カネカの炎上騒動で考える、炎上時の弁護士的対応が燃料投下になる理由
カガクでネガイをカナエル会社というテレビCMでお馴染みの化学メーカーのカネカが、育休明けの社員に対する対応問題で激しく批判されているようです。
個人的には、週末に最初にこの騒動を目にしたときには、大企業によくある転勤辞令の行き違いだな、ぐらいの感覚で、ここまで大きく炎上するとは正直思いませんでした。
こういう退職者の退職後の告発は、どうしても当事者にしか分からないことが多く、事実確認ができないため、第三者が判断するのは難しいと考えていたからです。
ただ、その後、この騒動は拡大し、手のつけられないレベルでの炎上騒動になっているように見えます。
土曜日から徐々に騒動が拡大
なぜ、炎上騒動が拡大してしまっているのか、時系列に振り返ってみてみましょう。
■6月1日 カネカの元社員の妻がツイッターで、夫が育休取得直後に転勤を命じられて、有給も取らせてもらえず退職に追い込まれたことを告発。注目される。
■6月2日 (カネカ社内では2日から弁護士を入れて調査を開始していた模様)
■6月2日 並行してカネカのウェブサイトから、育休に関するページが削除されていることが確認され、さらに大きな騒動に。
■6月3日 カネカのウェブサイトに「6月2日のシステム障害について」として、騒動の本題には言及せず、HPを削除したという疑惑についての否定のコメントだけが記載される。
■6月3日 メディアがカネカに取材を実施し、記事化。
カネカ広報部は、当事者が社員かどうかわからないのでコメントできないと対応。
■6月3日 (並行してカネカの社長名で社員宛に、転勤の内示はあったが見せしめではないという趣旨のメールが送付された模様)
■6月3日 一方、起点となった元社員の妻のツイッターに、1月に「夫起業の具体的な準備」という投稿があったのに、削除されたという指摘がされ、物議を醸す。
■6月4日 日経ビジネスが前述の社長名のメールを入手して記事化。
この記事によりカネカ広報部のコメントと、実際のカネカ社内の認識が違っていたことが明白になり批判が強まる結果に。
■6月6日 カネカ広報部が日経ビジネスの質問に対して回答し、日経ビジネスが回答について記事化。
■6月6日 日経ビジネスの記事掲載後に、カネカのウェブサイトに「当社元社員ご家族によるSNSへの書き込みについて」と題して、カネカの対応に問題がなかったとする公式コメントが掲載される。
■6月6日 他メディアも炎上騒動について一斉に記事化。
通常の炎上騒動であれば、この公式コメント掲載で背景が説明されて、炎上も収まるはずの話なんですが。
現時点で見る限り、カネカのウェブサイトに掲載された公式コメントは、転勤の辞令が見せしめではないということを明確に否定したのみ。
一番批判を浴びている、有休の取得を拒否し退職日の希望を強制的に5月末にしたのではないかと言う疑惑についての明確な説明はされておらず、炎上騒動の炎にわざわざ油を注いだ印象すらあります。
ツイッター上での言及数は、6日お昼の公式サイトの掲載後、収まるどころか明らかに膨らんでいますし。
一部では、カネカの炎上対応の悪さに、カネカの苦情フォームを設置して、集まったクレームを物理的に送付しようという動きも起きてしまっているようです。
たらればを後から言うのは簡単ですし、カネカの中の方々からすると土曜日のツイートからあっという間に燃え広がった騒動の炎に、対応が後手に回ってしまったという面はあると思います。
ただ、今回の炎上については、カネカ側の一つ一つの対応が、かえって騒動を大きくしてしまっているのは明白です。
弁護士的対応に特化していることが燃料投下をする結果に
個人的には、今回の騒動においては、カネカ側が炎上の初動から「弁護士的対応」に特化してしまったことが、騒動が拡大するような燃料投下を次々に行う結果を生んでしまっていると感じています。
ここで言う「弁護士的対応」とは、裁判所での裁判を想定して法的基準を軸に対応をするもの。
もちろん弁護士の方々にも広報的視点、社会的視点で正しいアドバイスができる方はたくさんおられるのですが。
少なくとも今回のカネカの炎上対応を見る限り、法律の専門家のアドバイスはされていても、炎上対応や広報のプロのアドバイスを受けているようには見えません。
なぜ弁護士的対応に特化すると、炎上対応を間違えてしまうことが多いのか、ポイントは3点あると考えています。
■社会的な適切さではなく、法律的に適法かどうかの基準を重視してしまった。
■世間とではなく、退職した社員とカネカとの戦いだと思ってしまった。
■対応方針が決まるまで、推定無罪で対応してしまった。
■社会的な適切さではなく、法律的に適法かどうかの基準を重視してしまった。
まず一番大きいのは、カネカ側は今回の炎上騒動を、退職した社員との法的な係争問題と捉えてしまっている点です。
もちろん、炎上の発火点は、退職した社員の妻による告発であり、その告発内容が法的に問題があるのかどうかは重大な問題です。
法的に問題があれば、炎上騒動どころではなく訴訟問題に発展するわけで、カネカ側として法的に問題ないことを証明したくなるのは当然でしょう。
だからこそ、カネカ側は騒動の翌日の日曜日に、休日であるにもかかわらず、弁護士を入れて調査を開始しているわけで、騒動に対する初動の対応スピードという意味では、むしろ過去の炎上事例に比べると早かったということができると思います。
6日に公開された公式サイトのコメントが「対応に問題は無い」と、第三者からすると信じられないほど強気なコメントになっているのも、弁護士的な視点からは「法的に問題ない」ことが確認できたとアピールしたい、ということでしょう。
ただ、炎上騒動では、「法的」に適法かどうかだけではなく、「社会的」に適切かどうか、が問われます。
弁護士的視点で見ると、法的に、人事異動の辞令が適法かどうか、退職願という書式が存在するかどうか、が重要なのかもしれませんが。
社会的には、育休明けで、引き続き小さいこどもの子育てを手伝うことを希望している父親を、育休明けすぐに大阪に転勤させることが常識で良いのか。
有給休暇が残っている社員を、有休消化させずに最短で退職させることが問題ない行為で良いのか。
証拠として明記されている退職願は本人が素直に書いたのではなく、やむをえず書かされたのではないか、が問われているのです。
カネカ側のウェブサイトのコメントを見る限りは、会社側視点でのルールを元にした言い切りや断定のコメントが多く見られ、今の時代における社会的適切さという視点からは、明らかに逆効果になっていると言えるでしょう。
同じような対応は、3年前のPCデポ騒動においても見られました。
現在のカネカの騒動は、株価が半減してしまったPCデポほど深刻なものではありませんが、カネカ側が今後も法的視点だけを基準に対応を続けると、騒動が拡大する可能性は否定できない気がします。
■世間とではなく、退職した社員とカネカとの戦いだと思ってしまった。
これは前述の問題とつながっている話ですが、明らかにカネカ側は今回の炎上騒動において、カネカというブランドが世間からどう見られているか、という視点ではなく、告発者の告発にどう勝つか、という視点で、全ての対応を行っている印象です。
世間は、カネカ側は告発に対してどう反応するのかを注視しているのに、明らかにカネカ側が重視しているのは世間の視線ではなく、告発者の告発に対して論理的に反論できるかどうかという一点です。
だからこそ、土曜日からネット上で騒動になっていて、日曜日から調査を開始しているにもかかわらず、6日の木曜日まで公式なコメントは一切出さず、あくまで身内である社員に対して告発は「正確性に欠ける」から信じるなという趣旨のメールだけを送付している、と想像されます。
弁護士的視点で対応を考えると、相手に手の内を見せないためにできるだけコメントをせず、身内からは余計なコメントが出ないように釘を刺したくなる気持ちは分からないでもありません。
容疑をかけられている企業の経営者が記者会見でメディアに質問をされたときに、弁護士を振り返ってひそひそ話をした後に「係争中のためコメントは差し控えさせて頂きます」というあれですね。
でも、当然あの発言を聞いている普通の人の多くは、「その発言しかできないのは後ろめたいところがあるからだな」と思ってしまうわけです。
さらに、カネカ側から発表されるコメントの一つ一つは、明らかにサイトに掲載するお知らせとしては必要以上に言い切り型で攻撃的です。
カネカ側からすると、すでに退職して「部外者」になった告発者からの攻撃に対して、全力で会社と身内を守るという防御反応として反撃しているわけで、ある意味組織を守るための当然の反応とは言えます。
元社員の妻が、起業準備中というツイートを削除したというのが本当なのであれば、ひょっとしたら元社員は起業準備をしている関係で上司や職場とうまくいってない面があった可能性や、カネカ側からすると元社員を非難したくなる理由がある可能性もありますから、そういう意味で、必要以上に攻撃的な文章になっている面もあるのかもしれません。
ただ、残念ながら、こうした攻撃的な反論は、それを見つめている世間に対しても、自分たちに対して反撃しているという印象を与えてしまいます。
もはや騒動が拡がった時点で、この騒動は元社員 対 カネカの戦いではなく、世間からのカネカの印象を守れるかどうかの戦いに変わってしまっているのです。
しかし、6月3日の社長名でのメールや、今回のウェブサイトのコメントは、明らかに告発者に対する反論としての文章になっているため、今回の人事異動が他人事とは思えない人たちが読むと、自分が攻撃されている気持ちになってしまいます。
そのため、カネカに対する批判が増加する現象が起こるわけです。
同じような現象は、「保育園落ちた日本死ね」というブログ記事に対する国会での議論でも発生したのは、記憶に新しい人も多いのではないでしょうか。
参考:「保育園落ちた日本死ね」を便所の落書き扱いする政治家自身が、炎上に油を注いでいるという皮肉
このときにも、政治家の多くは、ブログの書き手が匿名であることや、「死ね」という言葉遣いを攻撃していましたが。
それにより、匿名のブログ記事に自分を重ね合わせていた多くの人々が、一斉にそうした政治家を批判する事態になりました。
カネカは、いわゆる消費者を相手にしているB2Cの企業ではなく、B2Bの企業だからこそ、より世間の印象よりも取引先や社員の印象を重視しているという面が、悪い方向に出ているとは言えるかもしれません。
■対応方針が決まるまで、推定無罪で対応してしまった。
さらに、今回の騒動において全体の流れを変える分岐点になっているのは、広報部によるメディア対応です。
特に、日経ビジネスの取材に対して、「当事者が社員かどうかわからない」と回答しておいて、社内向けには転勤の内示をした人物を認識しているという趣旨のメールを送っていたのは致命的だったと思われます。
これにより、おそらく日経ビジネスの記者からすると、カネカ側が取材に対して誠実に対応していない、という印象を強く受けたと思われますし、ある意味で敵に回してしまう結果となりました。
社内メールの全文をさらすというのは、メディアとしてもリスクのある行為ですから、最初の取材におけるカネカ側の対応次第では、日経ビジネス側もあのタイミングでメールをさらす判断をしなかったかもしれないと思います。
言葉を選ばずに極端な言い方をすると、こんな対応をするぐらいなら、ノーコメントを貫いた方が良かったかもしれないレベルの対応だったと言えてしまう結果になっているわけです。
これは、おそらくですが広報が法的訴訟を前提に、推定無罪の原則で対応している点に原因があると考えられます。
訴訟においては、判決によって有罪が確定するまでは推定無罪の原則という考え方が存在します。
これはあくまであらぬ冤罪によって無罪の人が犯人扱いされることを避けるための考え方ですが、広報対応を推定無罪で対応してしまうと、騒動がないかもしれない前提でメディアとの対応をすることになります。
そうすると、日経ビジネスの最初の記事にあるように「当社と断定して発言しているわけではないので、現時点では事実の有無も含めてコメントできない」や「事実を確認しているが、これも当事者が当社の社員であるとはっきりするまでコメントできない」など、あれだけ騒動が注目されているにもかかわらず、まるで騒動が起きていないかのような他人行儀なコメントになってしまうわけです。
もしあのタイミングで、カネカの常識が世間から疑われていること自体を問題と考えれば、「事実かどうかは分からないが、早急に事実を確認し然るべき対応をする」とか「担当の上司が、元社員の方が誤解する発言をしてしまったかもしれないので、早急に事実を確認し、誤解を解くべく善処したい」とか「弊社では有給休暇の申請を断ることなどありえないが、もしあったとしたら責任者を処罰する」といった最悪のケースも想定したコメントを出すことも可能だったはず。
ただ、弁護士的視点から考えると、こういった発言は後々訴訟になったときに、あげあしを取られかねないので発言できなかったものと思われます。
広報部が組織を守ろうと行動した結果、かえって会社の印象を悪くしてしまうという現実は、日大アメフト部の記者会見で日本中の広報部の方が思い知ったはずなのですが、残念ながら今回の騒動では活かされなかったようです。
参考:イッテQ騒動から学ぶべき、炎上初動における防御反応のワナ
裁判であれば、凶悪犯でも胸を張って無罪を主張する、というのはよく見る光景ではありますし、弁護士はいかなる犯罪であっても依頼人の権利を最大限守るために戦うのが仕事です。
ただ、企業における広報担当が弁護士のように推定無罪で振る舞うと、その組織自体の体質が疑われ、全ての発言が疑われることになります。
広報が一つでもウソをついてしまうと、もうその企業の発表は何一つ信用されなくなってしまうリスクがあるのです。
炎上騒動が起こったときには、組織の常識は通用しない
正直な話、私は昭和生まれの40代ですから。
冒頭に書いたように、最初に転勤についての告発のツイートを見たときには、「大企業ではよくある話だな」程度にしか思いませんでした。
昭和の時代の常識が、令和の今も続いていくべきかに異論がある人が多いのは当然だと思いますが、大企業においては人事は基本的に「絶対」になりがちです。
大企業の中での部署異動は、誰かが異動したら、当然その人の後に別の人を連れてくる必要があるわけで、1人がごねたら、大勢の人事に影響が出てしまいます。
私が昔勤めていた会社でも、昔は地方転勤の辞令が一週間前に出ることもあったそうですし、家を買ったりこどもが生まれたタイミングで、転勤の辞令がおりてしまい、泣く泣く単身赴任になった人もいたと聞いてます。
ある意味、そういった人事異動が普通の会社にあるのであれば、それが普通である以上、ある程度そうした人事には従わざるを得ませんし、それが嫌なら辞めればいい、というのが第三者からの俯瞰的な見方でしょう。
実際に、今回の元社員の妻の方のツイートが注目されたタイミングでは、ツイッター上での意見も割れていたように思います。
ところが、その後ワークライフバランスのページが削除されていた疑惑がでたり。
騒動に言及せずに、ページの削除だけを否定するコメントがでたり。
メディア対応で記者に対して何も認めない一方で、社員には一部認めるメールをしていたり。
法律的視点での組織の正しさだけを主張するコメントを発表したり。
と、徐々にカネカ側の弁護士的対応がされる過程で、世間の印象は、大きくカネカ批判の流れに傾いてしまいました。
ある意味では、日本における昭和的な人事制度の常識の問題点が、今回の騒動で一気に吹き出した面もあると思いますし、カネカの方々は不運だったとは言えると思います。
ただ、やはり昭和の世代の常識は、もう令和に入った今の時代においては多くが非常識になっていると考えるべきなのだというのが、今回の騒動で私たちが学ぶべき教訓だと思います。
今後のカネカの印象を変えることができるかどうかはトップの判断次第
今後カネカの経営者の方々には、二つの選択肢があります。
一つは、昨日6日の発表コメントを公式の最後のコメントとして、今後は一切口を閉ざすこと。
もう一つは、これまでのカネカにおける「常識」を一度根本から見直して、社員の皆さんのためにもこれからどういう会社になるべきかを真剣に議論し、なんらかの形で真摯に世間にも説明することです。
過去に炎上したPCデポやウォンテッドリーは、前者の対応を選択しました。
これはこれで、時間とともに炎上状態はマシになりますし、時間が経てば騒動を忘れる人は忘れてくれます。
ただ、一部の人は騒動をうやむやにしたことを忘れませんし。
ネット上にはそのキズが残ります。
今でもPCデポと検索すると、当時のヨッピーさんの記事が検索結果の1ページ目に表示され、この問題が解決されたかどうかの情報を見つけることはできません。
また、今でもウォンテッドリーと検索すると、Google検索の関連キーワードに「ウォンテッドリー 炎上」というキーワードが表示されてしまい、当時の関連記事が多数表示される結果になっています。
参考:Wantedly騒動に学ぶ、ネットの悪評を削除するリスク
一方、過去には後者の本質的な対応を選択し、炎上をきっかけに大きな飛躍につなげることに成功した企業も存在します。
異物混入で炎上した後、徹底的な再発防止対策をして復活した、まるか食品のペヤングの事例は有名ですし。
参考:不祥事に「神対応」できた企業、できずに破綻した企業の違い
トヨタが、プリウスのブレーキ問題において、最終的には豊田章男社長が自ら米国の公聴会で謝罪をし、その後販売店や工場の従業員を集めた会合やテレビ局のトーク番組にも生出演するなど、あえて厳しい場にも社長自ら出ることによって積極的に謝罪を行い、世間のムードを大きく変えることに成功したケースもあります。
炎上したときに本当に重要なのは、弁護士的な法的知識や法的な正しさで相手を論破する能力ではなく。
社長としてはありえない弱みを見せてでも、本気で問題や世間と向き合う姿勢だと思います。
すでにツイッター上では、「カガクでネガイをカナエル会社」をもじって。
カネカのことを「カゾクのネガイをカナエナイ会社」と揶揄する発言も多数みられますが。
カネカが「カガクでネガイをカナエル会社」であり「カゾクのネガイもカナエル会社」にもなれるかどうかは、今回の騒動をカネカの中の方々がどう受け止めるかにかかっていると思います。