意外な低順位? 賞レース型マンガ賞は『鬼滅の刃』をどう評価していたか
マンガブームと賞レース
先日、「このマンガがすごい!2022」(宝島社)のランキングが公表された。今年のオトコ編第1位には『ルックバック』(藤本タツキ)、オンナ編第1位には『海が走るエンドロール』(たらちねジョン)が選出された。
従来であれば、マンガ賞といえば出版社主催の新人発掘型コンクール(新人賞)か顕彰(功労賞)が主流であったが、近年は「このマンガがすごい!」や「マンガ大賞」(マンガ大賞実行委員会)に代表される賞レース型マンガ賞(外部選定の選考員によるコンテスト形式)が定着しつつある。「このマンガがすごい!」では2011年『進撃の巨人』(諫山創)、2020年『SPY×FAMILY』(遠藤達哉)などが1位に選ばれており、「マンガ大賞」では2016年『ゴールデンカムイ』(野田サトル)、2018年『BEASTARS』(板垣巴留) が大賞に選出され、いずれも受賞後にさまざまな要因が相まってセールスを伸ばしたことから、こうした賞レースが注目を集めるようになってきた。
とにかく現在は、史上空前の「マンガブーム」の時代である。
全国出版協会・出版科学研究所の調べによると、コミック市場全体(コミックス+コミック誌+電子コミック)は2018年から3年連続で拡大し、2020年にはピークだった1995年の5,864億円を抜き、過去最大の市場規模(1978年の統計開始以来)に達したという。
一読者が把握しきれる出版点数ではなく、賞レースは読者が未知の作品と出会うブックガイドとしての役割を果たしている。「このマンガがすごい!2022」の結果を受けて『ルックバック』や『海が走るエンドロール』に興味を抱いた方も多いだろう。
では、これらの賞レースは、空前の「マンガブーム」を牽引してきた『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)をどのように評価してきたのだろうか。『鬼滅』ブームの到来を、予見できていたのだろうか。
賞レースは「鬼滅ブーム」の到来を予見できなかった
今回リサーチ対象とした賞レース型マンガ賞は、「全国書店員が選んだおすすめコミック」(日本出版販売株式会社)、「マンガ大賞」、「みんなが選ぶTSUTAYAコミック大賞」(TSUTAYA)、「次にくるマンガ大賞」(niconico、ダ・ヴィンチ)、「このマンガがすごい!」の5つ。それぞれの賞レースで『鬼滅の刃』がどのような順位だったのかを調べた。
表1:マンガ賞別・『鬼滅の刃』の順位
表2:『鬼滅の刃』の簡易年表と賞レース
賞によっては「コミックス5巻以下の作品」などのレギュレーションが設けられているため、選考対象の年次と順位を掲載した。
前提として、賞レース型マンガ賞は、毎年開催されるために「年度版」としての性質があり、その年(期間)に1巻が刊行された作品に票が集中しやすい。くわえて各賞のレギュレーションの影響により、全体としては「青田買い」的な傾向にある。「初物が強い」わけだ。
マンガ業界はシビアで、人気がなければ連載が打ち切られてしまうケースもある以上、賞レース(外部選定の選考員によるコンテスト形式)で「初動のタイミングで推したい(=続きを読みたい、無事に完結してほしい)」心理が働くのは当然と言える。
「このマンガがすごい!」のみ巻数制限がないため、作品が完結したタイミングで再評価されることはある(「このマンガがすごい!2022」オンナ編3位はよしながふみの『大奥』)が、基本的には初動のタイミングで見逃されると、連載途中で賞レースの上位に選ばれることは難しい。
なお、『鬼滅の刃』の各巻における内容の区分は以下のとおり。
・「竈門炭治郎 立志編」(1~6巻)
・「無限列車編」(7~8巻)
・「遊郭編」(8~11巻)
・「刀鍛冶の里編」(12~15巻)
・「無限城編」(16~23巻)
おおくの賞レースで選考対象となったのは「竈門炭治郎 立志編」から「無限列車編」にかけての時期。現在、テレビアニメで放映されている「遊郭編」以降は、選考対象から外れている。
そして表2からは、『鬼滅の刃』は大半の賞レースで“見逃されて”しまった事実が見えてくる。じっくりと読者人気を獲得し、やがてメディア化のタイミングで大ブレイク……、という、いわば従来型の売れ線の「王道路線」が見逃されてしまう。それは「従来とは異なった評価軸」の賞レースならではの特性といえるかもしれない。その性質は、はからずも稀代の大ヒット作品によって浮き彫りにされた。なお、現在大ヒット中の『東京卍リベンジャーズ』(和久井健)も、賞レースでは見逃されてきたパターンにあてはまる。
空前の「マンガブーム」に乗じて、続々と賞レース型マンガ賞が増えてきている。異なる評価軸の賞レースによって、さまざまな作品がマンガファンにレコメンドされていくのは、歓迎すべきである。それらをひとつの評価軸として自分に取り入れつつ、いろいろな視点から、より多くの作品と出会っていってほしい。
とはいえ、各賞のレギュレーションが似ているため、上位選出作品が似通ってしまっているのが賞レースの現状だ。今後、各賞がどのような独自色を打ち出していくのかに注目していきたい。