「拡大自殺型犯罪」を防ぐために:新幹線放火事件報道から抜け落ちている自殺予防の観点と犯罪の心理学
■新幹線放火事件
報道によると、容疑者(71歳男性)は自殺を決意し、計画的に新幹線の車内で焼身自殺を図り、周囲が巻き込まれても構わないと考えて油をまき火をつけたとされています。神奈川県警は、殺人(未必の故意)と現住建造物等放火容疑を適用しています。
容疑者は死亡していますので、彼が何を考えていたのか、真実にたどり着くのは難しいでしょう。「被疑者死亡により不起訴」でしょう。仮に遺書が見つかったとしても、遺書を書いた時の気持ちのままで自殺、放火に至ったのかどうかは、わかりません。
しかし、社会に衝撃を与えたこの事件から、私たちは学ばなければいけません。
■焼身自殺とは
一般に焼身自殺は、抗議の自殺と言われています。政治的な問題など、命をかけてでも何かを強く訴えたいと感じた人の行為です。
日本でも、かつて総理の行動に反対して、国会議事堂の前で行われた焼身自殺もありました。中国政府に抗議するチベットの焼身自殺は、非暴力抵抗の極端な形だと述べる人もいます。これらの焼身自殺は、もちろん周囲を巻き込むような場所では行われません。
日本内外のさまざまな例を見ると、かなり冷静に明確な主義主張を述べて、「切腹」に近いような思いで行われる焼身自殺もあるように思えます。一方、抗議の自殺の形はとってはいますが、実際はかなり不安定な心理で行われた焼身自殺も多くあります。
■拡大自殺とは
普通の自殺は、自分だけで死のうとします。ところが、周囲の人間を殺して、自分も死のうとする人がいます。これが、「拡大自殺」です。一家無理心中も、拡大自殺の一つです。
この場合、多くは子どもだけを残すのは不憫だといった思いで殺害に至る「愛他的殺人」です。日本人は、このような無理心中には同情的なのですが、アメリカでは、何の落ち度もない子どもを計画的に殺した第1級殺人とされます。
銃乱射事件や、駅前で包丁を振り回す通り魔事件なども、拡大自殺(拡大自殺型犯罪)の一つです。犯人たちは、自分の人生を終わらせようとしますが、同時にこの世の中も終わりにしたいと思っています。
そのため、白昼堂々と顔も隠さず、犯行に及びます。逃げる気はありません。犯人は、その場で逮捕されたり射殺されることを覚悟の上で殺人を実行します。その場で自殺する人もいますし、逮捕後に「死刑にしてくれ」と語る犯人もいます。実際に、一審で死刑判決が出た後、控訴せずに死刑が確定し、死刑執行された加害者もいます。
このような拡大自殺としての大量殺人者は、絶望と孤独感に心が押しつぶされた人と考えられています。自分もこの世界も最悪だと感じてしまいます。このような人には、死刑も犯罪抑止にはなりません。
社会に生きる一人ひとりが、孤独ではない、希望はあると感じられる社会づくりが求められます。
■新幹線放火事件
一般に自殺者は、心理的視野狭窄の状態になり、柔軟で幅広い考え方ができなくなり、死ぬしかないと思い込みます。報道によると、年金のことばかり話題にし、死ぬことを考えるようになったとされています。
「死んでやる」「グレてやる」といった言葉は、一般に家族や社会に対する抗議であり、苦しい気持ちを理解してもらいたい思いを表しています。
自殺予防と犯罪防止
自殺を防止することが、破壊的な拡大自殺を防止することにもつながります。しかし今回の事件報道に関しては、自殺防止の観点から語られることがほとんどありません。
言葉は、文脈の中で理解されなくてはなりません。たとえば「ばかやろう!」といった言葉も、侮辱の意味もあれば、愛情表現や悲しみの表現もあります。
今回は、巻き込まれた女性が亡くなっていますので、「人に迷惑をかけないで死ね」「自殺するなら一人で」といった言葉も理解できなくはありません。容疑が事実なら、容疑者は殺人者です。
しかし、自殺予防の観点から見ると、自殺理由の単純化も、自殺した人への安易な同情も美化も、また激しい非難も、次の自殺を誘発する可能性があります。
同情や美化は、自分も同じことをして、周囲からやさしく思われたいという人を起こしまいます。一方激しい非難は、同じような境遇の人をさらに絶望させます。
この容疑者も、多くの人々も、夢を持って都会に、社会に、出てきます。みんなが有名人や金持ちになられわけではありません。失敗することもあります。
それでも心が健康な人は、「失敗しても、行動を改善し、目標を少し下げて再チャレンジします。自信を失うことはありません」(失敗を怖がりすぎることが、すべての問題を作る:Yahoo!ニュース個人有料)。
テロ対策は必要です。けれども、飛行機のようなセキュリティ対策を新幹線でも行うことは、現実的ではないようです。
頑張っても幸せになれないと思い込んだ人が、違法な方法を使ってでも思いを満たそうとします。絶望が、自己破滅的な行為を生み出します。どん状況でも、社会との絆(ソーシャルボンド)を失わないことが、自殺予防につながり、犯罪へのブレーキとなるのです。