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21歳の中国人観光客がシリアで消息を絶つ

青山弘之東京外国語大学 教授
Suwayda 24(2024年7月20日)

シリアの反体制系ニュースサイトのスワイダー24(https://suwayda24.com/)は7月20日、中国人観光客1人が15日にスワイダー県に滞在した後、連絡が取れなくなり、安否を確認できなくなっていると伝えた。

連絡が取れなくなっているのは、2003年1月14日生まれ(21歳)で、安徽省蒙城県が戸籍所在地の韓明逸(Han Mingyi)さん。

韓さんは、中国人男性が首都ダマスカスで経営する小さなホテルに数日前から宿泊していたが、7月15日に南部のダルアー県に向かうと言って、ホテルをチェックアウトした。

ホテルを経営する中国人男性はその後も韓さんと連絡を取り合い、首都ダマスカスを出てから数時間後に、ダルアー県ではなく、「スワイダーに着きました。天気は良く、快適です」とのメッセージを受け取った。

しかし、これを最後に韓さんからの連絡は途絶えたため、この男性は在ダマスカスの中国大使館を訪れ、韓さんが行方不明になっていることを伝えた。大使館は、シリアの治安当局に通報するよう促し、男性は7月20日に実際に通報したという。

男性はまた、中国で数年間にわたって働いていたスワイダー県の友人にも連絡し、SNSを通じて韓さんが失踪したというニュースを拡散し、情報提供を求めるよう頼んだ。

スワイダー24がスワイダー県の治安当局に確認したところによると、スワイダー県とダルアー県のいずれにおいても、中国人観光客の安否についての情報はないという。

スワイダー24は7月21日にも、スワイダー市に到着した後の韓さんの動きを続報として伝えた。

それによると、韓さんは、スワイダー市中心部の観光ホテルで一晩を過ごし、月曜日(7月15日)の12時にチェックアウトした。その際、ホテルの従業員の1人は、韓さんに対して、シリア南部は治安状況が悪いため、グループ・ツアーでなく、単独で行動することは危険だと警告した。グループ・ツアーの場合、観光ガイドが同行し、治安当局もその動きを確認できるが、単独での行動は危険を伴うと判断したためである。だが、韓さんはダルアー県に行くつもりだと言って、ホテルをチェックアウトしたという。

また、SNSでのニュース拡散を受けて寄せられた情報によると、韓さんは、スワイダー市中心部のサラーヤー映画館近くを散策し、スマートフォンで地元の住民らと記念写真を撮っている姿が目撃されたという。

なお、スワイダー24の7月21日の続報では、「月曜日(7月15日)の12時にチェックアウトした」とされているが、韓さんがダマスカスを発し、スワイダー市に移動したのが15日であることから、スワイダー市の観光ホテルをチェックアウトしたのは7月16日(火曜日)だと思われる。

一方、ダマスカスでホテルを経営する中国人男性は7月20日、刑事治安局を訪れ、韓さんの行方不明者届を提出した。だが、刑事治安局は行方不明者届については、家族か中国大使館が提出する必要があると応え、受理はしなかったという。中国大使館が当局に行方不明者届を正式に提出したかは不明だ。

シリア南部の治安

韓さんが消息を絶ったシリア南部のうち、ダルアー県は、2018年に同地を支配していた反体制派とシリア政府の和解が成立したことで、シリア政府の支配下に復帰していた。

反体制派、とりわけ武装集団の指導者やメンバーの多くは、スンナ青年旅団の司令官で「カエル」の異名で知られていたアフマド・アウダらが典型であるように、シリア軍第5軍団所属の第8旅団などに編入されていた。

反体制派のなかで、シリア政府との和解を拒否したシャーム解放機構(シリアのアル=カーイダ、旧シャームの民のヌスラ戦線)やホワイト・ヘルメットは、シリア北西部へと移動した。だが、ダルアー県では、シリア政府の支配を快く思っていない元反体制派が少なからずおり、シリア軍や治安機関を襲撃する事件が後を絶たず、不安定な状態が続いている。

また、ダルアー県には、イスラーム国の残党も潜伏を続けているとされ、2022年10月には、シリア軍がダルアー市やジャースィム市で大規模な治安作戦を実施し、「第3代カリフ」を名乗っていたアブー・ハサン・ハーシミー・クラシー(本名は不明)を含む多数の幹部やメンバーを殺害した。これに関して、米中央軍(CENTCOM)は、「自由シリア軍」が10月半ばにダルアー県で実施した作戦でクラシーを殺害したと主張しているが、これは虚偽である(「シリアでのイスラーム国指導者殺害をめぐる米国の発表は「不正確さ」を超えた「でたらめ」」を参照)。

ダルアー県では、イスラーム国の残党だけでなく、麻薬密輸に関連した犯罪なども横行している。最近では、ジャースィム市で7月8日から16日にかけて、元反体制武装集団のメンバーだったフサーム・ハルキーが率いる地元武装集団が、軍事情報局傘下で活動するワーイル・ジャラム率いる民兵と市街戦を繰り広げた。フサーム・ハルキーのきょうだいのイスマーイール・ハルキーが暗殺されたことに端を発した両者の戦闘は、最終的には地元の名士、中央委員会(反体制武装集団の元メンバーを代表する仲介組織)とシリア軍第5軍団第8旅団が仲介することでようやっと収束したが、1週間あまりにわたって、住民を恐怖に陥れた。

Damapost(2024年7月12日)
Damapost(2024年7月12日)

一方、スワイダー県は、昨年の8月17日から、スワイダー市のサイル広場(反体制派が言うところのカラーマ(尊厳)広場)で、体制打倒、自由と尊厳の実現、国連安保理決議第2254号(シリア内戦の解決の工程を示した決議)実施を求めて、活動家たちが住民とともにデモを開始し、現在も抗議行動は連日続けられている(「シリア南部で続く抗議デモに喜んでいるのはアル=カーイダだけ」を参照)。

活動家らはまた、欧米諸国の介入を誘い込もうとするかのように、シリア軍や治安当局を挑発するような行為をしばしば行っている。シリアでは7月15日に第4期人民議会(国会に相当)選挙の投票が行われたが、投票日前日には、武装集団がスワイダー市の警察署を襲撃、警官らと撃ち合いになったほか、マズラア町、クライヤー町、ウルマーン村、カナワート市、クライヤー町、サリーム村、ムルダク村では、投票箱の搬入を阻止したり、奪った投票箱を燃やしたり、投票所を封鎖するといった動きが見られた。投票日当日も、スワイダー市の警察署前で投票ボイコットを訴えるデモが発生、警察署内からのデモ参加者に向けて発砲があり、1人が負傷した。

Suwayda 24(2024年7月14日)
Suwayda 24(2024年7月14日)

Enab Baladi(2024年7月15日)
Enab Baladi(2024年7月15日)

さらに、7月17日には、反体制組織の「尊厳の男たち」運動傘下の山地(ジャバル)旅団の司令官で、サイル広場での抗議デモを主導していたマルハジュ・ジュルマーニーが自宅で何者かによって頭を銃で撃たれて暗殺された。

Suwayda 24(2024年7月17日)
Suwayda 24(2024年7月17日)

誰の犯行か?

韓さんが、何らかの事故に巻き込まれたのか、何者かに誘拐、拉致されたのか、あるいは単に家族や知人への連絡を行っていないだけなのか、現時点では明らかではない。だが、仮に誘拐された場合、シリア政府の関与を疑う声がある。

「アラブの春」が波及して以降、シリア情勢は、「独裁政権」=悪、抗議行動に参加する「市民」=善という単純化された図式に押し込めて解釈され、シリアにおけるすべての悪がシリア政府によるものだと国内外の反体制派によって喧伝されてきたことを踏まえると、こうした見立ては当然と言えば当然である。

また、外国人の失踪問題のなかでもっとも有名な未解決事件に数え上げることができるオースティン・タイス記者の失踪も、シリア政府の犯行が疑われている。海兵隊退役後にフリー・ジャーナリスト(『ワシントン・ポスト』紙などが契約)となり、2012年8月にトルコ経由でシリアに不法入国したのちに連絡を絶ったタイス記者の消息について、米国はシリア政府が拉致に関与していたと断じ、非難を続けている。また、政権支持者やシリア軍や治安機関に協力的な個人・集団のなかには、麻薬密売に関与している者もおり、彼らは誘拐や拉致といった犯罪に手を染めることもあるだろう。

だが、韓さんが誘拐されたとした場合、もっとも可能性が高いのは、反体制派(あるいは元反体制派)による犯行だろう。

シリアでは10年以上にわたって、反体制派による身代金目当ての住民や外国人の誘拐が報告されており、時には殺人も伴っていた。そうした犯罪の最たるものが、イスラーム国による後藤健二さんらの拉致・殺害事件(2014~2016年)である。

シリア南部でも2013年3月にUNDOFの隊員21人がヤルムーク殉教者旅団(その後ハーリド・ブン・ワリード軍へと発展し、イスラーム国に忠誠を誓う)によって、また2014年8月にもUNDOFの隊員43人がシャーム解放機構(当時の組織名はシャームの民のヌスラ戦線)によって拉致されている。

中国がシリア政府と良好な関係にあることも、誘拐の十分な動機となるだろう。

韓さんが連絡を絶った理由は明らかではないが、事件や犯罪に巻き込まれず、再び姿を現してくれること、そしてそれによってシリアに与えられたマイナスのイメージが少しでも払拭されることを願う次第である。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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