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「平和」を訴える知識人達の歪み―イデオロギー優先の「即時停戦」論 #ウクライナ #日本国憲法

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
ウクライナの都市ブチャではロシア軍が住民達を虐殺した。同市の教会にて筆者撮影

 先日、筆者がYahoo!ニュースに寄稿した記事"ウクライナを踏み台に「平和」を語るリベラル知識人の貧困"は、特にSNS等で大きな反響があった。リベラル層に人気のある知識人達への批判であったが、リベラル層からも一定の評価があったことは筆者として嬉しく思う。はっきり言えば、上述の記事で批判したような、「即時停戦」論やウクライナ批判は、日本の世論全体には、ほとんど影響を及ぼさないのだろう。ただ、では何故、筆者が上述の記事を書いたかと言えば、それは日本の平和運動に限って言えば、「即時停戦」論やウクライナ批判は、ある程度、影響力があり、そのことが日本の平和運動を担う人々の目をそらし、リベラル層における真の意味での平和的解決に向けた行動提起を、少なからず阻害しているとも言えるからだ。また、本記事のタイトルとも関連するが、何故、ウクライナの人々に妥協を強いる「即時停戦」論が、本来、平和や人権を重視するリベラル層に一定の評価があるかというと、それは恐らく、「平和」という概念に関する認識の違いもあるかと思われる。さらに、リベラル層(の一部)に根ざすイデオロギーが、彼らにとって、平和や人権、法の支配といった価値観や、当事者であるウクライナの人々の思いよりも、重いものであるからかもしれない。リベラル/護憲派を自認する筆者も、ウクライナ侵攻がより平和的な手段によって解決されるべきだとの考え自体は否定しないし、むしろ、そうであればより望ましいと考える。ただ、だからこそ、上述したような、「平和」を求める人々の中の混乱や矛盾を整理し、日本国憲法の理念に沿った、真に平和をつくっていくための行動を模索していくことが必要だと感じている。

〇「即時停戦」論が抱える問題点

 本稿では、先の記事に引き続き、「今こそ停戦を」に関連する話題を取り上げるが、あくまで、本稿の目的は、あくまでも平和というものをどうとらえるか、そして、いかに平和を実現するかということであり、個人攻撃のためではない。ただし、議論を具体的なものとするために、個人の発言を引用し、それに対する批判的な論評もすることは御理解いただきたい。なお、日本における「即時停戦」論が抱える問題点として、筆者は主に以下のものがあると思う。

・凝り固まった反米イデオロギーによるダブルスタンダードや当事者であるウクライナの人々を軽視する傾向、及びロシア側に寄った視点

・あくまでウクライナに妥協させることが主目的化しており、非暴力的な手段で、ロシアに戦争をやめさせ、軍を撤退させるための方法論がない。

・消極的平和と積極的平和、構造的暴力といった平和の概念を軽視。

 上述した要素は、いずれも複雑に絡みあっているのだが、なるべく整理して筆者としての論考を提示したい。

〇ウクライナ危機は「代理戦争」なのか?

 まず、そもそもの問題として、「即時停戦」論やウクライナ批判をする一部のリベラル層の多くが、強い反米感情を抱えており、その分厚いフィルターを通して、ウクライナやロシアの動きを見ており、また反米感情を土台にして、自らの主張を構築しているということがある。その一例が、「今こそ停戦を」の呼びかけ人でもある、伊勢崎賢治・東京外国語大名誉教授が主張する、「ウクライナで起きていることは、欧米の対ロシア代理戦争だ」というような、陰謀論めいた主張だ。

 伊勢崎さんは、代理戦争の定義として、「大国がその内政に深く関与する分断国家の政権もしくは、反政府勢力にその大国を敵とみなす別の大国が武力を供与し、自らは血を流さず敵国を弱体化する軍事的な試み」と語り、欧米のウクライナへの兵器供与などの支援は、ウクライナ軍にロシア軍と戦わせて、ロシアを弱体化させるための代理戦争の一環だと見なしている。こうした代理戦争論は伊勢崎さんに限らず、日本のリベラル層(の一部)の中に、ある程度、浸透している。すなわち―あくまで欧米が「主」であり、ウクライナは「従」、ウクライナの人々は欧米とその操り人形のゼレンスキー大統領によって、不毛な戦いを強いられている―というストーリーである。伊勢崎さんは「米国さえその気になれば、すぐにでもウクライナでの戦争は終わる」と主張するが、ことはそう単純ではない。プーチンの狙いは何か、ウクライナ現地で市民達の意見を聞くと、首都キーウは勿論、比較的ロシア系住民の多いウクライナ東部でも「プーチンはウクライナをロシアの属国と見なしており、自分の言う事を聞かないウクライナを武力で支配しようとしている」との意見が多い。つまり、失われた超大国ソ連を復活させるかのように、旧ソ連圏でのロシアの支配を広げていく―そうしたプーチン大統領個人の野望があるという訳だ。だが、それをウクライナの人々は拒絶したのである。

ウクライナ首都キーウにて、街頭で出会った人々 筆者撮影
ウクライナ首都キーウにて、街頭で出会った人々 筆者撮影

「代理戦争」論は、ウクライナの人々の主体性を否定し、侵略に対する抵抗を「欧米のためのもの」と貶め、さらには、「戦争を望んでいるのはロシアではなく欧米の側」と責任の所在をすり替える。極めて暴力的な主張だ。

「代理戦争」論は、ロシアのプーチン大統領が泣いて喜ぶ、彼にとって都合の良いロジックであり、実際、ロシア側はそうした情報戦を展開しているのだが、ベトナム戦争やアフガ二スタン戦争、イラク戦争など米国が行ってきた戦争のあまりの酷さ、そして米国の身勝手さから、これに反発してきたリベラル層*(の一部)にとって、「代理戦争」論は受け入れやすいものなのだろう。

*筆者自身、長年、中東を取材してきた経緯から、米国の身勝手な外交・安全保障政策を強く批判する立場である。

〇反米、親ロシア的な視点

 ウクライナで戦禍が続くのは、欧米及びその「操り人形」のゼレンスキー大統領の責任が大きい―そうした発想になることで、ロシア側が行っていることに理解を示す、あるいはロシア側への責任追及が甘くなるという傾向も見られる。例えば、伊勢崎さんは「長周新聞」という媒体のインタビューに対し、「今回ロシアが侵攻した理由も集団的自衛権だ。つまり、2014年から8年間続くウクライナ東部のドンバス地方で、ロシア語を話す親ロシア派住民たちがウクライナ政府から迫害され、言語を剥ぎ取られ、独立を求めており、ロシアの助けを求めているという理由で、プーチンはこれを戦争ではなく『特別軍事作戦』といって軍事侵攻した」と発言しているが(関連情報)、これはかなりロシア寄りの主張ではないだろうか。

 ウクライナ東部ドンバス地方での紛争、いわゆる「ドンバス戦争」は、親プーチンのヤヌコヴィッチ大統領(当時)が2014年2月にウクライナ市民のデモにより失脚・亡命した直後、ドンバス地方で親ロシア武装勢力が市役所等を占拠し、ウクライナの治安機関や軍と衝突したことから始まった。これらの親ロシア武装勢力にロシアは兵器を供与し、さらにロシア軍や民間軍事企業もウクライナへの越境攻撃を行った。このドンバス戦争について、伊勢崎さんは「内戦」という言葉を度々使うが、筆者が取材し、ウクライナ現地で人々の意見を聞くと、「ドンバス戦争は内戦というよりロシアの侵略戦争」との見方がマジョリティである。

 また、紛争当事国への兵器供与については、クラスター弾といった非人道兵器、劣化ウラン弾などの環境汚染の懸念のある兵器を欧米がウクライナに供与することについて、羽場久美子・青山学院大学名誉教授など「今こそ停戦を」の呼びかけ人らは批判するものの、他方、ロシア軍が侵攻開始の早い段階からクラスター爆弾を使用していることや、劣化ウラン弾も使用している可能性があることについては、批判もせず、そもそも触れようとしない。筆者自身もクラスター弾や劣化ウラン弾については、国際条約やウクライナの環境を汚染するといったことから、ウクライナへの供与に反対の立場だが、当然ながら、ロシア軍がこれらの兵器を使うことにも強く反対する。

 また、欧米のウクライナへの兵器供与は批判する「今こそ停戦を」の呼びかけ人らであるが、彼らは、イランがドローン兵器をロシア軍に供与していること、北朝鮮が砲弾などをロシア側に供与することに合意したことなどについては批判はしない。これについては、「今こそ停戦を」の記者会見で筆者が指摘したが、ロシアへの兵器供与に否定的な回答は得られなかった。とりわけ、その後、ウクライナ側の対策が強化されたとは言え、イランのドローン兵器は昨年の秋から冬にかけてのインフラ攻撃に使用され、大規模停電などウクライナの市民の生活に大きな悪影響を及ぼしただけに、これについて何の批判もしないことは、公平公正さに欠けるのではないか。

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 気になるのは、「今こそ停戦を」の呼びかけ人となっている日本のリベラル知識人達は、呼びかけ人の中でもコアとなっているメンバーのロシア寄りのスタンスに気が付いているのだろうかということである。気が付いていないのなら、無知・無責任であるし、気が付いて同調しているのであれば、それはそれで問題である。

〇対ロシア経済制裁は否定する即時停戦派

 筆者は、ウクライナ侵攻を終わらせる上で、対ロシア経済制裁を強化し、ロシアの継戦能力を断つ、つまりロシアが戦争をできなくすることが必要と考える。特に、現在、ロシアへの制裁を行っていない中国やインド等の国々に対し、国連憲章を遵守するという目的から制裁強化へ協力を求めることが重要だろう。だが、

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フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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