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政府を支配する議会「離脱合意の再交渉」迫る 英国のEU離脱「議会主権」という魔物が導き出す答えとは

木村正人在英国際ジャーナリスト
7つの修正動議を採決する英下院(写真:ロイター/アフロ)

メイ首相に対し修正動議15本

[ロンドン発]3月末に迫る英国の欧州連合(EU)離脱を巡り、230票差という歴史的な大差で離脱合意を否決されたテリーザ・メイ首相の代案(もとの離脱協定書と政治宣言とほとんど同じ)と修正動議について法的拘束力を伴わない採決が1月29日、英下院で行われました。

この日までに15本もの修正動議が下院に提出され、「静粛に、静粛にぃぃぃー(Order, Order)!!!」の叫び声で日本でもすっかり有名になったジョン・バーコウ議長がこの中から採決にかける7本を選びました。

EUと再交渉したあと、最終的に離脱協定書と政治宣言を受け入れるかどうかの2度目の採決は2月に行われる予定です。

メイ首相が採決前に「EU側の意欲は限られているが、法的拘束力のある明確な変更を確実にしてみせる」と力を込めたのが次の修正動議です。

【保守党のグラハム・ブレイディ議員案】賛成317票・反対301票

英・EU間の新たな通商交渉が決裂しても北アイルランドとアイルランド国境に「目に見える国境」を復活させないバックストップ(安全策)に代わる対策を、保守党議員委員会(通称・1922 年委員会)委員長を務めるブレイディ氏が要求しました。

メイ首相は保守党下院議員にこの動議に賛成票を投じるよう求めました。強硬離脱(ハードブレグジット)派は対策の内容がはっきりしない弥縫(びほう)策だと反発しましたが、メイ首相の再交渉に最後の望みをつなぎました。

どこまでメイ首相への支持が伸びるのか、EUも注視しました。採決の結果を受け、メイ首相は「英国はEUからの離脱と合意を求めていることが示された」と、バックストップが「恒久的でない」という法的保証を求めてEUとの再交渉に臨む決意を示しました。

この他、交渉期限を延長したり「合意なき離脱」を排除したりする修正動議が採決されました。主な修正動議と採決の結果は次の通りです。

【保守党のキャロライン・スペルマン議員案】賛成318票・反対310票

「合意なき離脱」を拒否。超党派の議員が支持するも、政府に対する法的拘束力はありません。

【労働党のイヴェット・クーパー議員案】賛成298票・反対321票

離脱交渉期限の延長案。2月26日までにメイ首相が下院の承認を取り付けられない場合、 2019 年末まで交渉期限を延長。「合意なき離脱」を避けられるため、超党派の支持を集めました。しかし最大野党・労働党から14人が反対に回りました。

【労働党のジェレミー・コービン党首案】賛成296票・反対327票

EUの関税同盟に残留。「合意なき離脱」を排除。

【保守党のドミニク・グリーブ議員案】賛成301票・反対321票

グリーブ元司法長官は、EU離脱を巡る複数の選択肢を審議し、採決する日程を6日間設ける案を動議にかけました。

「シャンシャン議会」からの脱却

EUとどれぐらいの距離を保ちながら付き合っていくのか、国の未来を巡って、官僚ではなく、政治家がここまで「侃侃諤諤(かんかんがくがく)」の議論を果てしなく続ける英議会のエネルギーと知力には驚かされます。

EUの他の加盟国からは「ブレグジット(英国のEU離脱)はネバーエンディング・ストーリー。議論は永遠に続く」と揶揄(やゆ)されながらも、どう離脱するかをとことんまで議論しないと将来に禍根を残すことになるという危機感がひしひしと伝わってきます。

これまではEUが決めたことに追従するだけだった「シャンシャン議会」は生き生きと復活を遂げたと考えるのは筆者だけでしょうか。英国人も英国の政治家も皆さんが思っているほど「馬鹿」でも「アホ」でもありません。自分にとって何がベストか徹底的に議論する現実主義者です。

真面目すぎるメイ首相

日本は戦後「国民主権」や「基本的人権の尊重」「平和主義」を憲法に定めました。一方、憲法を持たない英国は「議会主権」の国として有名です。単純小選挙区が生んだ二大政党制は「多数決の政治」を可能にし、英国型の間接民主主義は「民主独裁」とも呼ばれます。

しかし2017年の解散・総選挙で、よもやの過半数割れを喫したメイ首相は北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)の閣外協力を取り付け、何とか政権を維持しながら、EU離脱交渉という難局に立ち向かっています。

メイ首相の離脱交渉は典型的なベタオリ。海千山千ぞろいの強硬離脱派が収まらないのも無理はありません。英国国教会の聖職者を父に持つメイ首相は、空軍基地の米軍パイロットに恋したマーガレット・サッチャー首相と異なり、「おてんば」ではありません。

「告白しなければならないのは、私と友達は麦畑の中をよく駆け抜けました。農家はあまりうれしくなかったでしょう」とTV番組で打ち明けたことがあるメイ首相。これほど真面目な人にハッタリや脅しも必要な交渉事は務まりません。

「イングランドのピンチはアイルランドのチャンス」

「イングランドのピンチはアイルランドのチャンス」と言われるように、アイルランドはバックストップを盾に離脱交渉で窮地に立たされた英国をギリギリ締め付けます。EUの首席交渉官ミシェル・バルニエ氏は無慈悲なタフネゴシエーターです。

離脱後に英国はEUに対し関税を設けるつもりはないので、新たな通商交渉が決裂して関税障壁が発生した場合、北アイルランドからアイルランドへの物流が問題になります。アイルランド側に輸入通関を行うつもりはなく、すべての手続きを英国の輸出通関で済ませるよう求めています。

今の離脱合意のままでは、いったんバックストップが発動すればEUの同意がなければ、英国はEUの関税同盟から離脱できません。そうなると米国やインド、アジア太平洋諸国との自由貿易協定(FTA)を目指す英国はいったい何のためにEUから離脱するのか分からなくなります。

このためEU・カナダ包括的貿易投資協定(CETA)型に上乗せする自由貿易協定(FTA)を主張していた強硬離脱派は「合意なき離脱もやむなし」と言い出しました。EUもアイルランドも、国民の意思でEU離脱を決定した英国を追い詰め過ぎです。

EU域内は自由貿易圏ですが、域外に対しては自動車の10%に象徴されるように高い関税をかけ、保護貿易圏を構築しています。EUも英国の離脱をきっかけに自由貿易を加速するのが正しい英・EU関係の未来だと考えます。

筆者は英議会の採決を受け、ドイツのアンゲラ・メルケル首相がバックストップで譲歩すると読んでいるのですが、皆さんはどう思われますか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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