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フェルナンド・トーレスは「神の子」だったのか?アトレティコの血が流れる男

小宮良之スポーツライター・小説家
観衆の声援に応えるトーレス(写真:ロイター/アフロ)

 世界的ストライカーの一人、フェルナンド・トーレス(34才)が今シーズン限りでのアトレティコ・マドリー退団を発表している。スペインの人気クラブ、アトレティコの象徴だったトーレス。この退団は、一つのキャリアの終焉に近い。なぜなら、トーレスはアトレティコというチームとの関わりによって、世界に手が届いた選手だからだ。

祖父の影響

 首都マドリードに生まれ育ったトーレスは幼い頃、アトレティコよりもデポルティボ・ラ・コルーニャのファンになりかけていたという。当時、デポルは「スーペル・デポル」という異名で人気が急上昇。なにより、父がガリシア人でデポルは故郷のチームだった。

 ところが、祖父は声を荒げた。

「デポル? どの口が言う!おまえは、アトレティコに決まっている」

 祖父は以来、孫を半ば"洗脳"した。アトレティコの選手たちが、クラブの紋章を胸にしたとき、いかにして戦うのか。その歴史を事あるごとに語った。そして毎週末、試合を見せるために孫を連れてバーへ出かけた。

「アトレティコの選手は、自分たちのチームを守るため、誇りを持って相手と戦う。その姿に胸が熱くなった。じいちゃんの話を聞きながら、自分が何者か確信したんだ」

 トーレスはそう洩らしている。周りの友達は、ほとんどがレアル・マドリーを応援していたが、少年だけはアトレティコに夢中になっていった。そして10才でアトレティコからスカウトを受ける。

「おまえはプロサッカー選手になるんじゃない。アトレティコの選手になるんだ」

 そう言われたとき、トーレスは進むべき道を決めたという。

運命的なプロデビュー

 筆者は偶然にも、トーレスのプロデビューを間近に見ている。

 当時アトレティコは2部に在籍し、1部昇格を争っていた。すでに使われなくなった、かつての本拠地ビセンテ・カルデロンスタジアム。紙吹雪が舞い、発煙筒がたかれ、歓声が耳をつんざいた。

 17才だった少年は、そのピッチに平然と立っている。緊張は少しも見えなかった。運命を受け入れているように見えた。

「エル・ニーニョ」(THE Boy、子ども)

 それがトーレスの呼び名になった。

 当時、トーレスはユースチームに所属していたが、トップチームでたった3度練習に参加した後、急遽、試合メンバーに抜擢。チームメイトたちがその名前も知らなかったことで、誰もがエル・ニーニョと呼んだのが由来になった。顔がそばかすだらけなのもあったという。

 もっとも、プレーは大人顔負け。相手ディフェンダーが二人がかりでも、止められない。トップギアに入るのが急で、足の振りも速く、細身ではあったが、高さもあった。

「選ばれし者」

 神か、悪魔か、そんな空気があった。周りを完全に凌駕し、バンパイア(吸血鬼)が人間と対するような迫力を放っていた。肌が白く、唇が真っ赤、血を吸っているような錯覚を与えたが、実際、ボールを持って突進する姿に歴戦の猛者をも怯ませる凄みがあった。

「もし、アトレティコが1部にいたら、僕は17才でデビューできなかっただろう。それも自分にとっては運命だったのかも知れない」

 そう語るトーレスは、「神の子」という畏敬を込め、ファンに愛されるようになった。そして、アトレティコのために得点を取り続けた。チームに力を与えられる。そんな波長の良さがあった。

<赤と白の血が流れている>

 それがトーレスだ。

アトレティコという責任

 しかしアトレティコで過ごした7シーズン、トーレスは年ごとに消耗していった。「アトレティコのために」。その念が強すぎたか、プレーは空回りするようになっていった。

「チームに迷惑をかけたくない」

 そう言って移籍を志願したリバプールで、トーレスは皮肉にもキャリアハイと言えるシーズンを送っている。2008年はFIFA最優秀選手賞では、クリスティアーノ・ロナウド、リオネル・メッシに次ぐ3位に入った。プレミアリーグで得点ランク2位(1位はC・ロナウド)、EURO2008ではスペイン代表優勝に貢献した。

 その後も、移籍したチェルシーでは2011-12シーズンにチャンピオンズリーグ優勝に一役買っている。準決勝のバルサ戦、アウエーゴールを記録。「バルサキラー」の面目躍如だった。

 アトレティコでのトーレスは、「責任を背負いすぎていた」と言われる。

トーレスの一念

 トーレスは評価の分かれるストライカーである。

 アトレティコ、リバプールなどビッグクラブで長く過ごすも、タイトルとは縁が薄い。圧倒的な走力を武器にしたプレースタイルだけに、彼を中心にしたチームにならざるを得ず、それが攻撃の単調さにつながった。オープンスペースが必要なタイプで、「カウンター主体のチームでは生きるが・・・」という使いづらさもあった。どんな戦術にもフィットする万能型FWではない。

 もっとも、スピードだけが取り柄のFWではないだろう。ファーポストでクロスを合わせるのがうまく、ゴールが多いのは一流FWの証。マークを外し、ボールを呼び込める。また、エリア外からのミドルシュートが巧みで、左右に打ち分けられる。言うまでもないが、ディフェンスの間を割って入ってのドリブルからGKの鼻先を狙うシュートは絶品だ。

 なにより、ビッグクラブを相手にした大舞台で、ゴールを決められる度胸があった。

 不完全だが、目が離せない。そんなストライカーと言える。それはまさに、アトレティコというチームのキャラクターに似ている。あるいは、アトレティコが産み落とした「フットボールの神の子」だったか――。

「アトレティコのファンは、「いつもおまえを愛している」と声をかけてくれる。それはとても嬉しい。でも、僕は息子たちに記憶を残したいんだ。自分がアトレティコのユニフォームを着てタイトルをとった姿を」

 それは祖父から受け継いだ、アトレティコ魂の継承だろうか。

 アトレティコはCLではすでに敗退。ラ・リーガも優勝は厳しい。唯一、ベスト4に進んでいるヨーロッパリーグのタイトルが残る。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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