールドカップ(W杯)フランス大会には日本代表選手として初めて選出された。リーグワンでは全試合に出場した。プレーオフでは準決勝に続き、この3位決定戦もフル出場だった。田中澄憲監督ら指導陣からの信頼の大きさがわかる。

 ワークレート(運動量)が持ち味だろう。この日もよく走り回った。黙々とサポートプレーに徹し、堅実なタックルを繰り返した。倒れてはすぐに立ち上がる。走る。ラインアウトでのボールキャッチ、巧みなパスワークもいぶし銀の光をはなった。

 どんなシーズンだったのか。充実のシーズンと思いきや、下川は少し顔をゆがめた。

 「まあ、なんという言葉で表現したらいいのか難しいんですけども、タフなシーズンだったし、自分自身ではどうしたらいいんだろうかと分からなくなる時期もありました。いい試合と悪い試合、いい時間帯と悪い時間帯が激しくて…。チームとしても、相手のインパクトプレーヤーに対してモメンタム(勢い)を与えてしまったり、パフォーマンスの精度にも波があったりで」

 現状に満足しない。目標とするプレーのレベルがあがっているからだろう、「まだまだ」という言葉を繰り返した。

 ◆収穫と課題と。次は日本代表。

 成長した部分は、フィジカルだろう。見るからにからだが大きくなった。聞けば、シーズン頭の体重は昨年度より1~3キロアップしただけだが、昨年と違い、シーズンを通して107キロを維持できたという。自己管理と食生活にも気をつかう。

 リカバリーのため、今季から交替浴やストレッチをとり入れるようになった。オフには、ボクシングをしたりして、からだをアクティブに動かした。

 課題としては、より激しいプレーか。さらなるフィジカルアップ、プレーの強度、ガムシャラさである。下川は、「フランカーとして、試合にインパクトを残すことがもっと大事」と言う。試合の圧力下、どうボールキャリアとして前に出るのか、ブレイクダウンで相手に押し勝つのか。ボールを生かすのか。

 もちろん、日本代表にはこだわっている。フランカーはパワフルな外国出身選手が多いポジションだから、日本人選手として選ばれるのは難しい部分がある。

それでも、下川は「自分をぶらさずにいきたい」と言った。

 「もちろん、フィジカルの部分をそこ(外国人)に近づけないといけないだろうが、そこにばかりフォーカスしたら、自分のスタイルを崩すことになります。フィジカルのアップを図りながらも、同時にワークレイトの質、量を上げていきたい」

 ◆挑戦あるのみ。自分らしく。

 大事にしてきた言葉が「挑戦」である。福岡・修猷館高校から早大、そして東京SG。自信の境遇に最善を尽くしてきた自負がある。

 「僕は、やっぱりチャレンジャー。いろんな環境で、いつも、いつも、もまれて、もまれて、成長してきました。たぶん、これからも、変わりません」

 まだ25歳。あくまで自分らしく。下川の未来は明るいのである。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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