Yahoo!ニュース

ホロコーストで村人のほとんどが殺害されたポーランドのユダヤ人集落を1938年に撮影の個人動画が映画に

佐藤仁学術研究員・著述家
(C) Family Affair Films

第2次世界大戦時にナチスドイツが約600万人のユダヤ人やロマ、政治犯らを殺害した、いわゆるホロコースト。ホロコーストの生存者や当時の様子など実話に基づいた映画やドラマは毎年欧米で制作されている。そして「Three Minutes: A Lengthening」という映画が製作された。

「Three Minutes: A Lengthening」ではナチスドイツがポーランドに侵略する前の1938年のポーランドのナシェルスクという小さな村に住むユダヤ人集落が舞台だ。デビッド・カーツ氏というその村出身でアメリカに移住した人が妻とともに、幼少時代に過ごしたポーランドのふるさとの村を訪問した際に、当時では貴重だった動画で撮影した映像が映っている。カーツ氏が撮影したポーランドのユダヤ人集落の3分間の映像を元にした映画である。今ではスマホで何分間でも誰もが簡単に動画撮影ができるが、今から80年以上前では旅行した時の映像を動画で撮影して残すことは誰もができることではなかったので、とても貴重な映像である。映像そのものはカーツ氏が幼少時に育った村の様子なので、老若男女のユダヤ人らがカメラに向かって笑いかけたりしているだけの映像である。

だがこの映像に出ているユダヤ人のほとんどが翌年の1939年9月にナチスが侵攻してきてから、ゲットーに収容され、アウシュビッツ絶滅収容所などに送られて殺害されてしまった。ナチスドイツはユダヤ人集落のユダヤ人を一人残らずゲットーに送ったのでほとんどが生き残っていない。

デビッド・カーツ氏の孫で作家のグレン・クルツ氏がこの映像を見出して、動画はアメリカのホロコースト博物館に寄贈され、グレン・クルツ氏は「Three Minutes in Poland: Discovering a Lost World in a 1938 Family Film」という本も書いている。アメリカのホロコースト博物館ではこの動画だけでなく、ホロコースト前の貴重な映像をデジタル化してYouTubeでも公開している。

▼「Three Minutes: A Lengthening」オフィシャルトレーラー

ホロコースト映画と記憶のデジタル化

ホロコーストを題材にした映画やドラマはほぼ毎年制作されている。今でも欧米では多くの人に観られているテーマで、多くの賞にノミネートもされている。日本では馴染みのないテーマなので収益にならないことや、残虐なシーンも多いことから配信されない映画やドラマも多い。たしかに見ていて気持ちよいものではない。

ホロコースト映画は史実を元にしたドキュメンタリーやノンフィクションなども多い。実在の人物でユダヤ人を工場で雇って結果としてユダヤ人を救ったシンドラー氏の話を元に1994年に公開された『シンドラーのリスト』やユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン氏の体験を元にして制作され2002年に公開された『戦場のピアニスト』などが有名だ。史実を元にした映画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の授業で視聴されることも多い。この映画「Three Minutes: A Lengthening」もノンフィクションである。ドキュメンタリーなのでホロコースト教育の教材にも活用されやすい。

一方で、フィクションで明らかに「作り話」といったホロコーストを題材にしたドラマや映画も多い。1997年に公開された『ライフ・イズ・ビューティフル』や2008年に公開された『縞模様のパジャマの少年』などはホロコースト時代の収容所が舞台になっているが、明らかにフィクションであることがわかり、実話ではない。

この映画は個人が旅行をして村の日常生活を撮影した映像が貴重なデジタル化された再現動画であり、ホロコースト教育だけでなく歴史学や社会学、民俗学の研究においてもホロコースト前のユダヤ人集落をおさめた貴重な映像である。

戦後75年が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。ホロコースト生存者は現在、世界で約24万人いる。彼らは高齢にもかかわらず、ホロコーストの悲惨な歴史を伝えようと博物館や学校などで語り部として講演を行っている。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。デジタル化された証言や動画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。ホロコースト映画をクラスで視聴して議論やディベートなどを行ったり、レポートを書いている。そのためホロコースト映画の視聴には慣れている人も多く、成人になってからもホロコースト映画を観に行くという人も多い。またホロコースト時代の差別や迫害から懸命に生きようとするユダヤ人から生きる勇気をもらえるという理由でホロコースト映画をよく見るという大人も多い。

世界中の多くの人にとってホロコーストは本や映画、ドラマの世界の出来事であり、当時の様子を再現してイメージ形成をしているのは映画やドラマである。その映画やドラマがノンフィクションかフィクションかに関係なく、人々は映像とストーリーの中からホロコーストの記憶を印象付けることになる。

▼米国のホロコースト博物館がデジタル化して公開しているホロコースト前のユダヤ人の生活を撮影した貴重な映像

▼「Three Minutes: A Lengthening」の1シーン

(C) Family Affair Films
(C) Family Affair Films

(C) Family Affair Films
(C) Family Affair Films

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

佐藤仁の最近の記事