複雑な問題の解決に役立つ穴埋め思考:推論ベース方略と記憶ベース方略
ものづくりでは、「こういうものを作る」というイメージはあるものの、そこに至る実際のプロセスがわからないことがあります。また、そのプロセスでトラブルが起こり、その解決方法が見つからないこともあります。
こういうとき、私たちの頭では「どうすれば目指している状態に近づくか」を予測します。
こうした場面での予測方法として、2種類の方法があります(松林・三輪・寺井, 2019)。
1つは、推論ベース方略です。
推論ベース方略とは、ものごとの原因となる構造に注目した予測方法です。
例えば「こういうものを作る」とイメージした場合、作りたいものの構造は「きっとこうなっているだろう」と推論し、そのプロセスを予測します。また、トラブルの場合は、その原因となる構造に注目し、「きっとこれが原因だろう」と推論して、その解決プロセスを予測します。
もう1つは、記憶ベース方略です。
記憶ベース方略とは、過去にやったことや起こったことの原因と結果を事例として記憶し、その記憶をもとに予測する方法です。
例えば「こういうものを作る」とイメージした場合、過去に似たものを作ったことはないか思い出し、その記憶を参考にしてプロセスを予測します。
トラブルの場合は、過去に似たトラブルが起こっていないかを思い出し、その原因と結果をもとに、目の前のトラブルの解決プロセスを予測します。
いわば、過去の記憶を参考に、目の前の課題を穴埋め式で予測する方法です。
では、どちらの方が優れているのでしょうか?
これは、取り組むことの複雑さによって変わるようです。
松林・三輪・寺井(2019)では、推論ベース方略と記憶ベース方略を比べた場合、予測する対象があまり複雑ではない場合は推論ベースが有効で、複雑な場合は記憶ベースが有効と示されています。
ものづくりの現場で観察したりお話を伺うと、この2つを明確に区別して使っている人はあまりなく、実際には両方活用している、と見て取れます。
例えば、ものづくりを行う中で、「こういうとき、こうなった1」、「こういうとき、こうなった2」、「こういうとき、こうなった3」という経験が記憶に積み重なっていきます。
その後、何かを作りたいと思ったとき、類似した「こういうとき、こうなった」がある人ほど、「こうすればいいのでは?」を予測しやすくなります。
このような事例に注目した記憶方法は、仕組みや構造のみに着目さる場合よりも、認知負荷が低いことが知られています(kalyung, 2009)。
つまり、初心者にとってはより学びやすい方法ということになります。反対に、初心者に仕組みや構造のみを説明する場合、予測のしやすい課題を通して実践をする必要があり、いきなり現実にある複雑な課題を扱うと、学びが進まない可能性があります。
熟練者の中には、構造や仕組みがわかるとより多くの事例を説明できることから、最初からそちらを教えたほうが早いと考える方もいます。
しかし、ここまで見てきた記憶ベース方略と推論ベース方略の違いを考えると、事例を通して原因と結果の記憶を増やす方法も十分に効果的といえそうです。
また、効果的な学習環境を実現するための手法であるインストラクショナルデザインの第一原理においても、事例を学びの中心にすることの重要性が指摘されています。
ものづくりでは、「こういうものを作る」というイメージはあるものの実際にどうすればよいのかのプロセスがわからないことや、トラブルが起きたときの解決方法が見つからないこともあります。
そうしたものが複雑な場合は記憶ベース方略、言い換えると穴埋め思考が効果的という研究を紹介しました。穴埋め思考は、事例に関する原因と結果を蓄積する中で高まります。同時に、ものづくり初心者にとっても学びやすい方法なのです。
■参考文献
・松林翔太, 三輪和久, & 寺井仁. (2019). 変則的挙動に対する記憶ベース方略に関する実験的検討. 心理学研究, 90-18018.
・Kalyuga, S. (2009). The expertise reversal effect. In Managing Cognitive Load in Adaptive Multimedia Learning (pp. 58-80). IGI Global.
・鈴木克明著(2015)研修設計マニュアル 人材育成のためのインストラクショナルデザイン, 北大路書房.