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『らんまん』脚本が成し遂げた高難度なテクニックの数々

田幸和歌子エンタメライター/編集者
写真提供:NHK

スタートから一切の中弛みも尻すぼみもなく、高評価のままに残り放送2週間となった、神木隆之介主演のNHK連続テレビ小説(通称「朝ドラ」)『らんまん』。

役者陣も演出も美術も料理も、それぞれが自身の持ち場で咲き誇り、優れた仕事ぶりを見せてくれた本作。そうしたチームを支えていたのは、精鋭を集めた制作統括含むプロデューサー陣、何より作品を非常に濃厚かつ高クオリティで描き切った脚本家・長田育恵さんに他ならない。

そこで、執筆を終えた長田育恵さんにインタビュー。どうしても聞きたかった疑問点を伺った。

写真提供:NHK 長田育恵さん
写真提供:NHK 長田育恵さん

地道な「積み重ね」の細やかな描写と大胆な省略のバランス

まず本作が圧巻だったのは、万太郎の「努力し続けられる才能」が説得力を持って描かれたこと。

朝ドラは毎日15分×週5日(かつては6日)の1週分で1つの大きなうねりを描くことが多いため、あらすじありきになりがちで、「日々の積み重ね」が希薄だったり、「才能」に説得力が乏しくなったりすることが多い。

そのため、なぜ主人公がその仕事に選ばれたのか、なぜみんなに愛されているのかなどの理由が視聴者に伝わらない作品も多いのだが、『らんまん』の場合は2週目にして努力や才能が明確に提示された。

名教館に行く際、万太郎(神木)が夜が明けるのも待ちきれず、早朝から駆けていく描写があり、そこから一気に3年が経ったとして省略されたのだ。

そこまでにすでに、万太郎が病弱にもかかわらず、草花のこととなると、寝る間も食べる間も惜しんで向き合う姿が描かれている。だからこそ、3年間を描かなくとも、万太郎の努力の日々はほぼ全視聴者が容易に想像できたし、以降もずっと視聴者は描かれていない部分での努力を信じることができた。

こうした「日々の努力の積み重ね」や時間・季節の流れが丁寧に描かれる一方で、大胆に省略される部分のバランスは、いったいどのように意識されていたのだろうか。長田さんはこう説明する。

「やっぱり過程は面白いんですよね。突破があるとしたら、突破するまでが面白くて、突破したらその後のランディングのところはわりと省略できるという考え方なんです。突破するまでのベクトルを示すところにドラマが1番詰まっていて、その後のドラマのありどころは着地の仕方なんですよね。だから、テイクオフしたら省略していいという風な考え方で。ベクトルを示すところまでは丁寧に書くけど、その後は抜かしていい。例えば全国の植物愛好家との文通が始まりましたという最近のターンでは、虎鉄(寺田心)から手紙が来て、虎鉄のもとに次の理科の先生から手紙が来て、最初の返答、をしたら、その次にまた手紙がきた、と。それを受けて丈之助(山脇辰哉)が、『じゃあ、新聞広告を出してみたら』と広告を教えてくれるとか、そういう最初の突破に至るやり取りをきめ細やかに描くと、そこから7年ぐらい経ったとしても、万太郎の成長ベクトルはもう示せているので、視聴者の想像に委ねることができています。だから、全国からの標本がたくさん届き始めていて、採集の地図もこれだけ埋まっていますという着地点を示しても、ここまでどういう努力の仕方をしたかは、視聴者の方には分かってもらえるという考え方です」

写真提供/NHK
写真提供/NHK

天才を主人公に据えること

また、神木演じる槙野万太郎は、植物学者・牧野富太郎をモデルとしながらも、天真爛漫さと、周囲への目配り・共感力を持つ「人たらし」の人物として描かれていた。ともすれば視聴者の反感を買うリスクもある「天才」を主人公に据えつつ、愛される人物像が作られた背景について、長田さんはこう語っている。

「はじめから牧野富太郎という偉人伝をやるつもりはなく、槙野万太郎という、草花を一生涯愛した1人の人物を広場に見立てて、その人物の元に集まる人々や関係性、ネットワーク、それぞれの人生が咲き誇るさまを描き出そうとしていました。モデルはあるけれど、全く違う人物像として作っておりまして。万太郎には、寿恵ちゃん(浜辺美波)や子供たちなど、草花以外にも大事なものがかなりたくさんあって、大事なものが増えれば増えるほど、 彼の活動に対しては矛盾がどんどん生じてくるんですよね。家族への愛情が深まれば深まるほど、普通に働いて日銭を稼いで家族を養う方が楽な道じゃないかと誰もが考えると思うんです。でも、万太郎は寿恵ちゃんとの結婚の時も、この国全ての植物を明らかにして図鑑を完成させるという途方もない夢を結婚の盟約として2人で掲げていて。この国の植物の総量がどのくらいあるのかわからず、生まれた時に死と隣り合わせだった自分に命の時間がどれほど与えられているかもわからず、おまけに新種が見つかる度に数ヶ月単位の足止めを食らって、全ての時間を注ぎ切ったとしても、寿恵ちゃんとの盟約が果たせるかどうかということに恐怖心もあると思うんです。日銭を稼いで平凡な幸せを求める方が、2人にとって楽かもしれないのに、2人とも最初からそんな夢を求めなかった。そして、その夢を成し遂げてもらう代わりに、私もあなたと共に走り抜けるよ、という寿恵ちゃんがいるんですね。牧野富太郎さんと最大に違うところは、万太郎が愛情深さ故に弱くなっているところ、弱さ故に矛盾を抱えながらも、前に進み続けること。その前に進める力は、寿恵ちゃんとの約束もあるし、おばあちゃんのタキさんや、自分を犠牲にしても送り出してくれた早川逸馬さんなど、いろんな人の思いが夢に集まってきているので、矛盾を抱えながらもまっすぐ光が射していく方に向かうという人物像になっています」

写真提供:NHK
写真提供:NHK

理系的な難解な説明を物語に落とし込む上での工夫

本作には、酒造りや印刷技術、植物採集の仕方、新種の認定の仕方など、理系的な説明を要する箇所も多い。難しい話をわかりやすく物語に落とし込み、なおかつ心をつかむ物語にするために、どんなことを意識したのだろうか。

「専門知識がすごく必要な部分には考証の先生方が付いてくださってはいるんですけれど、考証の先生から例えば新種認定の過程の資料が送られてきたら、それを受け取って私がやることは、その中から最も私がロマンを感じる部分はどこかを考えることなんですね。知識をただ並べるだけではなくて、私自身がロマンを感じる点を、万太郎の気分の高揚に結びつけてドラマにしていきます。例えば、ヤマトグサは大窪さん(今野浩喜)と共同研究というかたちで展開し、ギリシャの植物相にまで繋がるスケール感を出したこと。また、石版印刷では、技術自体はただの事柄ではあるんですけれど、そこに江戸から続いてきた印刷技術の流れと、その先に向かう技術の革新を背景に敷くことで、印刷の工程にプラスαのロマンを載せました。基本的には、その工程や専門用語プラスロマンという方針で、難しいところにも鮮やかさを加えるようにしています」

数々の高難度な技が詰め込まれた『らんまん』。その手腕を存分に味わえた幸せを改めて噛み締めたい。

(田幸和歌子)

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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