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ジョン・ボイエガを怒らせた中国向けCMがダメすぎる理由

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ジョー・マローンのアンバサダーを降板したジョン・ボイエガ(写真:ロイター/アフロ)

 イギリス生まれの香水ブランド、ジョー・マローンの中国向け広告が話題を集めている。自分がクリエートし、監督し、出演もした広告が、自分の知らないうちに、別の俳優で中国向けに作り直されていたと知ったジョン・ボイエガが、ただちにブランドのアンバサダーを降板すると発表したのだ。

 西海岸時間14日のツイートで、ボイエガは、「僕の同意なしに、僕の広告キャンペーンを中国のブランドアンバサダーで作り直すというのは間違っています」「この(CM)映像は、僕の個人的なストーリー。僕の故郷、僕の友人、家族を見せるもの。多くのブランドが各国にアンバサダーをもっているのは理解していますが、ひとつの文化をこのように侮辱的な形で交換するのは、許せません」「こんな馬鹿げたことに付き合っている時間はありません」と述べている。

 エスティーローダー傘下のジョー・マローンは、「The Hollywood Reporter」に対して、「ジョン・ボイエガの広告キャンペーンを、現地が間違った形で扱ったことについて、心からお詫びを申し上げます。ジョンは個人的なビジョンをもつすばらしいアーティスト。このCM映像はジョンの個人的な経験にもとづくもので、複製するべきではありませんでした」「私たちはすぐさま現地のバージョンを削除しましたが、これがすでに人々を怒らせ、嫌な思いをさせてしまったことは認識しています」と声明を出した。同社は、中国版に出演したリウ・ハオランにも謝罪をしている。

 この中国版CMがなぜダメなのかの理由は、複数ある。ひとつは、言うまでもなく、コンセプト自体を思いついたボイエガに黙ってやったことだ。契約内容がどうなっていたのかはわからないが、ひとこと、「中国市場では別のバージョンでやりたいと思っています」と相談すればよかったのである。ツイートで書いているように、彼も、ひとつのブランドが各国に違うアンバサダーを抱える場合があるのは知っているのだから、話も聞かずに反対することはなかっただろう。そこから、たとえば、それぞれの国のアンバサダーが、自分の体験をもとにそれぞれ違ったCMを作るという、多様性を祝福するシリーズ物にしてみせることだってできたはずだ。ボイエガには、そのシリーズ全体のクリエーター、プロデューサーの肩書きをあげればよかったのである。

 だが、ジョー・マローンは、それを、黙ってやった。そこに、「どうせ中国で黒人はウケない」「そこまでやる必要はない」という本音が見える。そしてそれはボイエガをはじめとする黒人に対する大きな侮辱であるだけでなく、その他の人々への裏切りでもある。

 ジョー・マローンは、香水ブランドとして初めて黒人男性をアンバサダーに起用することで、人種平等を推進する、オープンで、時代に合ったセンスをもつ会社だとアピールした。そしてボイエガは、自分の育ったマイノリティが多く住むエリアを生き生きととらえ、「A London Gent」というタイトルをつけた。これは、“ロンドンの紳士”という言葉からイメージされる人物像を広げる上で、とても意味のあることだ。しかし、ジョー・マローンは、あえてそのメッセージを世界全体に伝えることを拒んだのである。それは、彼らが本当にはそう信じていないということで、偽善にほかならない。

 彼らは、2015年、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」の中国版ポスターからボイエガが消された、あるいは縮小されたということも、知らなかったわけではないだろう。いや、知っていたからこそ、“中国では人気が出ないに決まっている人”を、自分たちも消したのだろうか。「あなたたちにはこういう問題、わかりませんよね。いいです、いいです、あなたたちはそのままで。香水さえ買ってくだされば。私たちにしても、大事なのはそこですから」ということだったのだろうか。そんなふうに見下されて不快に感じる中国人もいるのではないだろうか。

 今は、「#BlackLivesMatter」が盛り上がり、瞬時に情報が駆けめぐる2020年。昔なら通じたかもしれない見せかけは、もう簡単には通じない。このキャンペーンで、ジョー・マローンは、意図しなかったことを宣伝するはめになった。その授業料は、かなり高くついたことだろう。それだけのダメージに値することだったのだと、彼らは認識すべきだ。そこがわからないブランドは、これからを生き延びられない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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