大災害が発生しても企業が生き残るために 「BCP」が果たすべき役割とは #災害に備える
1923年9月1日に発生した関東大震災から100年の筋目を迎えた。死者・行方不明者約10万5000人、住宅の全半壊・焼失など37万棟以上といわれる甚大な被害をもたらした大震災は、日本企業の災害対応の在り方を考える上で、参考になる点が多い。
麻島昭一「関東大震災と三井物産」によると、三井物産は、東京本店と横浜支店の事務所が全焼し、全社統轄の物的拠点を失う中で、本店機能を大阪に移し、震災直後から2カ月弱同地から指揮を執ったことが紹介されている。本店調査課では、震災地域に立地する物産取引先の被害状況を把握し、営業店に提供して自社の事業継続に役立てた。一方で、同社は食料品、衣料品、建築資材、日用雑貨などを同社所有の船で大量に輸送し、東京の関係官庁や病院などに拠出し続けた(三井広報委員会の「関東大震災と三井」)。
澁澤倉庫株式会社は、東京の倉庫群が甚大な被害を受ける中、大川・田中事務所の一部を借り受け、本店仮事務所を開き、在京従業員に月給と見舞金を支給した。今でいう災害対策本部を他社の事務所を借りて立ち上げたことになる。同時に茅場町にバラック事務所を新築し、本店を9月末日に深川から移転。被災を逃れた在庫貨物には新聞用紙やトタン板等があったことから、震災後の新聞号外等の急な需要に応じたとされる(渋沢倉庫株式会社三十年小史)。
東京ガスも、震災後は被災者の支援をしながら早期にガスの復旧に努めたとされる。渋沢栄一がつくった会社の多くが、関東大震災当時、事業の継続をもって地域の貢献に当たったことは感慨深い。自社や取引先の被害状況を把握し、災害対応にあたりながらも、首都の復興に向け、地域貢献活動を徹底した姿勢は、現在の企業にも求められている。
BCPは企業防災の切り札になっているのか?
さて、今日では、多くの企業がBCPを策定して、震災時の行動をあらかじめ決めているケースが多い。BCPとは、Business Continuity Planの略で「事業継続計画」と訳される。災害など不測の事態が生じても、会社の主要な事業を継続、あるいは中断したとしても早期に再開させるための計画である。
BCPは、2001年の米国同時多発テロで世界的に注目されるようになった。当時、被災した世界貿易センタービルに入っていた金融機関が、マンハッタンとは離れた場所にバックアップサイトを構築していたことで被災後に早期に業務を再開させた。
国内においてBCPが認識されるようになったのは、主に地震対策として2000年半ばになってからである。2003年9月に中央防災会議に設置された「民間と市場の力を活かした防災力の向上に関する専門調査会」において、BCPに関する指針の検討が必要との提言がなされ、これらを踏まえ、2005年に中央防災会議は「地震防災戦略」を策定。主要な地震ごとの戦略として、「東海地震」「東南海・南海地震」「首都直下地震」「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震」の対策において、「事業継続計画を策定している企業の割合を大企業でほぼ全て、中堅企業において過半を目指す」との目標が定められた。そして2011年の東日本大震災を経てBCPの重要性はより広く認識され、これらの目標は国土強靭化計画にも踏襲されている。
策定道半ば、実効性にも課題
内閣府が2007年度から隔年で実施している「企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」によれば、令和3年度におけるBCPの策定率は、大企業が70.8%、策定済と策定中を合わせた割合は85.1%になっている。中堅企業は、策定済みが40.2%、策定中が11.7%である。中小企業は調査対象になっていないが、中小企業庁や民間シンクタンクが実施した調査を参考にすれば、中小企業のBCP策定率は、中堅企業のさらに半分以下で、20%にも達していないと推測される。
ちなみに、帝国データバンクが行っている調査によると、BCP策定率は「大企業」で35.5%、「中小企業」が15.3%となっている。大企業でも内閣府調査と2倍の差があるが、その理由は、帝国データバンクの調査は中小企業法に準拠して大企業を定義(製造業・その他の業界なら、資本金3億円を超え、かつ従業員数300人を超える企業)しているのに対し、内閣府の調査は、大企業を資本金10億円以上と定義していることが要因と考えられる。
この数字が高いと思うか、低いと思うかは人によって異なるだろうが、BCPの策定率は当初政府が掲げた目標に達することなく、今では鈍化しつつあるものの、着実に年々伸びてきていることは確かだ。ただし、問題は策定率というより、このBCPが本当に企業の災害対策に役立っているのか、どうかである。
BCPが役立ったと感じているのは5割
実は、内閣府の調査では、過去の災害に遭遇した企業に対してBCPが役に立ったかどうかを尋ねている。結果は、BCPが「とても役に立った」と「少しは役に立ったと思う」を合わせても約5割にとどまる。BCPが役に立ったとの割合は、この質問が出されるようになった6年前からほぼ変わっていない。つまり、BCPが機能するかどうかは50―50、半々の確率ということである。多大な時間を割いてBCPを構築していた結果、半数しかBCPが役に立ったと感じていないのは、あまりに残念なように思える。なぜ、BCPの策定率が高まっても、BCPが機能する割合が高まらないのか?
BCPが機能しなかった理由について、先に紹介した内閣府の調査では自由回答として「大規模停電への備えを行っていなかった」「BCPの内容が不十分」「BCPが浸透していない」「水害を想定していなかった」などの声を紹介している。本来、不測の事態に備えるためのBCPが、十分想定できた災害にも機能しなかった状況を見れば、策定の方法が間違っているのか、あるいは、策定はしているが、それが計画書だけで画餅になっている、またはその両方が主な原因と考えられる。
筆者が運営しているBCPの専門メディア「リスク対策.com」がこれまでに行ってきた調査では、BCPの役立ち度合いは、見直し頻度とは密接な関係があることが確認できている。平たく言えば、教育や訓練により、BCPの定期的な見直し(BCM活動)が行われていなければ、BCPはほぼ役に立たないと考えられる。
計画書を作っただけでマラソンは走り切れない
マラソンを例に考えれば、BCPはマラソンを走り切るための計画書に過ぎない。計画書を眺めているだけでは、何の効果も期待できないことは容易にご推察いただけるであろう。定期的にジョギングをして体を動かし、日常的に必要な栄養をとって、少しずつマラソンを走り切る体がつくりあげられていく。平時にやっていないことが、突然災害時にできるはずがないことを肝に銘じておかなくてはいけない。
翻って組織で考えれば、毎年のように人材が入れ替わり、施設や設備も変わり、かたや災害は増加している。こうした内部環境、外部環境の変化を常に捉えながら、事業継続のあり方を考えていくことが不可欠である。
社長の役割、BCP事務局の役割
では、どうしたら定期的に見直すことができるようになるのか。この見直し活動を実行するのは、言うまでもなく、BCPに関わる人=プレーヤーである。BCP/BCM活動におけるプレーヤーは、一般的に、経営者(トップ)、BCP事務局、そして現場スタッフに分けることができる(当然、小さな組織なら兼務する場合もある)。最も重要なのが経営者であることは言うまでもない。経営者が本気にならないで、社員にやれやれと押し付けるのは愚の骨頂である。必ず訓練には参加するなど、まずは率先してBCPに関与していく姿勢を示すことが重要だ。
しかし、どんなに社長がBCPの能力を身につけたとしても、それだけではやはりBCPは機能しない。なぜなら、実際に災害時に対応にあたるのは社長ではなく、現場スタッフだからだ。そこで必要になるのが「BCP事務局」である。社長の方針に基づいてBCP/BCM計画をつくり、教育・訓練を通じて、それを各現場に落とし込んでいく役割を担う。実際に災害が起きた際には、被害情報を収集し、各部門間の調整を行い、社長の意思決定を支援する参謀役、いわゆる危機管理担当者である。
東日本大震災でBCPが機能した事例
東日本大震災で津波により壊滅的な被害を受けながらも、わずか1週間で事業を再開させた宮城県名取市の廃油リサイクル会社がある。同社は、常務取締役が危機管理担当者だった。2011年1月に初版となるBCPを策定し終えた同社は、その2カ月後に想定をはるかに超える津波災害の被害を被った。しかし、常務が現場社員に「3キロ先まで逃げろ」など適切な指示をすることで、結果、一人の命も落とすことなく、早期事業の再開を可能にした。復旧過程でも、BCPに基づき協力会社や銀行からの支援を取り纏め、地域に打ち上げられた船から油を抜き取るなど地域貢献にもあたった。その姿は、関東大震災で事業の継続をもって地域に貢献した企業とも重なる。
同社は、東日本大震災から10年以上がたった今でも、日々の活動で気づいた改善点はその都度、赤字でBCPマニュアルに書き込み、BCPの更新時には必ず見直しを行っている。新入社員に対しては、必ず東日本大震災のことや、BCPに関する教育を行い、会社のさまざまなイベント時でもBCPに関する研修や教育を取り入れている。
股肱の臣を危機管理担当者に
BCPも防災活動も、一般的には楽しいものでもなければ、すぐに利益につながるものでもない(続けることで信頼度が高まり企業価値につながる効果は期待できる)。それを継続的に、全社員を巻き込んで行っていける仕組みを作り上げるには、経営者が最も信頼できる枢要な人材、すなわち「股肱の臣」を危機管理担当者に任命することである。できれば、各事業部でもリーダーシップをとれるBCP推進役を決め、定期的にBCP委員会を行うことが望ましい。「忙しい人に、そんな余計な仕事を押し付けられない」とでも考えているなら、BCPなどやらない方がよい。災害時に会社の命運を左右する中心人物に誰を据えるべきかは、経営者が一番理解しているはずである。そうした人間なら、多少忙しくても、全社をまとめあげ、BCPの活動を定着させることができる。大きな機械になぞらえるなら、BCP事務局は中心的な歯車であり、BCP推進役が各部門というパーツの歯車である。これらが年間を通じて定期的に回る仕組みを作ることがBCPを機能させる秘訣である。
次の震災にどう対応できるかが問われている
関東大震災で企業価値を高めたとされる企業は少なくない。冒頭紹介した企業に加え、銀座の資生堂は震災をきっかけに飛躍した企業として知られる。被災民を中心に衛生上、石鹸の需要が急激に高まる中で、便乗値上げをせず、被災民に石鹸を配布することで、同社に対する信用を一気に高めた(木村昌人著「民間企業からの震災復興」)。ニチロ(現マルハニチロ)は、当時あまり知られていなかったサケの缶詰を震災後に配布することで評価され、その後の同社のさまざまな製品開発が可能になった(同)。
貴社は、近く発生が懸念される首都直下地震や南海トラフ巨大地震、あるいは関東大震災規模の地震があったときに、社史に胸を張って後世に語り継げるような対応の章を刻み込むことができるのだろうか。
【この記事は、Yahoo!ニュース エキスパート オーサー編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】
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