日本型雇用の課題とこれからの雇用社会②~雇用改革のファンファーレ~
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「日本型雇用の課題とこれからの雇用社会 ~昭和的働き方から脱却せよ」のイベントレポート第2回。第2部の講師は倉重公太朗です。日本経済低迷の根幹にあるのは、閉塞的な日本的雇用システムにあるのではないかという指摘も多くされるようになってきました。雇用の流動性が低く、働きがいが見いだせない中で、企業として、個人として、ひいては日本の雇用社会として、どのような方向性を目指すべきなのか。これからの雇用社会について考えます。
<ポイント>
・昭和的な正社員像を抜本的に変えるには
・先進国で日本だけ「賃下げ」になっている現実
・働き方改革の弊害とは?
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■日本型雇用の問題点を考える
倉重:改めまして、簡単に自己紹介をさせていただきます。昭和55年生まれ、松坂世代やロスジェネと言われる世代の弁護士の倉重です。今は独立して自分の名前の事務所でしていますが、ずっと労働法系の事務所に勤務していました。労働法系の本をたくさん出させていただいていますが、その中から、『雇用改革のファンファーレ』というタイトルのアップデートした内容をお届けします。
日本型雇用の大きな問題点は、やはり非正規雇用です。正社員というメンバーシップが守られていることによって、景気変動に応じたバッファーはどうしても必要になります。
その中で非正規の人たちだけが割を食っているのです。何かあったときにまず切られるのは非正規です。今回のコロナにおいても、正社員は休業補償や休業手当が出ます。非正規のほうはシフト制が多いですから「シフトが決まっていないところには休業手当も出ません」と言って差があったりします。法的にはおかしくないのですが、二項対立、身分制のような形で本当にいいのでしょうか。
安倍前々首相は「非正規という言葉をなくす」と言いましたが、先ほど濱口先生がおっしゃっていたとおり、「何らかの手当や休暇が少し増えます」程度の話で終わってしまっているわけです。
問題の本質は、そもそもの昭和的正社員構造が残っていることで、非正規の方が割を食ってしまっている現状です。
まずは昭和的な働き方から変える必要があります。昭和的な働き方とは、長時間働いて、会社の仲間とは飲み会でも一緒で、全国転勤も受け入れながら仕事をしている人です。家庭のことは奥さんに任せてずっと仕事をしていました。育児や介護、あるいは労働人口の減少で、そういう働き方ができる人が少なくなっています。多様な人に働いてもらうために、もっと働く環境を良くしなくてはいけません。
労働時間は環境を良くする1つのファクターにすぎません。人事制度、賃金制度、評価制度、教育研修、テレワークの有無も全部含めて、働き方改革を考えなくてはいけないのです。
「多くの人にとってパフォーマンスが上がるための組織をつくること」を考えるのが目的であって、労働時間は手段でしかありません。手段と目的というのを入れ替えてはいけないのです。
■昭和的な正社員像を抜本的に変えるには
高度経済成長期に出来上がった判例法理によって、労働契約法に「解雇権濫用法理」と「不利益変更法理」が入りました。当時の時代背景と、令和における働き方が全く違います。未来に対する考え方や、雇用に対する考え方も違うのに、法律は一緒で本当にいいのでしょうか。
政府も少しずつ法改正をしていますが、ここ数十年は継ぎはぎ的な改正をしているだけで、根本的なところに手を付けられていません。これからの働き方のグランドデザインを見直し、昭和的な正社員像を抜本的に変えるにはどうすればいいのでしょうか。
まず、日本がどういう立場に置かれているのかを知る必要があります。
近年トヨタの社長や経団連会長などからも「終身雇用は難しい」という話が出ました。年功序列・終身雇用というのは、人口が増えて経済が拡大しているという再生産のステージでしか使えない話です。40年後に会社がどうなっているのかは誰も分かりません。
十数年後に日系企業の雇用が非常に少なくなって、正社員は特権階級のように一部の人だけのものになってしまう可能性があります。
そうならないために、雇用をできる限り流動化すべきだと思います。一人ひとりの労働者のレベルで見ると、「セーフティネットをどう構築していくか」「能力、キャリア開発はどうあるべきか」ということをセットで考えるべきです。
■世界的にも日本の賃金は上がっていない
2000年代初頭の実感なき景気回復期といわれていた時、GDPは10%ぐらい伸びていました。それに応じて賞与だけは上がっていますが、給与はほぼ上がっていません。
これは「不利益変更法理」があって下げられないからです。もともと賃金には下方硬直性という性質があります。それを法律で後押し、解雇規制もかかっているから、上方にも硬直性が出てしまっているのではないかと思います。日本だけずっと賃金が変わっていないどころか、むしろ微減しています。
同一労賃によって多少非正規の処遇は上がっていますが、正社員の処遇は下がっているか横ばいです。結局財布が1個なのでそうなるのが当然で、問題の根本的解決にはなっていません。
あと、「非正規が4割を超えているのがけしからん」と国会でも聞いたことがあります。その理由は、高年齢者雇用が増えているからです。
これから65歳を超えて70歳までの努力義務が課されると、高年齢の非正規の人はさらに増えます。これはみなさんがイメージする非正規と違いますよね。「正社員になりたいけれども非正規にしかなれなかった」というケースを不本意非正規というのですが、2020年のところで下がっています。むしろ今は正社員になれる状態にあるということです。
非正規問題の根本というのは、結局は賃金原資が限られている中で、どう適正に分配するかというお話に帰着するわけです。今回のコロナ騒動もそうですけれども、不景気のときに非正規だけが割を食うという構造がおかしいのです。
これを本当に変えたいのだったら、同一労働同一賃金のような小手先の話ではなくて、正社員の解雇規制のほうに踏み込むのが本質的な在り方なのだろうと思っています。
裁判例で、労働者を解雇する際には単なる成績不良では駄目で、「企業運営や経営に重大な支障や損害を生じる恐れがある」という理由が必要です。
大会社になればなるほど企業経営に重大な損害などそうそう受けないので、なおさら解雇できなくなっていきます。
直近で言いますと、センバ流通事件という裁判例がありました。
昨年の緊急自体宣言に入ったすぐに起こった仙台の観光タクシー会社の事件です。仙台で観光客などが全く来なくなったので、社長も借り入れなどをして、3,000万円ほど会社に入れているのです。何とか運転資金を回している会社でも解雇が駄目だと言われた事例です。
整理解雇というのは、ジョブ型においては最も正当なはずなのですが、メンバーシップ型においては「けしからん」と言われます。「正社員を切るのだったら、非正規を先に切れ」と言われるのも、非正規差別を招いてしまっています。
■変わらない労働時間問題
あとは労働時間のお話です。「1分でも残業したら割増賃金」という考え方は、明治時代の工場法の時代から引き継がれているものです。1時間働けば物が多く生産されるという工場労働でしたら分かりますけれども、ホワイトカラーにおいては本当に必要でしょうか。
4時間で考えた企画と8時間で考えた企画は後者のほうが2倍素晴らしいとは限りません。またリモートワーク中でも、数分間家事や育児をすることはあると思います。その時間をいちいち労働時間から引いていくのでしょうか。
それよりも、ある程度の裁量を与えて「その日の仕事を達成できているか」という視点を持った働き方というものがあっていいのではないでしょうか。
今も裁量労働制などがありますが、あまりに硬直的で使えない制度です。もちろん、過労死と健康被害は防止すべきなのですが、一方で1分働いたら1分残業代を出すという考え方は絶対正しいのかということには疑問を持っています。特にそれを労働基準法という強行法規で、刑事罰付きで強制する必要があるのだろうかと思います。
これからの働くということを考えるときに、「働き方改革の弊害」というものは意識しておかなくてはいけないと思っています。
働き方改革関連法は「労働時間の上限規制」と「有休5日消化義務」で構成されています。
つまりできる限り働かないほうがいいというメッセージを出しているわけです。今若い世代などを中心に、「働くことは損だ」「良くないことだ」と思ってしまっている人も本当に一定数いるのです。
一方で、若い世代でも自発的に業務の時間以外にも勉強したり、社外と交流したりしている人もいます。10年後には非常に大きな差がついてしまうでしょう。今は会社も一定数の仕事を覚えさせるために少し圧をかけることができない時代です。人事や労働組合がきちんと導いてあげないといけない難しい時代になってきています。
えさを与えるのではなく、えさの取り方を教えなくてはいけないという話です。しかも業務命令ではない形で進めていくことを考えなければいけません。
雇用の流動化をさせるという意味で、「解雇規制をどうするか」ということが一丁目一番地になってきます。
あとはテクノロジーの発達によってUber的なギグワークもできるようになってきます。労働者に限らず働く人をどうやって守っていくべきかという視点も今後重要になってくるだろうと思います。これは世界的に議論されている話です。
そしてAI、テクノロジーの進化によって、業務の在り方も変わってきます。よくAIに仕事を奪われるという記事もあったりしますが、絶対人がやらなくてはいけない仕事というものは残ります。
そこにフォーカスした人材をどうやって育てていくべきなのか、自分でどう仕事を選択して、「これから自分はどうなっていきたいのか」ということを一人ひとりが考えることが大事です。「この会社に全部の運命を任せます」といった昭和的な働き方から、組織も個人も大きく変わっていかなくてはいけません。
これはMarco・Biagiという財団の写真です。彼は労働法学者で政治家になって、イタリアの労働法改革をしました。正確に言えば、改革をしようとしている中で暗殺されたのですが、彼の想いを継ぐ人たちが雇用改革を成し遂げたのです。
イタリアも解雇規制ががちがちの国で、よくストライキなどもしています。労働組合が強い中で、解雇の規制緩和や金銭解決を導入すべきだと言っていました。彼は自転車に乗っているときに左派の労働組合に暗殺されてしまうのです。しかし、彼の自転車のライトは未来を照らしていました。彼の想いは後世に伝わっていったのです。私も機会があるたびに伝えていこうと思います。
■「これからの働く」はどう変わるか
どのような雇用社会を目指すべきなのかを個人的にいろいろ考えてみました。
これが絶対正しいと言うつもりもないですし、「もっとこうしたほうがいいのではないか」という議論をするための案として考えてみました。
まず解雇の金銭解決制度というのは一丁目一番地です。これを実効性のあるものにしていくために、「勤続年数に応じて何カ月分」というような解決金が支払われる方法と考えています。例えば払わないと解雇が有効にならない、あるいは払わなかったら労基署が指導するということが考えられます。
倒産企業などに関して未払い賃金の立て替え制度というものがありますから、似たような形で国が最終支払い責任を負う形にできれば取りっぱぐれもありません。
イタリアで解雇の金銭解決が導入された以降に視察に行ったのですけれども、裁判官の方々が、「我々は計算機になりました」と言っていました。つまり解雇が有効かどうかを判断するのではなく、今は何年勤めたかを判断するだけだと言っていました。ずいぶん変わったと思います。
妊娠中の人や介護休業中、労災の人など、一部解雇の金銭解決になじまない人もいたりするので、その辺りの例外をどう考えるかも大事です。この法律が変わると雇用慣行や転職の在り方などが変わっていくと思います。雇用慣行など、会社が努力すれば変えられるかもしれません。
集団的労使関係はとても大事なので、これを中心とした労働条件の設定はできないかと思っています。詳しくは『ジョブ型雇用社会とは何か』にも書いてあるのですけれども、労働組合という在り方は限界ではないかと思っています。
組織率が17%ぐらいで非常に低いし、中小企業だとほとんどありません。非正規を入れるような職場の委員会のような形にして、いろいろな労働条件などを決める形にできないだろうかと考えています。
あとは「高度プロフェッショナル制度」について。適用されているのは今414人しかいないようです。少し前まで30人ぐらいだったので増えたのですが、それでも全国で400人程度。本当に使えない制度になってしまっています。企画業務型裁量労働も東京の中の0.3%しか適用されていません。
本当は労使で「このような業務に関しては、労働時間は適用除外。最低限収入はこれぐらいの人」ときちんと話し合って線引きを決める仕組みが必要です。
最近よく言われるようになってきたのは退職金の税制優遇です。これは終身雇用制度の名残りです。退職金だけ優遇する必要がもはやないと思っています。税制優遇されているから、企業も退職金をたくさん出さないといけなくなるし、「退職金があるから辞められない」という悪循環になっています。
あとはセーフティーネットという意味での失業保険です。ドイツなどは失業者を公共職安が派遣して仕事をしてもらう制度があります。もちろん今でも一定の受講などをしたら失業保険が増える制度はあるのですが、そういったセーフティネットを拡充していく方向で考えています。
公的マッチングについても、先日、東大の経済学者の方と対談しました。マッチング理論、ゲーム理論は非常に進んでいます。日本の雇用のパイをどうやったら最適化できるかというお話もあるのです。例えば国が就職フェアをして、多くの人や企業が参加すればするほど、精度の高いマッチングができるようになっていきます。
イタリアでも言われていますが、解雇規制を緩和するのであれば、税制や社会保障面でインセンティブを与えて、働く人を保護する仕組みを考えるべきです。労働者の枠組みを拡張するのではなく、別の概念をつくるといいうほうが正しいと思います。
この講演が「日本型雇用のグランドデザインはどうあるべきか」ということを考えるきっかけとなれば幸いです。最後に好きな言葉を載せておきました。
人生は短いので、自分の夢を生きましょう。自分で選択してチャンスはつかんでいきましょう。
(つづく)
2021年11月29日開催
「日本型雇用の課題とこれからの雇用社会~昭和的働き方から脱却せよ~」
より抜粋編集の上掲載。
【登壇者】
■倉重 公太朗(KKM法律事務所)
■白石 紘一(東京八丁堀法律事務所)
■濱口 桂一郎(独立行政法人労働政策研究・研修機構)
■芦原 一郎(弁護士法人キャストグローバル)