F35に覆われるアジアの空 護衛艦「いずも」空母化 北と中国の脅威に対抗 貿易赤字解消で笑うトランプ
軽空母から発進できるF35Bを2026年ごろから運用
[ロンドン発]読売新聞(電子版)が12日、軽空母からも発進できるアメリカ海兵隊の最新鋭ステルス戦闘機F35B(STOVLタイプ=短距離離陸・垂直着陸型)について、安倍政権が2026年度ごろの運用開始を目指していると報じました。
年末にまとめる次期中期防衛力整備計画(中期防)に調達機数が盛り込まれるそうです。
短い滑走路しかない離島の空港や海上自衛隊の「いずも」型護衛艦での運用を念頭に、「いずも」の空母化も検討していると報じています。昨年12月に共同通信が「『空母』運用機を本格検討 短距離離陸のF35B導入」と報じてから各社の後追い報道が続いています。
しかし、小野寺五典防衛相は12月26日の記者会見で「防衛力の在り方に関して不断に様々な検討を行っているが、F35Bタイプの導入や『いずも』型護衛艦の改修に向けて具体的な検討は現在、行っていない」とはっきり否定しています。
安倍晋三首相とアメリカのドナルド・トランプ大統領の蜜月を考えると、官邸主導でF35B導入と「いずも」の空母化が検討されていたとしても何の不思議もありません。元外交官は「戦後日本の外交・安保政策の根幹がこんなにあっさり大転換してしまうことに驚愕せざるを得ない」と筆者に漏らしました。
日本国憲法の制約については後で議論するとして、東アジアの安全保障環境とアメリカが中国やロシアに対する航空優勢を維持する切り札とみる統合打撃戦闘機F35の配備状況を見ておきましょう。
北朝鮮の核・ミサイル危機で加速するF35配備
2017年
1月、アメリカのドナルド・トランプ政権発足。アメリカ海兵隊がF35Bを山口県の米軍岩国基地に配備開始
7月4日、北朝鮮が初の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星14号」発射実験
7月28日、北朝鮮が「火星14号」発射実験
9月、北朝鮮が第6回目の核実験
11月、トランプ大統領アジア歴訪。アメリカの貿易赤字を解消するため、北朝鮮の核・ミサイル危機や中国の軍拡を背景に同盟国の韓国や日本にアメリカ製の高額兵器を売り込む
・アメリカ海兵隊が16機のF35Bを岩国基地に配備
・アメリカ空軍が12機のF35A(通常離着陸型)を沖縄県の米空軍嘉手納基地に配備
・北朝鮮が新型ICBM「火星15号」発射実験
12月、アメリカ空軍と韓国空軍が北朝鮮のミサイル基地や統制施設に同時に精密攻撃を加えることを想定して韓国領空で合同演習。6機の5世代ステルス戦闘機F22、18機の多用途性ステルス戦闘機F35が参加。F35の内訳はF35Aが6機、F35Bが12機
・韓国が20機のF35Aを追加調達へと報道。調達機数は合わせて60機に
・「いずも」型護衛艦(1万9,500トン)に搭載可能なF35Bの導入、「いずも」の空母化を防衛省が本格検討していると共同通信やロイター通信が報道
・韓国がF35Bを導入するため独島級ヘリコプター揚陸艦(1万4,000トン)の改修も、と報道
2018年
1月、航空自衛隊三沢基地にF4の後継としてF35A、1機を配備。42機の調達を計画
簡単な「いずも」の空母化
北朝鮮が早ければ今年中にアメリカ全土を射程にとらえる大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発に成功する可能性があるため、トランプ政権は同盟国と協力して北朝鮮のミサイル基地や統制システムを一斉に攻撃できる能力を高めようとしています。
「いずも」型護衛艦は全長248メートル、空母のように平らな甲板を耐熱処理して、機関砲を移動しさえすれば、短距離離陸・垂直着陸が可能なF35Bを搭載できます。
韓国や日本がF35Aに加えて軽空母からも発進できるF35Bを調達することになると、F35Aを100機配備する計画のオーストラリアもキャンベラ級強襲揚陸艦を改修してF35Bを調達しようという流れになってきます。
昨年2月、ロッキード・マーチンはF35Aの価格は9,460万ドル(約102億円)、F35Bは1億2,280万ドル(約133億円)と発表。F35Aについてはその後、8,000万ドル(約87億円)に引き下げる方針を明らかにしましたが、それでも同盟国にとっては高い買い物であることに変わりはありません。
F35Aに加えて高額なF35Bについても新たな需要が発生すると、「ディール」が大好きなトランプ大統領の頬も自然とゆるもうというものです。
憲法上の制約
「いずも」は2015年の就役以来、F35Bを搭載する案が密かに検討されてきました。日本国憲法の制約があったからです。防衛省のホームページから見ておきましょう。
平和主義の理想を掲げる日本国憲法は9条に戦争放棄、戦力不保持、交戦権の否認に関する規定を置いています。この規定は主権国家としての固有の自衛権を否定するものではありません。政府は自衛のための必要最小限度の実力を保持することは憲法上認められると解しています。
自衛の措置としての「武力の行使」の新3要件
(1)わが国に対する武力攻撃が発生したこと、またはわが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
(2)これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
(3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
憲法9条2項で保持が禁止されている「戦力」にあたるか否かは、わが国が保持する全体の実力についての問題であって、自衛隊の個々の兵器の保有の可否は、それを保有することで、わが国の保持する実力の全体がこの限度を超えることとなるか否かにより決められます。
しかし、個々の兵器のうちでも攻撃的兵器を保有することは、直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるため、いかなる場合にも許されません。たとえば大陸間弾道ミサイル(ICBM)、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母の保有は許されないと考えています。
「攻撃型空母」ではなく「防御型空母」
「いずも」を空母化しても「攻撃型空母」ではなく「防御型空母」と位置づければ、憲法が言う「自衛のための必要最小限度の実力」、すなわち「専守防衛」の範囲内に留まると整理できると考えているようです。
空母化した「いずも」とF35Bの組み合わせは、いくら「攻撃」ではなく「防御」のためとは言っても、能力的には「必要最小限度の実力」を超える恐れがあります。
中国は空母「遼寧」を就役させたのに続いて1隻を進水させ、もう1隻の建造に取りかかりました。北朝鮮の核・ミサイル危機もあり、安全保障上の必要性は十分に理解できます。
しかし「いずも」空母化とF35B導入を既成事実化する前に議論しなければならないことがたくさんあります。アメリカやイギリスには安全保障関連のシンクタンクがいくつもあり、こうした問題は政策立案者や元軍関係者、学者、ジャーナリスト、市民団体らが参加してオープンに議論されます。
疑問符が灯るF35
F35をめぐっては値段の高さはもちろん、アメリカの国防総省からも開発・試験の遅れや信頼性の向上について何度も疑問符がつけられています。空軍(通常離着陸型)、海兵隊(短距離離陸・垂直着陸型)、海軍(艦載型)という多用途性を持たせた構造上の矛盾、実戦データのない新型機を調達するリスクがくすぶり続けています。
F35の配備は、中国やロシアに対して、アメリカを中心とした西側諸国の航空優勢を確保する大きな柱になるため、それ以外の選択肢はなく、訓練や実戦を通してF35を使いこなしていかなければならない性格のものであることは否定できません。しかし、何の説明もせずに既成事実化を進ませるより、もっとオープンに議論しないことには国民の理解を得るのは難しいのではないでしょうか。
(おわり)