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オオカミ少年効果を克服できるか/南海トラフ臨時情報や台風への対応(計画運休等)に徒労感を抱いた人へ

中澤幸介危機管理とBCPの専門メディア リスク対策.com編集長
(提供:イメージマート)

8月8日に南海トラフ地震に関する初の臨時情報が発表されたことに続き、8月12日には台風5号が東北地方を横断し、16日には過去最強クラスともいわれる台風7号が関東地方に接近した。今年の夏は、日本全国がまさに自然災害と隣り合わせになった。

南海トラフ地震臨時情報を受け、一部の自治体では海水浴場を閉鎖したほか、交通機関では列車の速度を落として運行するなどの措置を取った。台風では、JR各社が計画運休を実施した。国土交通省では2019年に鉄道の計画運休について48時間前には「運休の可能性」、24時間前には「詳しい運転計画」を明らかにすることが望ましいとする指針を発表。今回の鉄道会社の対応も、この指針に基づいたものだ。幸い、大規模な被害は発生せず、多くの人々が胸をなで下ろした一方で、避難準備や交通の混乱に徒労感を覚えた者も少なくない。今後も繰り返される災害の事前情報について、住民はどう対応すべきか考えてみたい。

オオカミ少年効果とは

災害時の行政側と住民側の情報伝達に関する問題点としては、避難情報や警報の的中率が低いことによる「オオカミ少年効果」が過去のさまざまな研究で指摘されている。オオカミ少年効果は、その名の通り、イソップ寓話の「オオカミ少年」の物語からつけられた名称だ。羊飼いの少年が、退屈しのぎに「狼が来た」と嘘をついて騒ぎを起こす。騙された大人たちは武器を持って出てくるが、徒労に終わる。少年が繰り返し同じ嘘をついたので、本当に狼が現れた時には大人たちは信用せず、誰も助けに来なかった。そして村の羊は全て狼に食べられてしまった。このため、誤報や的中率の低い情報を繰り返すことによって、信頼度の低下を引き起こし、人に信じてもらえなくなることを「オオカミ少年効果」と呼び、特に豪雨災害や津波災害では、大きな課題とされてきた。英語でも「false alarm effect」などと呼ばれ、世界的に災害情報の課題とされている。

「空振りを恐れず」が招く信頼性の低下

一方で、気象や災害に関する技術は日々進化しているが、依然として災害の規模や発生時期を正確に予測することは困難である。そのため、安全を最優先する対策の重要性は広く認識され「空振りを恐れず」は災害時の常套句になっている。

メディア報道も、特に東日本大震災以降、人々の安全行動につながるよう、緊迫感伝わる表現に変化を遂げた。もちろん、こうした対策が危機管理に果たす効果は大いに期待できるし、実際、今年1月1日に発生した能登半島地震では、NHKのアナウンサーが「今すぐ可能な かぎり高いところへ逃げること!」「決して立ち止まったり引き返したりしないこと!」など 厳しい口調や強い表現を使って津波からの避難を呼びかけたことは、多くの人の命を救ったと評価されている。

問題は、情報を受け取る側の一般市民が、今後も臨時情報や計画運休など、実際に被害が出るか不確かな事前情報を受忍し続けることができるか、だ。それも1年、2年とは限らない。ひょっとすれば20年、30年と的中はしないかもしれない。それでも、なおもこうした情報に基づき安全対策ができるかが問われている。

100万人の命をすくった中国の海城地震

1975年2月、中国の遼寧省海城市でM7.3の大地震が発生した。「海城地震」として知られるこの地震では、行政当局が大地震の前兆となる前震などの現象を分析し、100万人ともいわれる住民を事前に避難させたことで被害を大幅に軽減することができたとされる。ところが、翌年7月、河北省唐山市でM7.8の大地震が発生。行政当局は予知することができずに結果的に24万人を超える犠牲者を出してしまった。

Wikipediaによれば、海城地震は平時とは明らかに異なり、かなりはっきりとした前震が何度も発生したことや、中国の政治体制のおかげで前兆の観測や報告が組織的に大規模に行われ、情報統制や避難が計画的に行われたことにより事前避難が可能になったとの見方が紹介されている。ある村では、避難を促すために、住民を広場に集めて映画の上映を行ったという。2本目の映画上映が始まった直後に本震が発生した。ところが、唐山地震では、その予知ができず、多くの人を避難させることができなかった。

災害の予知情報は、的中したときの効果は大きいが、それに頼りきってしまい、住民の防災対策が進まぬまま、予想が外れた際の代償は計り知れないことを示唆した事例と言える。

今回の南海トラフ地震臨時情報は、制度の存在を知らしめ、南海トラフ地震への注意を高めたという点では評価できる。が、「地震は予知が可能」などという誤った考え方をする人が出て、平時の対策が逆におろそかになってしまったとしたら、中国の唐山地震の悲劇を繰り返すことになりかねない。南海トラフ地震は、臨時情報が発表されなくても突然起きる可能性は十分ある、ということをしっかり心に刻んでおかねばならない。

受動的な防災から主体的防災へ

オオカミ少年効果に話をもどせば、1998年に当時弘前大学にいた田中重好氏(現・尚絅学院大学特任教授)は、1994年に発生した三陸はるか沖地震の際に津波警報・注意報が発令された対象地域を中心に、アンケート調査を実施し、住民避難とオオカミ少年効果の関連性を指摘した。田中氏は、オオカミ少年効果に対しては「行政から情報をもらって避難するという行政依存型住民ではなく、自らの身は自らが守る主体的に防災に取り組む住民を育ててゆかなければならない。そのためには、これまでの行政が立案し、避難訓練などをとおして住民を指導する防災対策のあり方から、住民を主体とする参加型防災対策の立案へと方向転換が求められている。その第一歩は、防災計画の立案過程に住民を参加させることである」としている(田中重好1998, 三陸はるか沖地震時における災害情報伝達と避難行動,地域安全学会論文報告集no. 8)

また2001年に、当時広島大学にいた奥村誠氏(現東北大学教授)らも、1999年の広島豪雨被災地域を中心としたアンケート調査を行い、住民が避難勧告(注意:現在は避難指示と一本化されている)の「空振り」に直面すると主観確率の低下につながり「オオカミ少年効果」があることを裏付けた。一方、奥村氏は、的中率(が低い)ままで積極的に避難勧告を出すと、「オオカミ少年効果」により、次第に避難勧告への信頼性は低下するが、住民の意向は、空振りよりも避難勧告の見逃しを問題視しており、たとえ災害が起こる確率が低くとも、積極的な避難勧告の発令を望んでいるとしている。奥村氏は「したがって行政が積極的に避難勧告を出す方針に転じるためには、このジレンマを解消する方策を講じることが重要」とし、具体的な方策として、避難勧告などの確率情報が外れたとしても、その地域が安全であったことを意味しないことを理解させるとともに、住民に他地域の災害を直接の被災経験に置き換えてその意味を理解させることが必要であり、そのための報道や教育のあり方について検討を加えることが望まれると結論づけている(奥村誠2001:避難勧告の信頼度と避難行動, 土木計画学研究・論文集Vol.18no.2 2)。

これらを考えれば、今後も発表されるさまざまな情報に対しては、住民が受動的に対応するのではなく、自らが主体的に危険性を考え、安全対策をとれるようにするとともに、メディアや行政も、仮に大きな被害が出なかったとしても信頼を得られる「平時からの」リスクコミュニケーションのあり方を模索していく必要がある。

例えば、今回の臨時情報への対応などは、政府や行政が検証するだけでなく、住民にも広く参画してもらい、福祉や観光、外国人対応などの広い視点で今後のあり方を考えてみたらどうか。

北海道・三陸沖後発地震注意情報

2022年度からは、北海道から関東にかけて被害が想定されている巨大地震への対策として「北海道・三陸沖後発地震注意情報」の運用も始まった。南海トラフ巨大地震への注意を呼びかける今回の臨時情報と同じように、気象庁では、想定される震源域やその周辺でマグニチュード7クラスの地震が発生した場合に、おおむね2時間後をめどに「後発地震注意情報」を発表し、その後の巨大地震が起きる可能性がふだんよりも高まっていると注意を呼びかける。今後もこうした情報はいつ発表されるか、何度発表されるかわからない。

オオカミ少年効果をマイナスではなく、プラスに転換する新たな防災対策・リスクコミュニケーションのあり方を考えていく必要がある。

危機管理とBCPの専門メディア リスク対策.com編集長

平成19年に危機管理とBCPの専門誌リスク対策.comを創刊。国内外500を超えるBCPの事例を取材。内閣府プロジェクト平成25年度事業継続マネジメントを通じた企業防災力の向上に関する調査・検討業務アドバイザー、平成26年度~28年度地区防災計画アドバイザー、平成29年熊本地震への対応に係る検証アドバイザー。著書に「被災しても成長できる危機管理攻めの5アプローチ」「LIFE~命を守る教科書」等がある。

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