シリア南部で続く抗議デモに喜んでいるのはアル=カーイダだけ
日本のメディアではほとんど報じられていないが、シリアで反体制抗議デモが続いている。
デモが行われているのは南部のスワイダー県だ。
経済の困窮に喘ぐ住民
抗議デモが始まったのは8月17日のことだ。県庁所在地があるスワイダー市、クライヤー町、カナワート市、サアラ村などで経済の困窮に喘ぐ住民らが政府の不十分な対応に抗議するデモを行い、一部道路を封鎖したのだ。
デモは8月20日にもスワイダー市のサイル広場(カラーマ広場)、シャバキー村、ラハー村、サアラ村、ムナイズィル村、ウルマーン村、アリーカ村、ミヤーマース村、サフワト・フドル村など発生、多くの商店がこれに応じて店舗を閉じ、抗議の意思を示した。
そしてこの日からデモは途絶えることなく連日行われるようになった。
8月21日にはスワイダー市のサイル広場で、8月22日には、スワイダー市に加えて、アラブ大革命(委任統治時代の反仏蜂起)の英雄的指導者スルターン・バーシャー・アトラシュの廟があるクライヤー町、シャフバー町、バカー村、ムルダク村、マジュルーサーラ村、ラハー村、サミーア村、ムジャイミル村、ウルマーン村、クライヤー町、ハッラーン村、カイスマー村、そしてダルアー県のナワー市で抗議デモが発生した。
8月23日には、スワイダー市のサイル広場、マズラア町、サアラ村、サリーム村、アリーカ村、ハルサー村、ヤンマト・ハーズィム村、ジュナイナ村、ラハー村、クライヤー町、カナワート市、サーラ村、ダーマー村などでデモが行われた。8月24日には、スワイダー市のサイル広場、クライヤー町、サーラ村などでデモが続けられた。
体制打倒を主唱するデモへ
そして、この過程で抗議の声は徐々に過激さを増していった。政府の無策を非難し、対応を求めていたデモは、2011年3月に始まった「アラブの春」さながらの反体制デモへと変容していった。
「さぁ、出ていけ、バッシャール」、「シリア国民は一つ」、「逮捕者が欲しい」、「暴君が倒れるまで不服従」、「シリア万歳、バッシャール・アサドは倒れる」、「専制反対、汚職反対、法治国家賛成」、「宗教はアッラーのもの、祖国はみなのもの、宗派主義反対、軍事国家反対」ーー参加者はこれらのスローガンが書かれたプラカード、「シリア革命」の旗(フランス委任統治領シリアの国旗)を掲げ、「シリアは自由、自由…イランは出ていけ」などといったシュプレヒコールを連呼するなどして、体制打倒、シリアでの政治的移行について定めた国連安保理決議第2254号の履行を要求するようになった。
また、8月21日には、ドゥルーズ派のシャイフ・アクルの1人で、反政府的な立場で知られるアブー・ワーイル・ハンムード・ハンナーウィーがクライヤー町を訪れ、デモ参加者らと面談、連帯の意思を表明した。
拡大・波及するデモ
8月24日になると、シリア政府の支配が及ばないシリア北西部や南東部が呼応した。「シリアのアル=カーイダ」として知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)の支配下にあるイドリブ県のアティマ村、カルブ・ルーザ村、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア自治局の支配下にあるダイル・ザウル県のヒサーン村でスワイダー県との連帯を表明するデモが発生した。
これらのデモは、体制打倒を訴えているという点で反体制デモではある。だが、それは、シャーム解放機構やPYDにとっては好ましからざる要求を求めてはいないという点で、官制デモと言っても過言ではなかった。
デモが始まってから最初の金曜日の8月25日には各地で抗議デモが拡大した。
連日数百人が参加してデモが続けられいたスワイダー市のサイル広場では、シリア人権監視団によると、約4000人が集まって抗議行動が行われたほか、クライヤー町、フート村でも同様のデモが行われた。
それだけでなく、2018年にシリア政府の支配下に復帰したダルアー県でも、ブスラー・シャーム市、ムザイリーブ町、ナワー市、タファス市、マハッジャ町、タイバ町、フラーク市、ジャースィム市、ダーイル市、シャジャラ町、サフム・ジャウラーン村で抗議デモが行われた。
シャーム解放機構の支配下にあるイドリブ県のイドリブ市、アティマ村、カッリー町、ダルクーシュ町、ジスル・シュグール市、ヒルバト・ジャウズ村、ビンニシュ市、カーフ村、ダイル・ハッサーン村、カフルルーヒーン村、アレッポ県のアターリブ市、トルコの占領下にあるアレッポ県のバーブ市、ラーイー村、マーリア市、アアザーズ市、アフリーン市、ハサカ県のラアス・アイン市、ラッカ県のタッル・アブヤド市、北・東シリア自治局の支配下にあるラッカ県のラッカ市、ダイル・ザウル県のアズバ村、マイーズィーラ村、ジャルズィー村、シュハイル村でも、スワイダー県との連帯と体制打倒を求めるデモが行われた。
8月26日には、スワイダー市のサイル広場、マラフ町、ラーヒサ村、ミヤーマース村、ウルマーン村、サリーム村で、8月27日には、スワイダー市のサイル広場、マジャーディル村、シャフバー町、ムルダク村、フワイヤー村、ウルマーン村でデモが続けられた。このうち、8月27日のデモでは、一部暴徒がスワイダー市のバアス党のスワイダー支部指導部ビルや政府関連施設に押し入り、これを一時占拠、封鎖するといった過激な行動が見られた。
勢いが止まるデモ
しかし、デモがこれ以上高揚することはなく、8月28日以降はスワイダー市のサイル広場以外の場所で抗議行動はほとんど行われなくなっている。
むろん、2回目の金曜日となる9月1日には、スワイダー市のサイル広場では約2000人が集まる一方、ウルマーン村、マラフ町、ダルアー県のダルアー市、ブスラー・シャーム市、フラーク市、ジャースィム市でデモが発生した。また、シャーム解放機構の支配下にあるイドリブ県ファウズ・ザウフ村、アティマ村の国内避難民(IDPs)キャンプ、アレッポ県アターリブ市、ダーラ・イッザ市、トルコの占領下にあるアレッポ県のマーリア市、バーブ市、カフラ村、スーラーン・アアザーズ町、ジャラーブルス市、アフリーン市、ジャンディールス町でも連帯を訴えるデモが発生した。
3回目の金曜日となる9月8日には、スワイダー市のサイル広場、シャフバー町、ダルアー県のフラーク市、ジャースィム市、ジーザ町、ブスラー・シャーム市、タファス市、ダルアー市でデモが行われ、シリア人権監視団はサイル広場でのデモはこれまでで最大規模の「数千人」が参加したと発表した。だが、シャーム解放機構の支配地、トルコの占領地、北・東シリア自治局の支配地で、これに呼応する動きは見られなかった。
政府の冷静で「つれない」対応
デモの勢いが止まったのは、シリア政府の冷静で「つれない」対応があったからだとも考えられる。
反体制派(とりわけデモを唱道する活動家たち)は、「アラブの春」の時と同じように、政府がデモを力で抑え込み、弾圧への怒りがデモの拡大や欧米諸国の干渉を誘発することを期待していたのかもしれない。
だが、当局による弾圧は、シリア人権監視団が、8月21日にダルアー県のナワー市とサナマイン市で強制排除が行われたと主張した2件だけだった。スワイダー県のサイル広場で連日続けられるデモに警察、治安部隊、あるいは軍が介入することはない。
シリア政府はまたデモを黙殺し続けた。8月24日にスワイダー県がフェイスブックを通じて、以下の通り発表しただけで、それ以外にいかなる公式な見解も示してはいない。
政府の懐柔策
むろん、政府が何の対応もしていないわけではない。
アサド大統領は8月24日、2023年法令第20号と第21号を施行し、教職員および技術職員の報酬額を修正し、教職員の月収を200%、技術職員の月収を100%、国内の病院や保健センターで勤務、あるいはこれらと契約している医師と退職者に対する医療関連補償金を100%増額した。
また8月27日には、2023年法令第27号を施行し、技師、獣医、地質関係者、地質物理学関係者の常勤職員、契約職員対して、給与の50%分の補助金を支給すると定めた。
さらに、8月28日には、2023年法令第30号を施行し、所得税法(2023年法律第24号およびその修正条項)の一部修正を行い、累進課税の課税金額と税率を変更した。また、同日には2023年法令第31号を施行し、国立機関に勤務する医師の定年を65歳まで延長するとともに、70歳まで年度更新を可能とすることを定めた。
一方、国内通商消費者保護省は、ハイオクガソリン(オクタン価95)、ディーゼル(灯油)、燃料、液化ガスの価格を値下げすると発表した。価格改定は産業部門などへの配給が目的で、これによりハイオクガソリンは1リットルあたり14,700シリア・ポンドから14,600シリア・ポンド、ディーゼルは12,800シリア・ポンドから12,360シリア・ポンド、燃料は1トンあたり8,532,400シリア・ポンドから8,256,600シリア・ポンド、液化ガスは1トンあたり10,040,000シリア・ポンドから9,978,600シリア・ポンドとなった。
国防省も8月25日にフェイスブックを通じて声明を出し、一部のサイトでシリア軍やシリア国民に混乱と悪影響を与えようとする偽の情報が拡散されているとしたうえで、シリア軍に関する告知はフェイスブックの公式アカウント以外を通じては行われず、それ以外のメディアを通じて行われる告知は事実無根で信用できないと注意喚起した。
だが、これらの一連の措置が抗議デモへの対応だとして説明されることはなかった。
救いの手を差し伸べようとするシャーム解放機構
シリアでの「アラブの春」は、抗議デモと弾圧によって国内が混乱に陥るなか、アル=カーイダの系譜を汲む組織を含むイスラーム過激派が台頭し、反体制派はその力に依拠することで、体制を打倒し、自由と尊厳を実現しようとする過ちを犯した。そして、政府の対照的な対応とは裏腹に、過激派は伸び悩む抗議運動に相変わらず救いの手を差し伸べようとしている。
シャーム解放機構のアブー・ムハンマド・ジャウラーニー指導者は9月8日、幹部とともに、トルコ国境に近いイドリブ県のスンマーク山(ハーリム山)地方の村々の名士らと会談した。
名士らの陳情に耳を傾けたジャウラーニー指導者は以下の通り述べたのだ。
スワイダー県の住民を抗議デモへと駆り立てている最大の要因は、12年におよぶシリア内戦による破壊、欧米諸国による経済制裁、コロナ禍、そして今年2月6日に発生したトルコ・シリア地震など次から次へと問題が発生し、2020年3月に国内での主要な戦闘が収束したにもかかわらず、生活状態や経済が一向に改善しないことにある。
山積するこれらも問題を一気に解決する手立て、あるいは一気に解決し得る当事者が存在しないなか、体制打倒という要求は、不満のはけ口にはなっても、事態の打開をもたらすものではない。そして、デモの唱道者や参加者が自らの焦燥感を解消しようとして、過激な言動を繰り返すのであれば、それはアル=カーイダに代表される過激派を喜ばせるだけで、誰の得にもならない。