オブジェクトへの金融
オブジェクトとは何か。それは、事物であり、目的です。オブジェクトへの金融とは、企業という法人への金融ではなくて、企業が行う事への金融、企業が保有する物への金融、企業の資金調達の目的そのものへの金融です。そのような金融手法は、可能なのか、必要なのか、どのような利点があるのか。
航空機リース
航空機を所有していなくても、空運会社の経営は成り立ちます。航空機をリース会社から借りて、運航すればいいからです。航空機だけでなく、船舶や車両など、輸送用機器のリースは大きな市場を形成しており、運輸業を営むについては、輸送用機器の所有は、もはや必須の要件ではないのです。
例えば、空運会社は、かつては、航空機を購入し、所有して、運航していたのです。ですから、その購入資金は、企業として調達していたのです。企業への金融、それが、伝統的な金融のあり方でした。企業金融、片仮名でいえば、コーポレートファイナンスです。
それが、現在では、航空機の多くは、リース会社が所有しています。空運会社ではなくて、リース会社が航空機を購入するための資金を調達しているのです。資金は、空運会社を経由しないで、金融機関から直接に航空機という物へ向かっています。片仮名でいえば、物はオブジェクトですから、オブジェクトファイナンスです。
リース会社の多くは、銀行の子会社です。銀行は、かつては、空運会社への融資、あるいは子会社のファイナンスリースを通じて、資金供給をしていたのですが、現在では、子会社のオペレーティングリースを通じて、資金ではなくて、航空機を貸しているのです。要は、航空機を購入するという金融の目的自体を、直接に実現してしまうのです。
企業の資金調達には、必ず目的がある、即ちオブジェクトがあるのです。そのオブジェクトの実現に、金融の社会的使命と機能があるのです。ですから、金融が本来の社会的機能に忠実であろうとすれば、コーポレートからオブジェクトへ、という転換は必然的なものとなるのです。
オブジェクトとしての設備
ところで、資金使途の代表的なものは、設備投資ですが、この場合は、オブジェクトは、設備という物です。航空機のように、一般的需要があるものなら、大抵の物は、オブジェクトファイナンスの対象になります。もっと簡単にいえば、オペレーティングリースの対象になるのです。
しかし、特定の企業に固有の設備は、オブジェクトファイナンスの対象にはなり得ません。企業と一体性のある設備等の資産、例えば、企業固有の製品の製造装置などは、オブジェクトとしてコーポレートから分離することができないからです。そのようなものは、依然として、コーポレートファイナンスの領域です。
それに対して、航空機、車両、オフィスビルディング、事務用機器、医療用機器など、設備を使う企業の固有性に支配されないもの、同じ業種のどの企業でも使用可能なものは、コーポレートから独立したオブジェクトとして、オブジェクトファイナンスの対象になるのです。
では、プロジェクトファイナンスとは、どう違うのか。通常、プロジェクトというのは施設等を建設する企図のことですが、その企図を独立した対象にして資金の供給を行うのが、プロジェクトファイナンスです。ですから、完成する前のオブジェクトというか、オブジェクトを作るという事を対象とした金融のあり方ということができます。
先に述べた完成し稼働している物を対象としたオブジェクトファイナンスは、資産を対象にした金融という意味で、アセットファイナンスと呼ばれます。それに対して、建設途上の資産についての金融は、建設という事を対象としたオブジェクトファイナンスとして、プロジェクトファイナンスと呼ばれます。
オブジェクトとしての在庫
企業がもつ物といえば、在庫もありますが、これもオブジェクトファイナンスの対象になるでしょうか。設備と同じことで、一般的需要があるものならば、オブジェクトファイナンスの対象になりますが、企業固有の物は、なり得ません。ですから、在庫についても、原材料在庫は対象になり得ても、製品在庫は無理です。
原材料のなかで最も一般性があるのは、天然資源です。鉱物資源と森林資源は、オブジェクトの代表的なものです。例えば、もともと、森林資源は、製紙会社等が所有していたのですが、財務の効率化のために投資家に売却されるようになりました。そうして生まれたのがティンバーファンドです。ティンバーは、生きて立っている木のことです。
製品在庫は、一般には、独立した金融の対象にはなり得ないのですが、製品に一般性のあるものならば、オブジェクトファイナンスは可能です。代表的なものは、牛の肥育産業における牛そのものです。牛は、肥育期間中は、製品在庫なのですが、この牛を担保にした金融は、広く行われています。いわるアセットバックトレンディング(動産担保金融)です。
オブジェクトとしての取引
企業には、運転資本の調達も必要です。これも、オブジェクトになり得るか。運転資本というのは、売上代金を回収するまでには、一定の期間を要することから、その間の資金の調達が必要となることに起因するものです。ならば、取引成立と同時に、第三者が代金支払いを肩代わりしてくれれば、運転資本の調達は必要でなくなります。
肩代わりをする第三者は、一定の金利相当額を得て行うので、それ自体が一つの金融機能として独立します。これは、取引、片仮名でいえばトランザクション、という事を対象としたオブジェクトファイナンスですから、トランザクションファイナンスと呼んでおきましょう。
トランザクションの代表は貿易ですが、貿易を対象としたトランザクションファイナンスの歴史は非常に古いものです。
また、日本では、商取引自体のなかに資金決済を繰り延べる手法が内包されてきた長い歴史があります。専門の金融機関ではなくて、商社等が金融機能を代替してきたのです。理論的には、この取引に内包された金融は、トランザクションファイナンスとして、外部化させ独立化させることが可能です。
オブジェクトとしての危険
コーポレートファイナンスにおける株式の利用ですが、ここには、危険準備としての金融機能が含まれているはずですが、この機能もオブジェクトとして分離できるでしょうか。この問題、要は、リスクをオブジェクトとするオブジェクトファイナンス、即ちリスクファイナンスが可能かということです。
ここにも、オブジェクトファイナンスの一般理論が働きます。危険が、一般性のあるものならば、分離可能ですが、企業固有のものならば、不可能です。不可能だからこそ、コーポレートファイナンスとしての株式があるのです。
一般性のある危険については、株式という形態で危険準備金をもつのは財務効率が悪いわけで、そこで工夫されたのが保険です。保険こそ、リスクファイナンスの代表的手法です。ここでいう保険は、標準化された保険、より簡単にいえば、保険会社が提供する保険です。実は、保険会社は、リスクファイナンスの提供者として、金融機関なのです。
保険以外にも、リスクファイナンスの手法は考え得るわけで、それらは、保険に代替するものとして、代替的リスク移転手法(オルタナティブリスクトランスファー)と呼ばれます。これらの手法も、現在では、独立した投資対象として、構成されています。
倒産からの隔離
では、オブジェクトファイナンスの利点は何でしょうか。一つは、企業倒産からの隔離であり、もう一つは、企業統治改革です。
航空機を例にとりましょう。空運産業の世界的な規制緩和は、大手の空運会社でも、ごく簡単に倒産してしまうという事態を招きました。金融機関としては、困った問題です。新規参入のLCCもまた、金融の立場からは、取り組みにくい先です。故に、航空機のオペレーティングリースなのです。
オペレーティングリースであれば、空運会社が経営破綻しても、貸している航空機を回収して、別の会社に貸せばいいだけで、面倒な破綻処理を回避できます。
一般に、規制緩和は、金融の立場からは、二重に困った問題なのです。第一に、既存の優良融資先の破綻確率を大幅に引き上げてしまうことであり、第二に、新規参入組は、新規参入であること自体において、融資の取り組みが困難なのです。そこで、代替的な金融手法が工夫されなくてはならないわけです。
ですから、運送業や電気事業に代表されるように、規制緩和が進行している分野では、オブジェクトファイナンスが多用されているのです。
また、エネルギー関連等の資源開発、大規模不動産開発、インフラストラクチャー開発など、巨額な資金を必要とするものは、開発事業者へのコーポレートファイナンスでは、与信の集中等の量的な限界が露呈します。こういう場合にも、オブジェクトファイナンスが多用されています。
なお、特殊な例ですが、原子力事業をもつ電気事業者に対してコーポレートファイナンスを用いますと、原子力も含めた危険を負担することになりますが、特定の火力発電所等を対象にオブジェクトファイナンスを行えば、原子力にかかわる危険を遮断できます。
企業統治改革の視点
では、企業統治改革との関連は、どこにあるのでしょうか。
もしも、極めて有能な企業財務責任者(CFO)がいて、コーポレートとして調達した資金を、各事業部の各活動に対して、最適な資本費用で最適な金額を配賦することができれば、財務的側面における最適な企業統治が実現するでしょう。しかし、そのようなことは、人間社会において、人間のなす行為としては、特定事業を営む小企業でのみ可能なことです。通常の企業においては、物理能力的に、また組織工学的に、現実は不可能です。
それに対して、もしも、コーポレートでの調達を全て各事業部の各活動におけるオブジェクトファイナンスに切り替えたら、各オブジェクトファイナンスは単純な構造をもちますから、その最適性を実現することは困難ではなく、結果的に、コーポレート全体の調達の最適性も実現しやすくなるはずです。
また、オブジェクトファイナンスを徹底的に推進すれば、どうしてもコーポレートに残らなければならない最低限の資源、まさに企業を支える競争力の源になるものが明確になります。
例えば、空運業においては、航空機の性能は所与であり、そこに企業競争力が存しないことは明瞭です。だからこそ、航空機の所有が不要になったのです。ならば、航空機なきあと、空運会社に残された資源にこそ企業競争力が集約されていることは明らかとなるはずです。
リスク管理の視点
では、オブジェクトファイナンスの問題点は何でしょうか。
第一に、危険は分散して管理すべきか、分離特定して管理すべきか、という問題です。コーポレートファイナンスでは、危険はコーポレート全体に分散されていますが、オブジェクトファイナンスにおいては、特定のオブジェクトに分離集中されています。さて、どちらが、適切に危険を管理できるか、これは決し得ないことなので、要は、管理すべき危険の性格に応じて、選択するほかないでしょう。
例えば、電気事業を例にとれば、電源ごとの危険に対して、金融をつけるほうがいいのか、全ての電源を合算した電源構成の総体に金融をつけるのがいいのか、そもそも、発電を分離して金融をつけることがいいのか、電気事業の全体に金融をつけるのがいいのか、簡単には決められない難解な問題です。全て、案件しだいでの選択です。
第二に、金融とは、事業の固有の危険について、事業経営者に管理を一任してこそ、成り立つものではないのか、という論点です。もしもそうなら、金融の原則は、コーポレートファイナンスにならざるを得ませんし、そうでなく、一定の事業にかかわる危険も金融が直接に負担すべきなら、オブジェクトファイナンスの余地が大きくなります。
実際、オペレーティングリースにしますと、物自体の危険、代表的には、技術革新に伴う陳腐化の危険は、金融供給側が直接に負担することになります。しかし、この陳腐化の危険は、コーポレートファイナンスでも、間接的には負担しているわけで、これも、案件しだいでの選択となるはずです。