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「先制攻撃」容認とミスリードした毎日新聞の「欠陥」記事

楊井人文弁護士
参院安保特別委員会で質問に立つ大塚耕平議員(7月28日)

「先制攻撃していいと言い出している」「これって要は『先制攻撃もアリ』ってことですよね」―毎日新聞が7月28日、ニュースサイトに掲載した「集団的自衛権:攻撃意思表明なしで行使可能 首相見解」という記事に対して、こんな反応がツイッターなどで飛び交い、瞬く間に拡散した。結論からいうと、「先制攻撃」を容認するような答弁はなく、この記事を「誤報」と呼ぶかはどもかく「欠陥記事」といわざるを得ない

誤解を与えたのは、「攻撃意思表明なしで行使可能」という見出しとリードの2つの文章である。

毎日新聞ニュースサイト2015年7月28日掲載(該当部分のみ切り取り)
毎日新聞ニュースサイト2015年7月28日掲載(該当部分のみ切り取り)

この記事の「欠陥」たる所以は、3つある。第一に、この答弁が「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生したこと」を前提としていることに一切触れていない。第二に、「日本への攻撃意思表明なし」ではなく、単に「攻撃意思表明なし」「対象国が攻撃意思を表明していない段階」と書かれている。この二重の省略のため、相手国がどの国に対して攻撃もその意思表明もしていない段階で先制的に武力行使できる場合があると答弁したかのように読めてしまう、そういう記事である。第三に、この記事は7月29日付朝刊1面に掲載されたが、引用された部分と全く同じ答弁は6月1日にも衆議院の審議でなされ、毎日新聞は翌日の朝刊1面で報道済みだった(このときは本文中でのみ言及)。(*1) つまり、全く新規性のない情報を再び1面で、しかも見出しまで付けてニュースにしたのである。

この安倍首相の答弁は、7月28日の参議院の委員会審議で、大塚耕平議員(民主・新緑風会)の質疑の中で出たものだ。(*2) 大塚議員は、米国を攻撃した国が日本に対して攻撃する意思がないのに日本が攻撃した場合、対象国との関係では外形上「先制攻撃」であるという珍説(理由は後述)を披露し、このような「先制攻撃」が国際法上違法であるかのようなミスリーディングな質問をしていた。これに対し、安倍首相はこの法案が可能とする武力行使は「先制攻撃」に当たらないし、先制攻撃をした他国を支援するための集団的自衛権の行使もしないと何度も説明していたのである。

(安倍首相)私が答弁をいたしましたのは、憲法上、武力の行使が許されるのはあくまでも新三要件を満たす場合に限られ、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生したことを前提としていると。そしてまた、国連憲章上、武力攻撃の発生が集団的自衛権の発動の前提となることから、仮にある国が何ら武力攻撃を受けていないにもかかわらず、違法な武力行使を行うことは国際法上認められず、我が国が集団的自衛権を行使することはないのですから、典型的な先制攻撃をした国に対して我が国が集団的自衛権を発動することはないということは、従来から答弁をしているところでございます。

(安倍首相)我が国に攻撃が発生していないにもかかわらず、他国に対する攻撃が発生し、そして密接な関係にある他国であって三要件に関わった場合は、これは先制攻撃ではなく、集団的自衛権の行使、日本は一部行使を容認している中において三要件に当てはまればその行使を行うわけでありまして、先制攻撃ではございません

この三要件に該当するか否かについて、攻撃国の意思、能力、事態の発生場所、その規模、態様、推移など要素を総合的に判断するわけですが、当然、意思についても、この意思の推測というのは、形式上、日本を攻撃する意図がないと公言をしながらその意図を隠しているということもありますから、なかなかそれは一概にはそう簡単には言えないわけですし、素直にいつも意思を表明しているとは限らないわけです。その中で意思を類推することは全くできないというわけではもちろんございませんが、意思についても総合判断の一つの要素でございます

毎日以外の在京5紙は記事化せず

毎日新聞2015年7月29日付朝刊1面(該当部分のみ切り取っています)
毎日新聞2015年7月29日付朝刊1面(該当部分のみ切り取っています)

他国に対する攻撃が発生している場合(第1要件)、日本に対する攻撃の意思表明がなくても新3要件にあてはまる場合があるというのは、今回の法案から当然導かれる帰結である。もし本当に日本に対する攻撃意思があれば、すでに日本に対する攻撃に着手しているはずであり、攻撃の着手があれば国際法上も国内法上も個別的自衛権の行使要件を満たす事態である(攻撃の着手をせず単に「東京を火の海にする」という威嚇だけなら、攻撃意思は認定できないであろう)。日本に対して攻撃の着手を伴う意思表明があるような場面に限定するのであれば、わざわざ新たな憲法解釈や立法措置をする必要はない。

いわゆる「存立危機事態」という国際法上要求されていない日本独自の要件を認定する際に、「相手国の日本に対する攻撃意思」を総合考慮の一要素とする点も、衆議院の審議で何度も答弁されている。(*3) 7月28日の安倍首相の答弁はそれを再確認したにすぎない。

そして、国連憲章51条で「固有の権利」として認められている集団的自衛権については「自国に対する攻撃意思」があろうとなかろうと行使可能であることは国際法上争いがなく、自国への攻撃意思のない相手国との間で「先制攻撃」に当たると捉える見解は見当たらない。

それゆえ、毎日新聞以外の在京5紙は、この日の大塚議員に対する安倍首相の答弁は全く新しい要素がないと判断したのであろう、(審議の抄録で大塚議員の発言を引用する場合を除き)記事化したところは一つもなかったのである。(*4)

毎日新聞の記事を引用し「先制攻撃」と誤解した識者のツイート
毎日新聞の記事を引用し「先制攻撃」と誤解した識者のツイート

先制攻撃は法的に禁止されている

もっとも、国際法上は、武力攻撃による「被害の発生」がなくても、武力攻撃の「着手」があれば「武力攻撃の発生」に該当し、自衛権の発動が可能という見解があり、日本政府は個別的自衛権の行使に関してこの見解を採用している(昭和45年3月18日内閣法制局庁長官答弁)。国際法では、武力攻撃に着手した相手国に対する場合を「先制的自衛」(preemptive self-defense)、武力攻撃に着手していない相手国に対する武力行使を「予防戦争」(preventive war)と呼んで区別することがあるが(*5)、国際法上違法とされるのは後者の予防的な先制攻撃であり、一般の人が使う「先制攻撃」が指すのもこちらであろう。(*6) 集団的自衛権が行使されるのは相手国が武力攻撃を開始している場面であり、先制攻撃をしているのはその相手国の方なのである。

安倍首相も5月27日の衆議院の委員会審議で、「他国に対する武力攻撃が発生していないにもかかわらず、その他国が先制攻撃をしているという状況の中において我々がその国を支援するということはないということはこの三要件からも明白である」と答弁しており、7月28日の参議院の委員会に至るまで何度も同じ答弁をしている。「他国に対する武力攻撃が発生」には個別的自衛権の場合と同様、「武力攻撃の着手」も含まれるようだが(*7)、いずれにしても、今回の法案には「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」という要件の縛りがある以上、武力攻撃の着手もしていない相手国に対する予防的な先制攻撃が法的に禁止されていることは明らかである。もし、この規定でそのような先制攻撃を認める余地があるというなら、個別的自衛権の行使を容認している現行自衛隊法の「我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態」という規定も同じ理屈で認められてしまうことになろう。

読者の「誤読」に帰責できない「欠陥」

毎日の記事は、大塚議員が質問で多用した「先制攻撃」という表現を使っていたわけではない。読者も、この答弁が集団的自衛権の第1要件を満たす前提での話であろうと(引用された首相答弁の「日本を攻撃する意図」という文言を手掛かりにして)少し冷静に考えれば、「先制攻撃」との誤解に陥ることはなかったであろう。

とはいえ、現実にそれなりのメディアリテラシーを持っているはずの識者も含めて多くの人が「先制攻撃」を容認したかのように受け止めた以上、不注意に誤読した読者の責任だと言えるだろうか。社会部長や編集編成局長を歴任した毎日新聞の幹部までもが、ツイッターでこの記事を引用しつつ、「これでは『先制攻撃』が認められることにならないか。安倍首相は相手国が攻撃の意思を表明していない段階でも行使は可能との見解を示した」と投稿していたのである。まさに、この記事に重大な「欠陥」があったことの証左ではないか。

法案に賛成か反対か以前に、このような事実誤認を広めることは百害あって一利なしである。海外の関係国に無用な懸念を与えることにもなりかねない。なぜ「他国に対する武力攻撃が発生」が前提の話であることを読者が容易に了知できるような書き方をしなかったのか、そもそもなぜ既報を1面に再掲載したのか、広がった誤解を解く責任はないのか。日本報道検証機構は毎日新聞社に見解を問うているが、まだ返答はない。ニュースサイトの記事は修正されず、今日も拡散を続けている。

(注)

  • 1 毎日新聞2015年6月2日付朝刊1面トップ「ホルムズ海峡 集団安保移行後も掃海 首相『新3要件』該当なら」では、次のように報じていた。「国連憲章は、国連加盟国が武力攻撃を受けた場合、共同で軍事制裁を行う集団安全保障措置を規定。個別的自衛権と集団的自衛権は集団安全保障措置が取られるまでの暫定的なものと位置付けている。首相は(…)集団的自衛権を行使する際の判断基準に関しては「当該国が日本の攻撃の意図はないと言っても、場所、能力、状況からそうではないという推測も十分あり得る」と指摘し、日本への武力行使の意思表示がなくても、行使の対象になるとの考えを示した。寺田学氏(民主)への答弁。」
  • 2【参院安保特】「攻撃の意思がない国に対する先制攻撃も可能にする法律」大塚議員(民主党ホームページ)
  • 3 たとえば、5月28日の衆議院の委員会審議における中谷元防衛相の答弁。
  • 4 毎日新聞は7月29日付朝刊の審議内容の詳報(抄録)でも、大塚議員の質疑の部分で「日本の先制攻撃になる」と見出しをつけて掲載。東京新聞も「先制攻撃は国際法違反」という見出しをつけて抄録。朝日新聞も抄録では大塚議員の「先制攻撃」質疑を詳しめに載せていた。読売と日経は大塚議員の質疑を「先制攻撃」という表現を使わずに抄録。産経は「首相答弁要旨」に大塚議員の質疑を載せていなかった。
  • 5清水隆雄「国際法と先制的自衛」レファレンス平成16年4月号
  • 6 昭和45年3月18日、内閣法制局長官も「武力の攻撃のおそれがあると推量される時期」に攻撃することは「通常先制攻撃というと思います」と述べた上で、そういう場合は「武力攻撃が発生した」には当たらず、武力攻撃の「着手」があったときにはじめて「武力攻撃が発生した」に当たる旨答弁している。
  • 7 ちなみに、横畠裕介内閣法制局長官は6月29日の衆議院の委員会審議で、「他国に対する武力攻撃の発生というものが我が国として直ちにその認定をできるかというのはなかなか難しくて、恐らくは、実際にその武力攻撃が行われる、戦闘が行われると言った方がいいのかもしれませんけれども、そこまでいかないとなかなか、我が国が他国に対する武力攻撃の発生を認定するということは、実際上難しいのではないかと思います」と答弁している。
弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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