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暗号機「エニグマ」を解読した数学者アラン・チューリングが英国の新50ポンド札の顔になる

小林恭子ジャーナリスト
新50ポンド札にチューリングの顔が使われる(写真:ロイター/アフロ)

 英国の新50ポンド札(1枚で約6700円相当)に、第2次世界大戦でドイツ軍の暗号機「エニグマ」を解読し、対独戦争の勝利に大きく貢献をした数学者・コンピューター科学者アラン・チューリング(1912−54年)の顔が使われることになった。

 イングランド北部マンチェスター市の科学と産業博物館で新札の図柄を正式発表したイングランド中央銀行のマーク・カーニー総裁は、チューニングを「AIのパイオニア」で、情報時代の到来に道を開いた人物と評した。「私たちの身の回りに彼の遺産が残っている」。

 博物館では、チューリングにまつわるコンピューター関連の展示が行われている。

 英国では5ポンド札、10ポンド札、20ポンド札(来年から使用)を紙ではなくポリマーに変更しており、新50ポンド札もこれにならう。市中に出回るのは2021年末の予定だ。

チューリングとは

 1912年、チューリングはロンドン西部で生まれた。英南部ドーセット州にある私立の中等教育機関シャーボーン校で学び、ケンブリッジ大学キングズ・カレッジに進んだ。第2次大戦中は当時政府の暗号学校が置かれていたブレッチリー・パーク(バッキンガム州)でチームの仲間とともにドイツ軍の暗号機「エニグマ」の解読に成功した。解読までの苦労は映画「イミテーションゲーム」(2014年、主演ベネディクト・カンバーバッチ)でドラマ化されている。

 チューリングは初期のコンピューターの開発にも貢献したが、1952年、ある男性と同性愛関係を結んだことが警察に知られ、彼の人生は急展開する。

 当時、英国では同性愛行為は違法だった。チューリングは弁護士のアドバイスを受けて「有罪」であることを認めた。刑務所に入るか保護観察かを選択するように言われて後者を選んだものの、性欲を抑えるためにホルモン注射を余儀なくされた。

 現在の私たちからすれば、屈辱的、非人間的な要求を受け入れざるを得なかったチューリング。暗号学校での仕事も続けられなくなった。上司や仕事の仲間に、自分の私生活の内情を知られてしまった。

 1954年8月、チューリングが自宅で亡くなっていることを家政婦が発見したという。死因審問の結果は自殺であった。

 同性愛行為が違法ではなくなったのは、1967年。チューリングの死から13年後である。

 2009年、ゴードン・ブラウン首相はチューリングを当時の性犯罪法で有罪としたことを謝罪。2013年、エリザベス女王はチューリングを赦免した。17年には、かつて同性愛行為で有罪となった5万人以上の男性に恩赦が与えられた。

キャッシュレスが進む英国

 現在、50ポンド札は約3億4400万枚、出回っている(イングランド銀行)。しかし、通常、ほとんどの人が50ポンド札を使うことはまずないと言って良いだろう。せいぜい20ポンド札があれば大概のことは間に合うし、英国ではキャッシュレス化が急速に進んでいるからだ。

 現金利用による金額とカードを使った場合の金額はすでに後者が上回っており、その差は拡大するばかりだ。筆者自身、買い物や交通費の支払いなどで現金を使うことはほとんどない。ロンドンでは、現金ではバスの利用ができないようになっている(交通専用のプリペイドカード「オイスター」か、デビットあるいはクレジットカードを利用)。

 新たにお札を作る必要があるのだろうか?

 カーニー総裁は「英国では、これからも長い間、現金の需要はある」と述べているが。

 チューリングがその科学分野での業績によって新札の顔になるのは喜ばしいとしても、もしお札に刷られる顔が国民に希望を与えるものとして解釈するならば、「女性が少ない」ことは残念かもしれない。

 どの札にも登場する国家元首のエリザベス女王を除くと、他の女性は作家ジェーン・オースティン(10ポンド札)だけだ。5ポンド札は第2次大戦の宰相ウィンストン・チャーチル。現在の20ポンド札には経済学者アダム・スミスが顔を見せる。来年から使われる新20ポンド札に登場するのは画家のJMWターナーだ。有色人種の人も絵柄に入れて欲しいという声も出ている。

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 ちなみに、英国で同性愛行為が犯罪ではなくなるまでには、紆余曲折があった。著名人としては、19世紀の文豪オスカー・ワイルドが男性同士の「著しいわいせつ行為」を犯したとして逮捕され、投獄された例がよく知られている。

 同性愛行為が合法になるまでの動きを綴った、筆者の記事(「論座」掲載)も、よろしかったらご参考に。(有料記事ですが、途中までは無料で閲読できます。)

英公文書が伝える社会の変容(2)

チューリングも苦しんだ法律が変わった――英で同性愛行為の非犯罪化に50年

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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