イラン核合意 日本も石油解禁バスに乗り遅れるな
石油禁輸解禁にらみ早くも火花
イランの核開発をめぐる同国と国連安全保障理事会5常任理事国にドイツを加えた協議は24日未明(日本時間同日午前)、核兵器を製造できるレベルまですぐに濃縮できる20%濃縮ウランの削減などを含む「第1段階」の合意に達した。
イランが5%以上濃縮ウランの製造停止と削減、イラク西部アラクの重水炉の建設凍結、濃縮施設への査察などを保証する見返りに、欧米諸国は70億ドル(約7090億円)相当の経済制裁の解除に応じる内容。合意内容が実行されるか検証しながら、欧米諸国は今後6カ月間は新たな制裁を発動しないという。
オバマ米大統領は「イランの核兵器開発をストップさせる本質的な制約になる」と「第1段階」合意を評価した。これでレッドライン(越えてはならない一線)に近づいていたイラン核問題はひとまず緩和する。
これに先立ち、元英外交官で国際石油資本の現アドバイザーは筆者に「イランにも、サウジアラビア、イスラエル、米議会にもそれぞれ強硬意見があり、今後の協議を慎重に見守る必要がある。石油輸出解禁に向け、前のめりになるのは禁物だよ」と耳打ちした。
しかし、ロンドンに拠点を置く大手国際コンサルタントのアナリストは「もう欧米の石油資本は水面下で動いているよ。イランのロウハニ大統領は先の大統領選で国際社会との関係改善を訴えて、国民に支持された。だから、イランはウラン濃縮継続という体面さえ保つことができれば、大胆に譲歩する」と解説する。
さらに、「対イラン経済制裁に関して、権限を持っているのはオバマ米大統領ではなくて、米議会だ。石油禁輸などが緩和される場合、欧州連合(EU)の全面禁輸、日本や中国などアジアの輸入制限から先に解除される見通しだ」と付け加えた。
日本の岸田文雄外相は今月9日、テヘランでロウハニ大統領と会談し、包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期批准を提案した。急展開する6カ国協議の動きに反応する機敏さを見せた。6カ国の中には中国が入っている。イランは親日国家、日本はイラン産石油の輸入国というテコをこのタイミングで使わない手はない。
日本はこれまでイランと対立する米国からの要請を受け、中東最大級のイラン・アザデガン油田開発から撤退、そのすきに中国が油田開発の権益を取得した。東日本大震災の福島第1原発事故で原発の再稼働が見通せず、石油・天然ガス依存度が高まる中、日本は米国の求めに応じてイラン産石油の輸入を大幅に削減してきた。
「第1段階」合意では、イランの海外金融資産などの凍結解除、石油化学製品の禁輸解禁が認められたが、本丸の石油禁輸解禁までにはさらに幅広い合意が必要だ。その間に、イラン革命防衛隊やイスラエルなど強硬派が6カ国協議の進展を妨げるリスクはぬぐい去れない。
しかし、石油禁輸解禁の動きに出遅れないように、日本も交渉のテーブルに割り込んでいく必要がある。
6カ国協議が急展開した背景
長らく暗礁に乗り上げていたイラン核開発をめぐる6カ国協議が急展開した最大の理由は、保守穏健派のロウハニ大統領がアハマディネジャド前大統領の強硬路線を大きく転換したことがある。
かつて核開発交渉の責任者だったロウハニ大統領とひざを突き合わせた欧州連合(EU)のソラナ前共通外交・安全保障上級代表は10月中旬、ロンドンで講演、「ロウハニ大統領は交渉ができる現実的で理性的な人物だ。イランの交渉窓口も保守的な最高安全保障委員会から外務省に移った。イランのザリフ外相は国連大使を5年間務め、国際社会に良く知られている」と指摘した。
そして、「交渉は一筋縄ではいかないだろうが、最大限努力する価値はある」と強調した。
米国は昨年、イラン産石油の決済に使われているイラン中央銀行と取引した金融機関は米金融システムから締め出すという経済制裁を発動した。EUもイラン産石油の全面禁輸に踏み切っただけではなく、イラン産石油を輸送するタンカーの再保険を禁止した。
イランの石油輸出は2011年に1日当たり220万バレルだったが、今年5月までに70万バレルまで減少。今年1月、イラン当局は石油輸出の減少による損失は毎月、40億~80億ドルに達していることを初めて認めた。
石油輸出の減少による損失は政府歳出の約半分に当たり、イラン通貨リアルの価値は対ドルで3分の1に減価、輸入品の値上がりで40%以上のインフレが起きた。国際通貨基金(IMF)によると、イラン経済は昨年、1.9%縮小し、今年も1.3%縮小する見通しだ。
イラン国民は核開発を進めるアハマディネジャド前大統領の強硬路線で国際社会から孤立し、生活に困窮したことに嫌気が差していた。こうした国民世論に後押しされて、ロウハニ大統領は保守強硬派に対して予想外の地滑り的勝利を収めた。
イランは核兵器に必要な高濃縮ウランを1カ月で製造できる
米シンクタンク、科学国際安全保障研究所(ISIS)はイランの核開発の現状を分析、合意のため譲れない条件を提示している。
イランが製造した3.5%の低濃縮ウランは、ネット(正味の量)で7154キログラム(グロスは1万357キログラム)。核兵器グレードの90%まで1週間余りで濃縮できる20%濃縮ウランはネットで195.3キログラム(グロスは410.4キログラム)。
20%濃縮ウラン250キログラムが核兵器1発を製造するのに必要な量とされる。
イランはウランを濃縮する旧型と新型の遠心分離器を計2万1千台以上保有しており、ISISはこのうち旧型を1万8千台以上稼働させれば1~1.6カ月で核兵器をつくるのに必要な90%高濃縮ウランが製造できると分析している。
しかも、ウランを濃縮している中部ナタンツの大規模地下施設は、「バンカーバスター」と呼ばれる米国の地中貫通弾でも破壊するのは難しい。このため、イスラエルは「イランは越えてはならない一線を超えつつある」として核施設への単独攻撃をちらつかせてきた。
イランがこのままウラン濃縮を進めれば、イスラエルは米国の制止を振り切って単独で軍事行動を起こしていた可能性が十分にある。米国や英仏独にとっても中東のさらなる混乱を避けるため、イランの高濃縮ウランの製造を止めることが焦眉の課題になっていた。
ウラン濃縮能力を削減
ISISが合意のため絶対に譲れない条件として挙げるのが、(1)アラクの重水炉の建設凍結(2)核兵器1発に必要な90%高濃縮ウランを製造する能力を弱める(3)今後5~15年の間、遠心分離器の数と稼働率を制限する(4)測定が難しいプルトニウムを検査する機会を増やすーことだ。
さらに、努力目標として(1)20%濃縮ウランを製造しているナタンツと山岳部フォルドのカスケード(遠心分離器の集まり)を無能力化する(2)製造済みの20%濃縮ウランを国外で保管するなどの方法で減らす(3)遠隔操作できるビデオカメラを設置して核関連施設を監視するーことを挙げている。
この中で、プルトニウム生産につながるアラクの重水炉建設については前回の6カ国協議で、フランスが強硬に建設停止を求めたため、合意が先送りされた経緯がある。あと6カ月、建設工事が進めば重水炉は運転の予備段階に入り、開発を止めるため爆撃すればプルトニウムが爆発する恐れがある。だから即時停止が合意の絶対条件というのがフランスの主張だった。
苛立つサウジアラビア、イスラエル、米議会
英BBC放送の深夜報道番組ニューズナイトは今月6日、北大西洋条約機構(NATO)高官の話として、サウジアラビアのためにパキスタンで製造された核兵器がいつでも引き渡せる状態にあると報じた。
この報道を受け、民主党上院議員はオバマ大統領に、パキスタンや米国がサウジに核を提供しないよう書簡で求めた。
こうした報道について、元米国務次官補代理で英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)軍縮・核不拡散プログラムのフィッツパトリック部長は「サウジとパキスタンの話はこれまで何度も出ている」と断った上で、「サウジがパキスタンから核兵器を入手できるだろうと確信しているのはおそらく本当だ。そのためにサウジはパキスタンを援助してきた」と指摘。
しかし、パキスタンがサウジに核兵器を提供するとなると国際社会の激しい反発を受ける。「だからパキスタンがサウジに核兵器を提供する用意があるというのは間違いだ」と強調した。
サウジは「折角、イランに対して経済制裁が効いてきたのに、それを緩めるとはばかげたゲームだ」と不満を募らせ、イスラエルのネタニヤフ首相は「ロウハニは羊の皮をかぶったオオカミだ」と批判する。民主党と共和党が激しく対立する米議会も、「6カ国協議が不調に終われば、対イラン制裁を強化する」と息巻く。
大きく動き出した6カ国協議は今後も予断を許さないが、日本もドアにひざをこじ入れる必要がある。
(おわり)