フィクションはAIをどのように描いてきたか? アニメ『AIの遺電子』に見る、シンギュラリティ後の社会
AIを題材にしたアニメ『AIの遺電子』
「ChatGPT」やAIイラスト生成サービスが普及し、急速にAIが身近に感じられるようになった今年。シンギュラリティ(人工知能が人間の知性を大幅に凌駕し、社会や生活に変化をもたらす)の到来を誰もが予感できるようになったこのタイミングで放映されるのが、TVアニメ『AIの遺電子』である。
2023年7月7日よりMBS、TBS、BS-TBS“アニメイズム”枠ほかで放送が開始した『AIの遺電子』は、シンギュラリティが訪れたあとの22世紀後半が物語の舞台。人々は「産業AI」とは別格の存在として、人権を持った「ヒューマノイド」を当たり前に受け入れ、共に暮らすようになっていた。主人公の須堂光は、ヒューマノイドを治す新医科の医者として、ヒトとAIの共存がもたらす「新たな病」に向き合っていく。
原作は山田胡瓜による同名マンガで、基本的には1話完結型の短編連作形式をとる。ヒトとヒューマノイドの共生社会は、藤子・F・不二雄の描く「S・F(すこしふしぎ)」のテイストを感じさせつつ、掲載誌「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)の歴史を紐解けば、『ブラック・ジャック』(手塚治虫)的な医療ドラマの系譜を受け継ぐ作品とも言えるだろう。
2018年には第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で優秀賞を受賞し、審査員を務めたマンガ家にしてマンガ評論家の故・みなもと太郎は「短編で毎回、これほどの説得力を持つ「近未来SF」連作は全審査委員を唸らせた。短編作家としてO・ヘンリーを凌駕すると私は思う」と絶賛した。
フィクションで描かれた「名物AI」
AIをモチーフにしたフィクションは、これまでも数多く存在した。ロバート・ハインラインの長編SF小説『月は無慈悲な夜の女王』のマイク、スタンリー・キューブリック監督のSF映画『2001年宇宙の旅』のHAL 9000といった「名物AI」は、SFファンにはおなじみだろう。かのジョージ・ルーカスのデビュー作『THX-1138』も、人類がAIに支配された社会を描いたものであった。
マンガのジャンルでは『火の鳥』(手塚治虫)の「未来編」を忘れてはならない。西暦3404年の未来、急速に衰退しつつある人類は、世界の5大都市(ユーオーク、ピンキング、レングード、ルマルエーズ、ヤマト)に集住し、国家の運営をAIの計算に委ねていた。劇中、ヤマト市長が糾弾されるシーンでは、以下のようなやり取りが交わされる。
人々は、自分では朝食の種類さえ決められないほど、AIに管理されている様子が見て取れる。やがて劇中では、ヤマトの電子頭脳「ハレルヤ」と、レングードの電子頭脳「ダニューバー」が対立し、世界は核戦争へと突入してしまう。
あるいは萬画版『仮面ライダー』(石ノ森章太郎)の最終章「仮面の世界(マスカー・ワールド)」では、電子頭脳をつかって日本人をロボット化する「10月作戦(オクトーバー・プロジェクト)」が進行する。ショッカーの首領・ビッグマシンとの対決は、巨大電子頭脳の内部で行われる。
なお、2023年3月17日に劇場公開された映画『シン・仮面ライダー』(庵野秀明監督)は、脚本協力に『AIの遺電子』の山田胡瓜の名前がクレジットされている。
「週刊文春エンタ+」(文藝春秋)の特集「10倍楽しむ!『シン・仮面ライダー』」に掲載された対談記事によると、劇中に登場する組織「SHOCKER」の設定に協力したとのことであった。
現在、山田胡瓜は『シン・仮面ライダー』の前日譚マンガ『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』の原作を担当している(作画:藤村緋二、集英社「週刊ヤングジャンプ」にて連載中)。
かつては「全体主義への警鐘」であったが……
AIが登場する作品は他にも枚挙にいとまがない。いずれにせよ、機械(人工知能)によって人間が管理され、人間性が損なわれる……と、ディストピアとして描かれるケースが多い。それは「全体主義的な管理社会への警鐘」であった。上記の作品群が1960〜80年代の冷戦体制下で制作されたことからも、時代状況の影響を抜きに語ることはできまい。
これに対して現在の社会は、「ChatGPT」にせよAIイラスト生成サービスにせよ、AIは好意的に受容されている。『AIの遺電子』が描くのはその延長上にある社会であり、AIに対し、より現代的な視点を持ち得ている。
原作マンガ『AIの遺電子』は前述のとおり1話完結型の短編連作であったが、続編『AIの遺電子 RED QUEEN』は、主人公・須堂が母親のコピー人格を追う長編ストーリーとなっている。そして現在は、第1作の前日譚『AIの遺電子 Blue Age』が「別冊少年チャンピオン」(秋田書店)で連載中だ。
圧倒的なスピードで広まりつつあるAIと、われわれは今後どのように向き合っていけばいいのか。この夏、『AIの遺電子』を観ながら考えていきたい。