来年の日米軍事演習に英最新鋭空母クイーン・エリザベスが参加か 空母打撃群のインド太平洋常駐も
「英国の野心は前進作戦基地を持つことだ」
[ロンドン発]新型コロナウイルス・パンデミックに乗じて中国が香港や南シナ海、中印国境での動きを活発化させているため、香港の旧宗主国イギリスは来年に初めて航海する最新鋭空母クイーン・エリザベス(満載排水量6万7669トン、全長284メートル)をインド太平洋での日米合同軍事演習に参加させると英紙タイムズが14日、特ダネとして報じました。
空母クイーン・エリザベスを中心とする空母打撃群は最新鋭のステルス艦載機F35Bが24機、23型フリゲート2隻、45型駆逐艦2隻、タンカー2隻、原子力潜水艦1隻で編成されるそうです。空母クイーン・エリザベスは今秋中に訓練を終える予定です。2隻目の空母プリンス・オブ・ウェールズ(同)も1年半後には初の航海に出ます。
F35Bの展開能力を持つ日米やアングロサクソン諸国のオーストラリア、カナダとの連携も念頭に置いています。英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のウェブセミナーで英海軍のジェリー・キッド副提督は「英海軍はインド太平洋に復帰しつつある。私たちの野心はそこに永続的に前進作戦基地を持つことだ」と発言。
「空母打撃群は含まれるかもしれないし、そうでないかもしれない。いずれ分かるだろう」「空母で運んだF35Bは同盟国アメリカや日本のハブを通じインド太平洋で作戦を維持する可能性もある」と含みを持たせました。空母クイーン・エリザベスの空母打撃群が含まれない場合は、フリゲート1隻という小さな展開になります。最終決定は秋になるそうです。
英空軍のジェリー・メイヒュー中将も「わが国と極東の『ファイブパワーズ』をつくるオーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、マレーシアや、日本は英軍の大規模展開を歓迎するだろう」との見方を示唆しました。
香港の次に台湾を狙う習近平氏
英軍が空母打撃群をインド太平洋に常駐させることを考え始めたのはどうしてでしょう。
まず、中国の拡張主義に歯止めが効かなくなってきたことがあります。中国による香港国家安全維持法の強行は、「香港返還50年を迎える2047年まで香港の『一国二制度』『高度な自治』を守る」と約束した英中共同宣言を一方的に破棄したことになり、イギリスの国際的な面子は丸潰れになりました。
海外領土をまだ多く抱えるイギリスにとって、とても看過できる事態ではありません。
来年は中国共産党の結党100周年。習近平国家主席はその前に香港の「一国二制度」を公然と押し潰してみせたわけです。中華人民共和国の建国100周年に当たる2049年までに力づくでも台湾をのみ込むのが中国共産党の既定路線です。
香港国家安全維持で中国の野望が明らかになった今、アングロサクソン諸国のアメリカやオーストラリアと連携してインド太平洋での存在感を増してアジアの世紀に備えることがイギリスの国益確保につながります。
欧州連合(EU)を離脱したイギリスが、アメリカが抜けた後の環太平洋経済連携協定(TPP11)に興味を示しているのはこのためです。
「グローバル・ブリテン」は実現可能か
EU離脱の影響も大きいでしょう。EUに残留したままならアメリカとの「特別な関係」が薄れ、欧州との一体化が不可逆的に進んでいたかもしれません。コモンロー(英米法)より大陸法の影響が強まれば、アングロサクソン諸国とのつながりもますます弱まってしまいます。
アングロサクソン諸国との連携を再び強化して米中逆転を含む時代の大転換期に備え「グローバル・ブリテン」への道を開くため、インド太平洋に足場を築きたいという野心がイギリスにはあります。
しかしイギリスを取り巻く環境は非常に厳しいと言わざるを得ないでしょう。
香港国家安全維持法への対抗措置として、香港市民約300万人に対し事実上の政治亡命とも言える英市民権取得への道を開く一方で、中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の次世代通信規格5G参入を限定的に認める方針を撤回したものの、イギリスは中国の動きを止めることはできませんでした。
逆に5G導入が大幅に遅れ、中国に大きく依存する原発建設と電力の安定供給も脅かされています。
空母クイーン・エリザベスを中心とする空母打撃群のインド太平洋への展開は中国に対する牽制の意味もありますが、習主席が後退することはあり得ないでしょう。
昨年2月、ギャビン・ウィリアムソン国防相(当時)が空母クイーン・エリザベスを太平洋に派遣すると発表したことがあります。この時、中国側は「冷戦メンタリティーだ」と猛反発し、フィリップ・ハモンド財務相(当時)の訪中がドタキャンされる騒ぎがありました。
空母クイーン・エリザベスを中心とする空母打撃群がインド太平洋に常駐することになると、訪中ドタキャンどころでは済まないでしょう。
英中貿易戦争の恐れも
英国立経済社会研究所(NIESR)は中国の国内需要が6%減ればイギリスの国内総生産(GDP)は1%縮小すると予測。香港や5G問題を引火点に英中貿易戦争に発展すればGDPはさらに縮小し、インフレ率や金利が押し上げられるだろうと警鐘を鳴らしています。
ボリス・ジョンソン首相はEU離脱の経済的ショックを和らげるため当初、中国マネーをあてにして5G参入を限定容認したフシがうかがえます。しかし英議会は対米関係を重視する大西洋主義者、主権主義者をはじめ、自由貿易主義者、民主派、人権派が超党派で対中強硬論を唱えています。
空母2隻の建造費用はそれぞれ30億ポンド(約4030億円)以上。空母だけでなく空母打撃群の維持費用は莫大です。
英国会計検査院(NAO)は6月、英国防省は空母の艦載機F35Bを調達する十分な資金計画にコミットしておらず、空母を支援する補給船も1隻しかないと指摘。空中レーダーシステムの整備も1年半から2年遅れる恐れがあると警鐘を鳴らしています。
南シナ海で動き強める中国
パンデミックによる欧米の混乱が続くスキに乗じて、中国は南シナ海での活動を強め、着実に既成事実を積み上げています。このため米軍は空母2隻を南シナ海に展開しましたが、中国は「空母キラー」と呼ばれる弾道ミサイルDF-21DやDF-26を配備しており、一歩も引く構えは見せていません。
南シナ海での最近の主な動きを見ておきましょう。日本では習主席の国賓訪日を巡って大きな論争になっていますが、香港や南シナ海、中印国境で起きていることがいつ台湾周辺や東シナ海で起きても不思議ではないことを肝に銘じておく必要があります。
2月17日、中国海軍の軍艦が南沙諸島(スプラトリー諸島)にある環礁、コモードアー礁近くでフィリピンの軍艦に砲の照準器レーダーを当てる
3月20日、フィリピンとベトナムが領有権を主張しているものの、中国が軍事基地化している南沙諸島の環礁、ファイアリー・クロス礁と暗礁のスビ礁の2カ所で中国が調査施設の運用を開始
4月2日、中国海警局の船艇が西沙諸島(パラセル諸島)でベトナム漁船に衝突して沈める
4月12~22日、中国の空母打撃群(空母など5隻)がバシー海峡を通過して南シナ海で軍事演習
4月16日以降、中国の総合地質調査船「海洋地質8号」がマレーシア・サラワク州、インドネシア・リアウ諸島北東沖のマレーシアの排他的経済水域(EEZ)で調査を開始
4月18日、中国民政省が西沙諸島と南沙諸島を含む南シナ海の海域に新行政区である「西沙区」と「南沙区」を設置、行政組織も設ける
4月22日、「海洋地質8号」が活動している海域近くで米海軍の艦艇3隻、オーストラリア海軍の1隻が合同軍事演習
6月10日、中国海警局の船艇とモーターボートがベトナム漁船に幅寄せし、漁師16人が海に投げ出される。中国側の乗員がベトナム漁船に乗り込み、指紋を採取し、大量の漁獲を押収
7月1~5日、中国海軍が西沙諸島周辺で軍事演習
(おわり)