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「おもろ京大」産学連携で大学ランキング急上昇 世界でジャポニズム旋風を巻き起こせ 山極総長に突撃取材

木村正人在英国際ジャーナリスト
筆者のインタビューに応じる京大の山極総長(筆者撮影)

[ロンドン発]京都大学とロンドン大学ゴールドスミス・カレッジは9月18日、「Future of Mind アートとテクノロジーの未来」と題した国際シンポジウムを開きました。テーマは、芸術と科学の融合とイノベーションが創造する未来と私たちの心です。

京大学術情報メディアセンターの土佐尚子教授は今年4月、米ニューヨーク・タイムズスクエアの電子看板で披露した「音の生け花」でニューヨークっ子の心を魅了しました。シンポでは京大側から土佐教授らがプレゼンテーションし、日本の美とテクノロジーについて語りました。

シンポで講演する山極総長(筆者撮影)
シンポで講演する山極総長(筆者撮影)

ゴリラ研究で知られる山極壽一総長(65)も登壇し、日本の霊長類研究の創始者、故・今西錦司名誉教授(1902~1992年)を紹介、前人未到の頂を目指す京大スピリットを強調しました。日本の大学は言葉の壁に阻まれ、世界の大学ランキングで苦戦を強いられる中、京大は復活の兆しを見せています。

「万年ゴリラ青年」のように若々しい山極総長に直撃インタビューを申し込むと、快く応じて頂けました。

――最近、発表された英高等教育専門誌タイムズ・ハイアー・エデュケーションで京大は昨年の91位から74位に世界ランキングを戻しました。産学連携は100点満点で2011年の67.1点から93.8点まで上昇しました。オックスフォード大学の63.7点やケンブリッジ大学の51.5点に比べると非常に高く評価されました

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「最近、産学連携は好調にやっています。産学連携で特に力を入れているのが京大イノベーションキャピタルです。投資会社を作って、今、十数件のベンチャーを育てています」

「まだ収入が入ってきているわけではありませんが、組織対組織(大手企業)の連携をかなり重点的にやっています。最近では日本電産の永守重信会長兼社長と連携しました。そういう取り組みが順調になってきたことがあるでしょうね。まだまだ小さいですよ」

〈京大イノベーションキャピタル株式会社 京大の100%子会社で、2014年に設立。京大の研究成果を活用し、投資活動を通じて次世代を担う産業の創造に貢献することを目指す〉

(筆者撮影)
(筆者撮影)

――京大は指定国立大学法人構想の「京大モデル」の一環として、2018年に100%子会社「京大オリジナル」を設立し、主に企業を対象に研修や講習、コンサルティングを手掛ける予定ですね。京大イノベーションキャピタルをはじめ、関西TLO(大学の技術移転)を含めた子会社を強化する狙いは

「もっと大学が18歳人口から9年ぐらいの若者世代だけではなくて、企業の中に入り込んでいって、京大の中にあるいろいろな発明とか発見とかを使ってもらう。今、産業界だけではなくて、いろんな社会人が広い知、高い知を求めているわけです。特に歴史の見直しが今、随分盛んに行われています」

「世界の中で、東洋の中で、日本がどういう役割を果たしてきたのか、これからどんな役割を果たしていくのか。人間としてね、生物の歴史まで踏み込んで、たとえば今、医学の急速な進展があります。人間は病気の治療だけではなくて、能力を増すような形で作り変えられるかもしれない」

「期待もありながら、不安もあるわけです。そういうことを未来に向けて考えていくためには、産業革命以降の歴史ではなくて、もっと人間という生物に立ち戻って考える必要がある」

「生物学とか、生態学とか、他の生物の歴史だとか、比較しながら生命そのものを考えていかなければならない。特に地球環境がどんどん劣化していて、我々が便利で近代的な暮らしを求めれば求めるほど地球環境は痛んでいるわけです」

「地球の中で人間が生物として、あるいは環境を作り変える存在として、これからどうやってふるまっていけばいいのか、総合的に考える、いろんな知識を総合して考える必要がある」

「そういう意味では総合大学の京大というのは、これから期待される存在だと思います。いろんな方面で先端的な取り組みもやっているし、みんなが世界に通じる窓口になって世界の知識を集めていく。それを利用しない手はないだろうと思います」

――京大おもろトーク「 アートな京大を目指して」が開かれています。京大がこだわる「おもろ(関西弁「おもろい」の略)」は世界に広がると思いますか

「定着させなければいけません。すぐに役に立つ研究ではなくて、まずはおもろい研究が重要です。すぐに役に立つ研究はすぐに役に立たなくなるから。おもろい研究というのは人間が直感的に、身体でもって関心があるということでしょう。それは将来、役に立つかもしれないし、持続性があります」

「学問、成果を評価するときにおもろいという表現は関西的な表現でもあるんだけれども、人間にとって重要なものだと思います。たとえばアートを我々が評価するときにどう表現するか」

「いろいろな言い方があると思いますが、全部ひっくるめて『おもろいな』という言い方があり得ると思います。自分が関心を持つ。標準語の『おもしろい』というのとはちょっと違う。関西人が『おもろいな』という時はある意味、支持を表明しているのです」

「そういうことがバックにあるから、それに俺、関心があるよ、じゃあ、お前の味方になってやるよということが、どこかで担保されているわけです。関西人がそれ、おもろいなと言う時にもう一つ言葉があります」

「やってみなはれ。それを自分も応援しているよというエンカレッジの表現です。対話の文化というのが関西から世界に広がっていくことで学問はもっともっと、みんなの間に広がっていくと思います」

――子会社で応用科学の活用、「おもろ」で基礎科学の充実だということですが、どうつなげていくおつもりでしょう

「応用は出口です。基礎というのはなかなか外には出ていかないものです。それを橋渡ししようというのが京大モデルです。基礎研究が重要なのは言うまでもありません。研究者自身が、それがどうやって世界に出ていくのか、社会に貢献するのか、気がついていないところがあるのではないでしょうか」

「そこはコラボレーションで外の世界で活躍している人たちと組む必要があります。今まではそこは随分厚い壁によって外に出ていかなかった。それを出していく。それがアプリケーション、応用科学です。応用するためには、まず基礎がしっかりできていないといけません。もちろんそれはやっていこうとしています」

――京大はこの6月末でロンドン事務所を閉じられて、欧州の窓口はドイツのハイデルベルク事務所に一本化するということです。イギリスの欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)とは関係ないということですが、どういう事情があったのでしょう

「学生交流だと、授業料とか、年限とかがイギリスと日本では違い過ぎます。ドイツは基本的に授業料タダですから。もちろん京大では授業料をとっているわけですが、授業料をとらない学生交流というのを随分、世界の大学とやっています」

「向こうが無料であればそれはすごくやりやすいわけです。京大の学生をドイツやフランスの大学に出すのはやりやすく、そちらの方が進んでいるというのが実情です。今後は授業料の高いアメリカに進出するわけですから、それ(ハードルの高さ)は覚悟しています」

――日本の世界大学ランキングが低く出る理由について学生と教員のグローバル化が進んでいないことと、引用論文数が低いことが指摘されています

「もうこれは統計上、傾向がはっきりしているのは、研究者の数が減っていったことと、論文数が減少していったことは1対1に対応しているわけです。研究者の数を上げるしかない。それにはお金がいるわけです。一番大事なのは、政府から運営費交付金の増額を実現してもらうことです」

「2004年に大学の法人化が始まって以降、毎年、毎年、運営費交付金が削減されていって、12年間で1500億円の運営費交付金が86国立大学全体で削減されたわけです。京大はその結果どうなったかというと110人の承継(パーマネントなポストがある)教員がポストを失いました」

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「それだけの人数の研究者がいなくなったわけです。研究者の数で言えば3000人弱、そのうちの110人というのはかなり大きな数であって、論文数が減るのは当たり前。だからこれを上乗せしていくためには、論文数を増やすためにはどんどん研究者をリクルートしないといけない」

「お金が要ります。そこが一番重要だと思います。人事システムをきちんとして質の高い研究者をとって対応していく。非常勤の教員は3年、5年で代わらざるを得ません。なかなか長期の見通しを立てて論文を生産しにくい。その辺が論文数に響いてきています」

――科学、技術と芸術を結びつけるというのは日本特有のユニークさと感じられますが

「日本は工芸の非常に盛んな国です。京都はその中心地です。欧州で認められたのも最初は工芸なんですね。金細工とか、そういう技術というのが日本のアートに実は大きく反映されています。今でもそうだと思います」

「土佐さんたちは工芸と和技術だけではなくて、今の先端的な科学技術を取り入れて芸術に活かそうとしている。そういう芸術家が多いんです。どうして工芸が日本で流行ったかというと職人なんです。欧州でも古くはそういう歴史があったと思いますが、日本は江戸時代、明治時代ぐらいまで工芸の中心地でした。もともと相性が良いんですね」

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(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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