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アンジーの新作映画にビックリ 旧日本軍の捕虜虐待シーンが凄惨すぎる

木村正人在英国際ジャーナリスト

日本国内の歴史論争がもたらす弊害

海外暮らしが長くなると、首相の靖国神社参拝や旧日本軍「慰安婦」問題をめぐる日本国内の歴史論争が百害あって一利もないことを痛感させられる。

産経新聞の古森義久ワシントン駐在客員特派員は「慰安婦問題 国辱晴らすとき」と題したコラム(今年9月)で「朝日新聞の慰安婦問題での誤報の訂正と記事取り消しがついに米国側の関係者らに直接のインパクトを及ぼし始めた」と指摘している。

しかし、ロンドンではそんな動きはまったく確認できない。そればかりか、日本に対する風当たりが次第に冷たくなってきているように感じられるのは筆者の取り越し苦労か。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)特使として「紛争下の性的暴力追放」キャンペーンに取り組む米人気女優アンジェリーナ・ジョリーが監督を務めた第二作『アンブロークン』の予告編を見て、思わず目を覆いたくなった。

先の大戦で旧日本軍捕虜となった元米軍兵ルイス・ザンペリーニの不屈の生涯を描いた伝記を原作にした映画だ。オーストラリアですでに公開され、全米でも年末から公開される。

ザンペリーニは1936年のベルリン五輪に長距離ランナーの米国代表として出場。その後、飛行機乗りとして太平洋戦争に出征した。43年5月に、乗務していた捜索機がエンジンの不調で太平洋に不時着し、47日間漂流した。

マッカーサーに指名手配された日本兵

西太平洋のマーシャル諸島近くで、ザンペリーニは旧日本軍に発見される。日本国内の捕虜収容所に約2年半収監され、「バード(鳥)」と呼ばれる日本兵Wに目をつけられ、徹底的に虐待される。

Wによる戦争捕虜(POW)虐待は米軍に知れ渡っており、戦後、連合国総司令部(GHQ)のマッカーサー司令官は戦争犯罪者としてWを指名手配する。

しかし、Wは主権が回復する52年まで逃げ切り、罪を免れた。捕らわれていたら、間違いなく有罪になっていた。

晴れて社会復帰したWは保険代理業で成功を収め、オーストラリアのゴールドコーストに別荘を構えるまでになった。ザンペリーニとWのドラマはこれで終わらない。

98年の長野冬季五輪に聖火ランナーとして参加したザンペリーニはWに面会を申し入れる。しかし、Wは面会に応じないまま、2003年4月に死亡。ザンペリーニも今年7月、肺炎のため97歳で亡くなった。

非の打ち所がないザンペリーニと救いようがないWの生きざまが残酷なまでのコントラストを描きだし、ザンペリーニの魂をこれ以上ない高みまで引き上げるのだ。

戦争捕虜作品が相次ぐ理由

今年、日本でも公開された英・豪合作映画『The Railway Man(邦題:レイルウェイ 運命の旅路)』は旧日本軍の拷問を受けた英国人元戦争捕虜と日本人憲兵隊通訳の再会と和解がテーマだった。

それでも憲兵隊の拷問シーンは直視できないほど残酷だった。

タイとミャンマーを結ぶ泰緬鉄道の建設に駆り出されたオーストラリア人戦争捕虜の体験を通じて戦争と人間の尊厳を問いかけた小説『The Narrow Road to the Deep North(奥の細道)』に英文学賞のマン・ブッカー賞が贈られた。

古くは、アカデミー賞作品賞を受賞した英・米合作映画『戦場にかける橋』(1957年公開)、大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』(83年公開)も旧日本軍の戦争捕虜虐待を取り上げているが、アンジーの『アンブロークン』で日本兵Wは性的サディストとして描かれている。

来年の戦後70年を前にして、米国や英国、オーストラリアと先の大戦で敵対した日本の間にクサビを打ち込む映画や小説がこれだけ次から次へと脚光を浴びるのは、日本国内で激しさを増す歴史論争と無縁ではない。

否定文で歴史を語る危険性

「真正保守」と位置づけられる論客や政治家から強烈に漂う歴史修正主義の臭い、「あの戦争で日本は何一つ悪いことはしていない」「アジア解放のために戦ったのだ」という偏った主張に欧米社会は反応し、日本は自国に都合良く歴史を書き換えようとしているという危惧を抱いている。

朝日新聞が旧日本軍「慰安婦」報道の一部の過ちを認め、取り消したことで、「日本は中国や韓国との歴史戦争を断固として戦い抜くべきだ」と勢いづく人たちがいる。旧日本軍の拡張主義がもたらした戦争の責任を認めようともせず、政治家も一部メディアも戦争の歴史を否定形で語ることで、責任の所在をあいまいにしてしまおうとしている。

否定文の厄介なところは否定がどこにかかるのかはっきりしないことだ。部分否定が全面否定にすり替えられる狡猾なレトリックが氾濫し、日本国内で激しい歴史論争を巻き起こしている。日本の良き理解者である英国の親日家もこうした空気に懸念を強めている。

日本は中国共産党が正統性を強化するため抗日ナショナリズムを歴史教育で培っていると主張するが、日本も右翼ナショナリズムを集団的自衛権の限定的行使容認や、引いては憲法改正に結びつけようとしていると勘ぐられ始めている。

総選挙で地滑り的勝利を収めることができたとしたら、安倍首相は来年の戦後70年に向け、何をするつもりなのだろう。筆者は先の大戦で起きた旧日本軍の残虐行為について包み隠さず、歴史教科書に掲載し、しっかり次世代に語り継いでいくべきだと考える。

その上で、これまで通り日本の戦争責任を明確に認める戦後70年の安倍談話を出す。それで不毛な歴史論争は終わりにしよう。日本国内の歴史論争が韓国や中国のナショナリズムに火をつけ、今度は日本に跳ね返ってくる。これほど日本の外交・安全保障にとって危険なことはない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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